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動き出す邪神

 行動の組み合わせだが、俺とメリッサとレオンとアリナ、ウェスカーが別行動ということになった。

 アリナが戦えないから仕方ないのだ。

 というか、ウェスカーを一人で自由にさせて本当にいいのか……?

 本人は、「ワッハッハ、任せておいてくれ」と自信満々だったが、彼の身が心配なのではなくて、巻き込まれる周囲が心配だ。


「クリスくんも、立派なウェスカーさんのパーティメンバーになったねえ……」


「何をしみじみ言ってるんだメリッサ。でも、あの人と一緒に旅をした仲間たちは、相当苦労しただろうなあ。ゼインとか、レヴィアさんとか、クリストファっていう人とか、メリッサとか……あっ」


「察してしまったようだねクリスくん。そう、私たちは別にそんなに苦労してなかったのだよ」


「染まってしまったのか……」


「みんな素質があったのかも知れないね……」


 恐ろしい話を聞いてしまった。

 つまり、魔王を倒した勇者パーティというのは、みんなちょっとおかしい人々の集まりだったのだ。

 平和な世の中なら、とてもやっていけなかったような人たちなんだろうな。

 だけど、世界を支配する魔王の出現という非常事態だからこそ、この人たちが活躍したのだ。

 世の中、何がどうなるか分からないものだ。


「皆さん、こちらから不思議な香りがしますよ」


「うわっ、アリナさん一人で先行しないでください!? あなた戦えないんですから!」


 随分先からアリナの声がしたので、レオンが慌てて走っていった。

 アリナめ、好奇心に勝てずに一人で行ったな。

 次代の選王家当主になる身なんだから、もっと体を大事にして欲しい。


「でもレオンくん。これはわたくし、書物で読んだことがある香りです。ええと、読んだことがあるのに香りというのはですね、この甘苦い感じの、頭をぼんやりさせる感じは、いわゆる麻薬の一種で……」


 曲がり角に立って、ぺらぺらと知識を口にするアリナ。

 すると、角からのっそりと、明らかに普通ではない目付きをした男たちが現れた。


「アリナ、後ろ後ろー!」


 俺は指摘しながら、レオンの後を追う。

 腰からトリニティを抜いた。

 そのすぐ横を、メリッサが投擲した石が通過していった。

 それは男の一人の額を直撃すると、「ウグワーッ」そのまま昏倒させる。

 当たりどころが悪ければ即死する一撃だぞ!?


「ひえー」


 アリナが震え上がった。


「アリナさん、こっちへ! いでよ、我が眷属!」


 疾走するレオンが手を伸ばした。

 そしてアリナを引き寄せ、代わりにレオンの周囲に出現した、亡霊の剣士が男たちへと襲いかかる。


「うるあああ!」


 男たちはこちらをみて叫ぶと、ぶるぶると震えた。

 その全身が変化していく。

 体が膨れ上がり、緑色で筋肉質の巨人に変わる。

 こいつら、モンスター化したのか!


