ジョージの大誤算! ~じゃしんふっかつ~
「ウ、ウグワーッ!!」
「ば、馬鹿なあ!」
ここは迷宮の地下のどこか。
冒険者、ジョージのパーティは全滅の危機にあった。
今、前衛の戦士が倒れ、後衛だった魔法使いは魔力切れ。
「な、な、なんてことだ! ちくしょう!!」
ジョージは呻いた。
引き金を引いても何も出ない魔銃を、憎々しげに睨む。
「騙しやがったな、クリス! こんな魔銃、召喚どころか弾丸も出ねえじゃねえか!!」
「ジョージ、やばいよ。ここは逃げないと……!」
「あ、ああ、そうだな! よし、逃げるぞ! お前たちが盾になれ! 俺が逃げる!」
「ゲエッ、ジョージ、あたしを見捨てるのかい!? ウグワーッ!」
ジョージに突き飛ばされた女盗賊が、モンスターの牙に掛かって倒れる。
「時間稼ぎもできねえのか! ゴミ! クズ! 俺の盾にすらなれないとか、てめえらクリス以下のゴミだ! 畜生、畜生畜生、俺は何も悪いことなんかしてねえのに、どうしてこんな事に!」
迫るモンスター。
ジョージはダラダラと脂汗をかきながら、後退る。
召喚の技を試してやると言って、無理やり地下第四階層まで降りたジョージたち。
女盗賊の制止も振り切り、真っ先に進んだジョージがテレポートの罠にかかった所で、パーティはどことも知れぬ、迷宮の奥深くに飛ばされていた。
待っていたのは、恐ろしいモンスターだった。
子牛ほどもある黒い犬で、首が三つある。
それぞれの頭から、赤い炎を吐いて戦士を焼き、牙は今、女盗賊を仕留めた。
「全部悪いのはクリスだ! クリスが悪いんだ! あの野郎、あんなに目を掛けてやったのに、俺を裏切りやがって……!! 畜生、畜生! 俺はなんて不幸なんだ!!」
天を仰ぎ、ジョージはみっともなく、おいおいと泣いた。
だが、モンスターはそんな事お構いなしだ。
どんどんと迫り、ジョージの息の根を止めようとしてくる。
「ああくそ、くそ、第四階層なんて潜らなければよかった! それに、盗賊め、どうして罠に気づかねえんだ! 俺は雇い主だぞ! 畜生、畜生! 無能な部下ばかりだ! それというのも、全部、全部……クリスが悪い! あのガキ! それから俺の股間を蹴ったあの女! 危うく潰れるところだった! 畜生! この恨み、晴らさでおくべきかあっ!!」
見事なまでに自分勝手な思考、物言いだった。
だが、ジョージは自分が絶対的に正しいと信じ込んでいる。
そんな彼だからこそ、そこにいた存在は、彼を見初めたのだろう。
『素晴らしい』
何者かが呟いた。
ジョージに噛み付こうとしていたモンスターが、ピタリと止まる。
そして、背後を伺う仕草を見せた。
『うむ。その男だけは生かしておけ。その、腐ったドブ川のような精神。他人を突き落とし、利用して使い潰しても何とも思わぬ、恥を知らぬ剛毛が生えた心臓。こんな時まで命乞いではなく、呪詛の言葉を吐き散らす、肥大した圧倒的な悪意。この男は、正真正銘の屑だ』
闇から、ぼんやりと何かがやってくる。
それは、実体無き存在だった。
「へ……?」
ジョージは、己に語りかける何者かに気づき、ぽかんと口を開けて真正面を見た。
ぼんやりとした何者かが、ジョージを覗き込んでいる。
『良い物を持っているではないか。何者かの情熱と、お前の怨念と、絶望が染み込んだ良い依代だ。儂が乗り移るに、格好の環境が整っておる』
「あ……あんた、誰……?」
『儂か。儂はな。こうしてモンスターどもを放っては、迷宮の外へ出ようと千年あがき続ける、虜囚よ。神々はかつて、己等と意見が合わぬ儂を、異端として地の底に閉じ込め、出てこられぬよう迷宮を作った』
「か、神……?」
『儂は、邪神バラドンナ。喜べ、人間の屑よ。お前は屑ゆえに、儂の運び手となる栄誉を得たのだ。儂を運べ。儂を連れ、世界を巡れ。世界に封じられた、わしの魔力を解き放つのだ』
「な、なんで俺が……」
『大変な栄誉だ。ではな、人間の屑、ジョージよ。今からお前は、邪神官ジョージだ』
ぼんやりとした存在は、ジョージの持つ魔銃へと入り込んでいった。
みるみる、その形を変えていく魔銃。
それは、無数の棘を生やし、捻じくれた邪神の祭器となった。
「ぎょえー! いやだー! 俺の、俺の中に入ってくるなあー!」
『やれやれ、一丁前に反抗するか。それ』
「あふん」
ジョージは糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
近くにケルベロスが寄って来て、くんくんと臭いを嗅ぐ。
すると、ジョージ……であった者の手が上がり、モンスターの鼻先を撫でた。
ずるり、とそれは起き上がる。
「ほう、屑なりに、良い肉体ではないか。他人を食い物にして、相当肥え太っていたと見える」
ジョージの声で、それは呟いた。
邪神官ジョージ。あるいは、邪神バラドンナ。
重層大陸の迷宮奥底に封じられていたそれが、外の世界を目指して動き出す。