邪神復活!?
倒れている人たちは、みんな虚ろな目をしてぶつぶつと呟いている。
中には、何が面白いのか笑い続けている人すらいる。
「恐らく麻薬の症状ですわね。かつては多くの種類の麻薬が存在したそうですけれど、それらは滅ぼされてしまったそうです。ですから、現存するのはただ一種類。神事に用いられる麻薬のみです」
アリナが、倒れている人たちの症状を見ながら分析する。
彼女の話によると、神官が神様を祀る時に、トリップ状態になるんだそうだ。
そのために麻薬を服用して意識を拡張し、神と交信するんだとか。
俺たち、普通に神様と会ったけどなあ。
「クリスくんとメリッサさんは特別なんです! 自分たちを標準と思わないでくださいね? あと、キータス様も普通じゃないですから。ああやって、神様がフランクに信者たちと行動をともにしているなんて前代未聞なんです。普通、人間が神様を見たり、交信したりするには特殊な薬を使って、意識を向こうに届くまで拡張しないと無理なんです」
「そうだったんだー」
「そうだったのか」
俺とメリッサで、感心してしまう。
バブイルで出会った、光の神ユービキスは育ちのいいお子様みたいな感じだった。
で、話によると対になる闇の女神が、さっきのキータスだろ?
案外神様の世界も狭いなーなんて思ってたのだ。
「じゃあアリナ、この人たちを助けることはできるのか?」
「ええ、可能です。麻薬を取り上げて放置すればいいんです。禁断症状が出るでしょうけど」
それは助かったって言うんだろうか。
禁断症状というのは、麻薬を求めて凶暴化したり、苦しんでのたうち回るらしいけど。
「神官だって、麻薬を摂取する時には事前から体を少しずつ慣らしたり、耐性をつける魔法を使ったり、儀式が終わったら解毒の魔法で効果を抜くんです。普通の人が摂取していいものじゃないんです。でも、こうしてスラムの方々にまで麻薬が蔓延するほどあるというのは、やはり大陸は豊かなのですね」
アリナが別の方向で感心していた。
さて、思い立ったら即行動だ。
俺たちは、倒れている人たちから麻薬を回収して回った。
抵抗する人は、ペスが肉球パンチで張り倒す。
で、一箇所に集めたそれを、ペスがドラゴンの頭から炎を吐いて燃やしてしまうわけだ。
「煙を吸わないようにしてください! おかしくなってしまいますから!」
「よし、分かった! トリー、頼む!」
『ピヨー!』
トリーが強烈な風を作り出し、煙を空に飛ばす。
その後、比較的症状が軽そうな人を見つけ出して聞き込みをした。
「なあ、なんで麻薬を吸って倒れてるんだ?」
「他に楽しいことが無いからだよ」
その人はいい年をしたおじさんで、転がりながら答えてくれた。
「でも、俺はおじさんなので濃い煙を吸ったらクラクラして駄目だった。ちょっぴり吸ってもこうして動けなくなったのだ。ううー、ぜつぼうだあ。もうだめだあ」
呻いた後、おいおい泣き出したので、ペスが近寄っていっておじさんを肉球でペチッと殴った。
「あふん」
「おじさん、麻薬はもともとこのスラムにあったのかい?」
「大きい猫の肉球痛い……。いや、麻薬は厳しく国が管理してて、こんなとこまで出回らないよ。今日はそれを持ち出してきたっていう喋る犬が俺たちに振る舞ってくれたんだ」
露骨にバラドンナ案件じゃないか!
