廃棄地区にて
案内された廃棄地区。
そこは、近づくとすぐに分かった。
王都とは、高い塀で隔てられている。
その塀も、資材が足りないのかちぐはぐな作りで、一部は石壁、一部は木造、一部は瓦礫を積み上げただけ、みたいなものだった。
これじゃあ、向こうとこっちを区分けしきれていないんじゃないだろうか。
「なんていうか、雑だなあ」
「うん、大きすぎる国っていうのはこういうもんだよ。隅から隅まで、王様だって目が届かないもの」
俺の感想に、メリッサが答えた。
バブイル選王国は、一つの階層はそれぞれ、そこまで広くはない。
それに、選王家が担当する軍事とか商売とか、知識と言った分担がある。
だからしっかりと管理されていたんだろう。
外の世界では、王家の目が届かないというのはざらかもしれない。
「よーし突っ込むぞー」
ウェスカーが宣言した。
そうか、いよいよ廃棄地区に入るんだな。
「……突っ込む?」
妙な言葉を聞いた気がした。
すると、ウェスカーが力強く頷く。
「あそこの塀は弱い。なので正面から破るのだ」
「いやいや、あんたの魔法なら、ソファゴーレムごと飛んだりできるだろ!?」
「うむ。だがあそこまで破って欲しそうに作ってある塀を飛び越えるなんて失礼じゃないか。俺は手を抜かない主義なんだぞ」
「何を言ってるんだあんたは!?」
「クリスくんは付き合いがいいなあ」
しみじみとしたメリッサの声を聞きつつ、俺は眼前にいる大魔導の理不尽さに戦慄した。
この男、理屈でものを考えてない。
かくして、ソファゴーレムは走る速度を上げた。
荷台に乗っているアリナがまた悲鳴を上げる。
「いけ、ソファ!」
『ま”!』
元気よくソファが返事をする。
そして、加速した勢いのまま、脆くなっている塀の一部に蹴りを叩き込んだ。
瓦礫を積み上げた形になっている塀が、消し飛んだ。
「うわー! 塀を壊しちまってどうするんだ!」
「壊すと困るのか?」
「そりゃ困るだろ。あのな、廃棄地区にはヤバい奴がいるかもだろ。そいつがこっちに出てきてしまう」
「なるほど」
ウェスカーが、その発想は無かったって顔をした。
マジかー。
メリッサが、俺たちのやり取りをなんだか感激しながら眺めている。
「凄いなあ……。ウェスカーさんとまともにやり取りできる人、なかなかいないんだよ? しかも、今のなるほどはちゃんと理解したなるほどだった」
なるほどにそんな種類があるのか!?
なぜか、メリッサの俺に対する評価が上がったようだった。
本当になんでなんだ。
ウェスカーはソファーの上で膝立ちになった。
立ち上がると、座席が靴で汚れるからだという。
後ろをちょっと振り向いて、
「ほい、壁作成」
雑な仕草で魔法の名前を言った。
すると、崩された塀があったところから、壁が生えて来るではないか。
しかも王国が建造した塀よりもずっと分厚くて大きい。
石の一枚板……というよりは、巨大な石のブロックだ。
「これで大丈夫だろう。前よりもずっと頑丈になったぞ」
「大雑把だな……。だけど、確かにこれなら越えようという気持ちにはならないよな」
小山のような塀が生まれてしまった。
廃棄地区に住んでいるらしい連中が集まってきて、新たな塀を指差して呆然としている。
すまんな……。
「なんか、思ったとおり、入り組んでる感じだな。手分けして探すか?」
「うーん、そうだねえ……」
ソファは、逞しい両足に支えられているので高い位置にある。
廃棄地区にあるみすぼらしい家並みは、みんな平屋だから楽に見渡せた。
そして、見渡す限り、細かい路地が入り組み、無数の掘っ立て小屋で溢れているようだった。
「いや、俺とレヴィアで邪神を倒した穴までは案内するぞ。そこまではすぐだから、すぐ」
「本当か……?」
既に、ウェスカーの言う事は信用できないと理解している俺である。
疑いの視線を向けると、彼はワッハッハ、と笑った。
間違いなく何も考えてない。
だが、今回はウェスカーの言うとおりだった。
廃棄地区は、俺の知るスラム街によく似ていた。
そしてスラムにも、大通りみたいなものは一応あるものだ。
ここを、ソファがのっしのっしと通過していく。
当然、住民はこんな恐ろしいものが歩いてくるので、悲鳴を上げて避難する。
すまんな……。
やがて、大通りの先に大きな穴が見えてきた。
いやいや、大きいなんてものじゃない。
これ、小さな村なら一つ、すっぽり収まってしまうサイズじゃないか。
スラムの三割くらいが、この穴だぞ。
「ここだここ。いやあ、邪神はでかくてなあ。消滅させてもこれくらいの穴が残った」
大魔導はさらっと言うが、とんでもない話だ。
どれほど大きな敵と戦ったんだ。
そして、これだけの相手とやり合ったら、絶対に王都にも影響があっただろう。
今になって、城の兵士達がウェスカーに対してやり過ごそう、やり過ごそうと接していた理由が分かった。
歩く災厄みたいな男だな。
いや、この男がいないと、多分もっと大きな災厄が広がるんだろうなとは思う。
毒を持って毒を制するわけか……。
「良薬口に苦しだよね。ウェスカーさんとレヴィアさんが活躍してなければ、今頃王国は無かったかもしれないし。だから、同じ事が起らないように私たちが頑張らないとね」
「ああ。こんな穴を作る人たちが出てくるような事態にならないようにしないと。今度は絶対王国が消し飛ぶだろ」
「消し飛ぶねー」
俺とメリッサは笑った。
彼女は楽しそうだったが、俺はちょっと引きつり笑いだったかもしれない。
ということで、まずは目的地に到着だ。
ここから、邪神の足取りを探っていかないとならない。
スラムを個別行動するのだ。