「邪神の眷属になっちゃったのかもね!」


 手のひらで、石をポンポンやりながらメリッサ。


「そっか。ジョージの仲間たちも、みんなモンスターになったもんな……! つまりこれって」


「邪神がいるっていうことですね!」


 アリナが確信を込めて呟いた。

 そう言うことだ。

 既に、邪神バラドンナは廃棄地域にその勢力を広げつつある。


「いけ、サンダラー!!」


 俺は敵に向かって走りながら、魔銃を連続射撃する。

 これを受けた巨人がふっ飛ばされ、次の巨人は俺目掛けて、近くにあった瓦礫を投げつけてきた。


「うおっと!!」


 横っ飛びに瓦礫を避けて、もう一丁の魔銃を抜く。


「トリニティ! 召喚! トリー!」


『ピヨー!』


 召喚の魔獣から、白い輝きが放たれる。

 ハーピーのトリーだ。

 彼女が空を裂き、緑の巨人の顔面を掠める。

 敵は驚き、注意が逸れた。


「そおい!」


 そこへ炸裂する、メリッサの投石。

 さすがに巨人化した相手を一撃では倒せない。

 緑の巨人は額から血をしぶかせ、後退った。

 駆け寄るのはレオンだ。


「行きますよ! せえいっ!!」


 亡霊たちが足場を作り、そこをレオンが駆け上がる。

 あっという間に巨人の頭と同じ位置に到達し、走る勢いはそのままに、彼の剣が横薙ぎに振るわれた。

 巨人の首が飛ぶ。


 いつもは目立たないレオンだが、こいつは邪神の部下でも幹部クラスだったやつと、一人で渡り合える実力者だということを俺は知っている。

 緑の巨人程度なら、相手にもならないだろう。

 倒れ行く敵の巨体を足がかりにして、レオンは別の巨人へと切りかかった。

 迎撃しようと振り上げられる、巨人の腕。 

 だが、これは俺がサンダラーで撃ち抜き、破壊する。


「おおおおっ!!」


 振り下ろされた剣が、モンスターの頭を断ち割った。

 力を失い、崩れ落ちていく巨体。

 レオンはここから、ひらりと飛び降りた。


「やるな」


「クリスくんにばかり、いいところを持っていかれるわけには行きませんからね」


 俺とレオンで、拳を軽くぶつけ合う。


「男同士の友情だね」


「いいものですね、尊い……」


 後ろで女子たちが何か言ってる。

 多分理解できないことを言ってると思うので、スルーしよう。


「よし、レオン、行くぞ。トリー!」


『ピヨー』


 トリーが俺の肩に止まった。


『キュルルー』


『ピヨピヨ』


「フャンフャン」


 チューだけじゃなく、オストリカまでやって来て、俺の体をよじ登ってきた。

 両肩、頭の上に小さいモンスターを乗せて、俺はまるでモンスターの巣だなあ。


「クリスくんはモンスターに好かれますね」


「そうか? ま、悪い気はしないけど」


 二匹と一羽を乗せたまま、アリナが言った、妙な香りがする方向へと向かう。

 麻薬のにおいか。

 確かに、このにおい、嗅いでいると頭がぼーっとしそうだ。


「トリー。このにおいを晴らすんだ」


『ピヨ!!』


 肩から飛び立ったトリーが、巨大化した。

 彼女の本来のサイズは、俺と同じくらいある。

 それが翼を広げ、強く羽ばたかせる。

 トリーを超高速で飛ばせるほどの力を持った翼だ。

 生み出す風の量はとんでもない。

 あっという間に、怪しいにおいは散り散りになってしまった。


「よし、先に進もう」


「クリスくん、応用力ならピカイチだよね。そこはウェスカーさんより上かも」


「あー。あの大魔導、全部力技で乗り切りそうだもんな」


「分かる? その通りなの」


 メリッサがけらけら笑った。

 彼女はちょっと進み出て、俺よりも半歩先を歩く。

 風が吹いてきて、彼女の髪が揺れた。

 メリッサの匂いがする。


「あっ」


 メリッサがいきなり立ち止まった。

 彼女の匂いに意識を集中していた俺は、止まれずにメリッサに追突する。


「うおー」


「ひゃー」


 二人で倒れ込んでしまう。

 そして気づくと、メリッサに覆いかぶさるような体勢になってるじゃないか。

 こ、これはーっ。


「んもー。うっかりなんだから」


 メリッサの吐息が近くで感じられて、ドキドキする。

 くっ、じ、自制心が利かなくなる……!

 もっと、彼女を抱きしめたい!

 俺が自分の中に湧き上がってくる欲求と戦っていると、アリナとレオンの声が聞こえた。


「そこですわ! 今です! 抱きしめてしまって!」


「いや、三人とも、今はやるべきことがあるんですから早く起き上がってください」


 ハッと我に返る。

 無責任に囃し立てたな、アリナ。


「あちらに、たくさんの人が倒れています。行ってみましょう」


 真面目なレオンは、俺たちを置いて先に行ってしまった。

 そして、倒れている人たちを調べているようだ。


 俺とメリッサは起き上がった。

 お互い、ちょっと顔が赤い。


「さ、行こ、クリスくん!」


「お、おう!」


 気を取り直して、調査再開だ。

 だけど……ちょっと残念だったような。

 オストリカが俺を慰めるように、「フャン」と言いながら肉球でほっぺを叩いてくるのだった。

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