「クリスくん! こっち、なんか倒れている人が人間じゃないものに変わり掛けてる!」
メリッサの声がする方を見たら、倒れている人は、さっき倒した緑色の巨人に半ばまで変化していた。
麻薬に何か混ぜてあるのだ。
「えいっ」
起き上がろうとする巨人を、メリッサが張り倒した。
巨人が目を回して動かなくなる。
強い。
「ひゃあー」
おじさんがそれを見て震え上がった。
「何これ。おじさんが吸った煙、ただの麻薬じゃないの? 怖い。おじさんは魔物になってしまうの? なんてことだ、あんまりだあ」
「あなたは比較的症状が軽いので大丈夫だと思います」
「アリナさん、一応、あなたは非戦闘要員なのであまり近づかないで……!」
おじさんに接近して検分しようとしたアリナだが、レオンに引き止められた。
でも、俺もアリナが言うとおりだと思う。
おじさんは受け答えが割としっかりしてる。
情緒不安定っぽいのは素みたいだし。
「他に、おじさんくらい意識がはっきりしてる人はいないみたいだ。おじさん、その犬がどこに行ったか分かる?」
俺の問に、おじさんは頷いた。
「わ、分かったよ。そんなとんでもないものを吸わせてくる犬なんてろくなものじゃない。スラムまで落ちたらこれよりも下はないと思ってたけど、魔物にされちゃうんだなあ……。って、君も魔物を連れてるのかい!? ひえー、食べないでくれえ。え、犬の行方? 分かるよ? おじさん、こう見えても元ドッグブリーダーなんだ」
おじさんはよろよろと立ち上がった。
ペスがトコトコ歩いていって、蛇の尻尾でおじさんを巻いて支える。
「ありがとう……って、ひえー魔物! あ、いやでもありがとう」
『ガオン』
ペスは俺の召喚モンスターで、一番お兄さんだからな。
気遣いとかができているんだ。
「おじさん、案内してもらっていい? このまま放っておくと、その犬はこの国中を倒れているみんなみたいにしてしまうと思うんだ」
「そ……それは大変だ……!」
おじさんはハッとした。
そして、それと同時に、スラムの向こう側で大爆発が起こる。
空に幾条も昇っていく、太い紫色の輝き。
「ウェスカーさんがハッスルしてる」
メリッサの呟きを聞いて、俺はゾッとした。
「おじさん、それどころじゃない。国が無くなるかも……。早く邪神を見つけ出して倒さないと、大魔導が国を消してしまう」
「だ、だ、だ、大魔導だって!? それは大変だ!!」
おじさんがしゃきっとした。
ああ、この人も、大魔導関連で何かひどい目に遭ったんだろうなあ。
こうして、俺たちの仲間によく分からないおじさんが加わった。
「おじさんはね、元々はドッグブリーダーと一緒に、お城で働いていたんだよ。仲間たちと一緒に城の政治を左右できるところまで行ったんだけど、実は魔王に操られててねえ……。一旦は消滅したと思ったんだけど、大雑把な大魔導がおじさんをふっとばしてたんで、消し飛ぶ寸前になんとか生き残ってスラムに逃げ込んだんだ」
「おじさんにドラマありですね」
優しいレオンが、おじさんのひとり語りを聞いてあげている。
こうして、俺たちはスラムを隅から隅まで歩くことになった。
広さは、そうでもない。
狭い区画に、たくさんの人が密集して住んでいるのだ。
そして、あちこちで邪神がばらまいた麻薬が見つかる。
「倒れている人の密度が上がってきました。そろそろですね」
レオンが油断なく剣を構える。
「ああ、そうだな。トリー、頼む!」
『ピヨー』
俺はトリーを飛ばして、彼女と視覚を共有した。
空の上から、俺たちがいる場所を見下ろす。
ここは……廃棄地区に開いた大穴の、最も王都から離れた辺りだ。
後少し行けば……。
スラムの家並みが途切れた。
そこは、断崖絶壁。
大穴の縁になっている。
「クリスくん、あそこ!!」
メリッサが穴の中を指差した。
そこには、たくさんの人間を従えて、悠然と歩いていく犬の姿がある。
犬がくわえているのは、見覚えがある魔銃。
かつて俺が使っていたものだ。
「いたぞ、バラドンナだ! みんな、ここで決めるぞ……!」
「おー!」
いよいよ、邪神を追い詰めた。
いや、邪神にとって終着地点なのかも知れない。
ここが、俺たちとバラドンナの決戦の地なのだ。




