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奴が噂の大魔導

 王都の大きな道を歩いていく。

 行き交う人たちは、みんなペスに注目している。

 大型犬サイズのライオンで、ヤギとドラゴンと蛇の頭がついてるもんな。

 そりゃ気になる。

 でも、ペスのたてがみの中に、オストリカとチューが収まっているのを見ると、みんなほっこりした顔になった。


「割と動じないもんだな。王都って、モンスターがよく出るのか?」


「今は出ないよ。だけど、今までここ、すっごくたくさんの魔物が出てきたからねえ。それに比べたら、ペスちゃんは可愛いものじゃないかな」


「そうかあ……嫌な慣れ方してるんだなあ」


 しばらく歩くと、人の流れがおかしいことに気付く。

 みんな、こっちに逃げてくるように早足でやって来る。

 まるで、向こうに何か恐ろしいものでもいるかのようだ。

 恐ろしいもの……恐ろしいもの……。

 モンスターか何かか?


 大通りを抜けると、両側が一気に緑色になった。


「や、やめろー! 私は酒盛りなんかしたくない! ひぃー!!」


 あっ、目の前で一人、緑色のところに引きずり込まれた。

 周りはすっかり、公園地帯だ。

 そこかしこで、倒れている人たちがいる。


「まあ、大変!! 大丈夫ですか!」


 アリナが慌てて、近くに倒れている男に駆け寄った。

 そして、


「うっ、お酒くさい!!」


 すぐ飛び退いた。

 なんのことはない。

 みんな、酔っ払って寝ているだけなのだ。

 そして、寝ている人の数は、公園の奥に近づくほど多くなっている。

 一見して普通の人もいれば、黒いローブを着た怪しい人もいる。

 あるいは、彼らが連れてきたペットのたぐいも酒気にあてられてか転がっている。


「なんだ。一体何が起こってるんだ……!」


 俺は戦慄した。

 だけど、隣でメリッサはため息なんかついているじゃないか。

 もしや、この騒動に覚えがあるんだろうか。


「これ、ウェスカーさんとクリストファさんでしょ、きっと。多分だけど、無限にお酒を作る魔法を開発したんだと思う」


 そう言うと、メリッサはずかずかと、公園の中に踏み込んでいった。


「おっ! 女の子発見! さあさあ、ただ酒だよ! どーんと飲みなよ」


 さっき街の人を引きずり込んでいた酔っ払いが、メリッサに絡んできた。


「どいて!」


「ウグワーッ」


 あっ、張り倒された。

 メリッサ、気が立っているなあ。

 いや、足取りがなんだかウキウキしてる。

 なんだ、どういう気分なんだ。

 俺も慌てて、彼女の後を追った。


「うわっ、何か空に打ち上がりましたよ!!」


 レオンが驚いて立ち止まる。

 俺たちの目の前で、紫色の光線が空に向かって昇っていく。

 そして、パァンと音を立てて破裂した。


「わっはっは、爆発した爆発した」


「いやあ、流石のエナジーボルトの冴えですね。日々鍛錬は欠かしていないと?」


「うちの娘のエナジーボルトが強くなったからな。父の威厳というやつだ。俺が元祖エナジーボルトだからな! ほれ、もう一発だ!」


 また空に、紫の光が上がっていく。


「メリッサ。今、すごく頭悪そうな大人の声が二つしたんだが」


「うん、それがウェスカーさん。あとの方はクリストファさんだねー」


 メリッサが半笑いで説明してくれた。

 そして、大きく声を張り上げる。


「おーい! ウェスカーさーん! クリストファさーん!」


「メリッサ的な声がするではないか」


 何がメリッサ的な声だ。

 この声の主、なんか変なやつだぞ!?


 少し向こうにある茂みが、がさがさと鳴った。

 そして、そこから中肉中背の黒いマントを羽織った男が立ち上がる。

 ……何というのだろう。

 これと言った特徴がない。

 黒い髪で、目には全く覇気というものが無く、だが異常に自信たっぷりげで背筋を伸ばして胸を張っている。


「本当にメリッサだ。おー! 太った?」


「太ってなーい!!」


 メリッサは叫ぶやいなや、助走を始めた。

 速い速い。

 あっという間に男までたどり着くと、そのまま飛び上がる。


「おっ」


 男が何か言いかけたところで、そいつの胸元に、メリッサの綺麗なドロップキックが決まった。


「ぐわー」


 間抜けな悲鳴を上げながら、吹き飛んでいく男。


「あれがまさか、大魔導ウェスカー……!? 師匠が宿敵だが、二度と会いたくないと言っていた人物……!!」


「マジか……!」

 

 吹っ飛んでいた男、暫定、大魔導ウェスカーだが、吹っ飛んだままの姿勢でいきなり空中に停止した。

 そして、吹っ飛んだままの姿勢でスーッと戻ってくる。


「体勢くらい立て直せよ!?」


 思わず突っ込んでしまった。


「いやー、すまんすまん。寝たままの姿勢が超ラクだろ? よく、リディアにもパパ太るよって言われてるんだけどな」


「太ってるじゃん」


 メリッサが素早く駆け寄り、ウェスカーの腹をつついた。

 おっ、ぷにっと指がめり込んだぞ。


「太ってないぞ。これは俺の溢れんばかりの幸福が形になったものだ」


「幸せ太りじゃん! この、このこの! 私はちゃんと、余計な脂肪が付きすぎないように運動してますー!!」


「わっはっは、やめろメリッサ、くすぐったい! いや、しかしでっかくなったなあ。しばらく見ない間にすっかり背も伸びて、後は胸とか尻とか」


「あっ、こいつ無遠慮にもほどがある」


 俺はカッとなって、空中浮遊するウェスカーを手で突き飛ばした。


「うわー」


 間抜けな声を上げながら、ウェスカーが空を流れていく。


「やあ、どなたかとおもったら、メリッサさんではありませんか! 私です、クリストファですよ」


 続いて、茂みから金髪の男が立ち上がった。

 常ににこやかな笑みを浮かべている、実に怪しげな男だ。

 そして、彼の後ろから小さな女の子が顔を出して、こちらを伺っている。


「そしてこちらが、闇の女神キータス様です」


『メリッサ!』


 ええ、この小さな女の子が女神!?

 そう思っていたら、女の子はメリッサを見て目を輝かせた。

 ばたばた走ってきて、メリッサに抱きつく。


「キータス様久しぶりー。相変わらずちっちゃいねえ」


『神は変化しない法則』


「そっかそっかー」


 メリッサが目を細めて、キータスを抱きしめている。

 そうこうしていたら、遠くまで流れていったウェスカーが戻ってきた。


「あぶねー。危うく王城まで流れていくところだったわ。兵士が集まってきて面白かった」


 彼はそう言うと、浮遊している魔法らしきものを解き、地面に降り立った……つもりだったのだろうが、体が着地の体勢になっていなくて、そのまま尻から落ちた。


「ぐわーっ! 尻が!!」


 尻をおさえてのたうち回るウェスカー。

 こ、これが……。

 こんな男が、あのレヴィアの夫で、リディアやルヴィアの父親で、魔王を退治した最強の大魔導だって言うのか……!?


 頭がクラクラしてくる俺なのだった。

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