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ソファを使って駆け巡れ

「はっはっは、いけいけ、走れ走れ」


 どっかりとソファに腰掛けたウェスカーが、ご機嫌で指示を下す。


『ま”』


 ソファがそれに、何とも言えない声で返答して、どたばたと走っていく。

 定員の関係で、クリストファという男と、女神キータスは乗ってない。


「メリッサ、このソファってなに?」


「ソファ? えーとね、えーと……なんだっけ?」


「なんだっけ?」


 おい!!

 なんで持ち主のウェスカーが覚えてないんだよ!


「確か、俺がでっかいソファをもらったんで、魔法をかけてゴーレムにしたんだ。ちょこちょこパワーアップさせてるから……」


 これに反応したのがアリナだ。

 ソファゴーレムが引っ張る荷車は、地面を走る衝撃も全然ないらしくて、馬車よりも随分快適なのだとか。

 そこでレオンと並んで座っていたアリナが、首を傾げた。


「ウェスカーさん、あなた、ゴーレムを作り出したのですか? ということは属性魔法を使いこなしていらっしゃるということですね。さすが大魔導です」


「うん、俺はこう、全部独学でなー。魔導書とか借りてさらさらーっと読んだらそういうの載ってたので使ったんだ」


「は? どなたかに教えてもらったのでは?」


「いや?」


「ウェスカーさんは師匠とかいたことないもんねえ。ずーっと自動的に強くなってたから」


「なんだそれ」


 メリッサがくるりと俺に振り向いた。

 限られた空間しか無いソファで、しかも隣りに座っているから、彼女の顔がとても近い。

 ドキッとした。


「クリスくんも、戦いながら強くなっていってるでしょ。最初の頃なんて、まだまだ弱くて、あー、この子は私が守らないとすぐ死んじゃうなあ、なんて思ってたんだけど。今はもう、全然違うもの。その場に合わせて魔物を読んで、合体させるでしょ。クリスくん自身も強い。今じゃ、青の戦士団なんか相手にもならないよ」


「そ、そうかな……」


「私よりも、もう強いかも……?」


「そ、それは……」


 なんだか、メリッサの顔が近づいている気がする。

 見つめていると吸い込まれてしまいそうな、緑色の瞳だ。


「ほーん」


 うわっ、ウェスカーの顔もめっちゃくちゃ近い!!


「な、なんだなんだ!」


 慌ててウェスカーの顔を手で押してしまった。


「ウェスカーさん! 邪魔しないでー!!」


「いてて、メリッサのツッコミも強烈になったなあ。なかなかのパンチだ」


 ボコボコ、ドカドカと音がする。

 これ、手加減なしの打撃じゃないか?

 並のモンスターとか青の戦士団の連中だと、戦闘不能になるやつだ。

 だが、これを受けて笑っているウェスカー。

 打たれ強いぞ大魔導……!

 そういうタイプの魔法使いってどうなんだ……!?


 そんな俺たちを乗せて、ソファは連合王国を駆け回る。

 ウェスカーたちが邪神を撃退したというのは、王城の近くらしい。

 ソファがどたばたとそっちに走っていくと、兵士たちがわらわらと湧いてきた。


「うわーっ、あれ大魔導のソファだぞ!」


「やべえ、絡むとろくなことがないぞ!」


「守ってるふりだけして道を開けるぞ」


「うわーすげえいきおいだあ」


「とてもとめられねえー」


 やる気なさそうな声がして、兵士たちが道を開けてくれた。

 一体どれだけの仕打ちを受けたら、こういう学習をするんだ……!?

 平然とした顔をしているウェスカーだが、絶対こいつはおかしい。

 主に頭がおかしい。

 だけど、メリッサが人間性みたいなのを保証してるからな。

 それに、実力は超一流……どころじゃないっぽい。


「たのもーっ」


 ウェスカーが大声を張り上げると、指をパチンと鳴らした。

 すると、固く閉ざされていた王城の門扉がすごい勢いで開いた。


「開門の魔法?」


「そう。俺が夜遅く帰ってくると、レヴィアが戸を締めて入れてくれないことがあるので、開発した。開門した後、絶対ぶん殴られるけどな! わっはっは」


 兵士たちは、こちらを止めるふりをしてそのまま通してくれる。

 大魔導はどう扱えばいいのか、よく理解しているみたいだ。

 かわいそうになあ……。


「これはこれは、大魔導猊下」


 揉み手をしながら、ローブを着込んだ偉そうなおっさんが出てきた。


「誰?」


「たぶん、連合王国の宮廷魔道士。王国で一番権力がある魔法使いだよ」


「権力かあ……」


 ソファの上で、ニコニコしているウェスカーを見る。

 どんな権力があっても、それを上回る力があれば言うことを聞かせられるものなんだな。


「何の御用でしょうか、大魔導猊下!」


「うん、邪神を倒したのどこだっけって思ってな」


「あ、はい! それは、王国の廃棄地区です! 邪神出現以降、瘴気の噴出と凶暴な魔物の出現が増えてきたので、居住に適さないとして今は放棄されています!」


 俺は目を見開いた。


「それ、露骨に怪しい地域だな! もう間違いないんじゃないか?」


「そうだね! ……あれ、でもあそこって……」


 メリッサが首を傾げている。

 何か知っているんだろうか。


「よーし、じゃあ廃棄地区へ行ってみようー」


 ウェスカーが気軽に宣言した。


「はいー! 大魔導猊下なら、あの地区でも平和で安全な地区と変わりないでしょう!」


 厄介払いできるぞ的な空気がぷんぷんしてるぞ!

 だけど、宮廷魔道士という特別な地位なのに、ウェスカーにへこへこ頭を下げられるってのは凄いな。

 多分、この人がウェスカーを上手く外に追い払って、これ以上王国に被害が広がるのを防ぐ役割を持っているんだろう。

 兵士たちは、信頼に満ちた目で宮廷魔道士を見ている。


「さあ、どうぞ! 方向はあちらです! どうぞ!」


「おう、ありがとうなー」


 ウェスカーが笑顔で手を振り、ソファは方向転換した。

 背後で、兵士と宮廷魔道士たちが歓声を上げているのが聞こえる。

 アリナが訝しげに何か呟いていた。


「強大な力を持ちすぎた英雄が、国家に疎まれ、排斥される……。そんな物語はたくさんあります。ですけど、これはどこか違うような……。強大という次元ではない力を持っていて、国家が排斥しようとしたら逆に排斥されるような英雄を、おっかなびっくり扱っている、みたいな……」


 うん、多分それが正しいな。

 大魔導ウェスカー。

 凄い人ではあるんだろうが、絶対に憧れたりしてはいけないタイプだな……!

 だが、こんなとんでもないやつと一緒なのに、メリッサはまるで子供に帰ったみたいに、無邪気に笑っているのだ。

 こういう彼女も、嫌いじゃない。


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