邪神様、自分の肉体に目星をつけるが。
「ここがユーティリット連合王国……。儂の肉体っぽいものが現れた場所だな。しかし儂の肉体よ、人間に倒されてしまうとは情けない。だが儂も人間に倒された。つまり儂も情けない」
邪神バラドンナは、天を仰いだ。
良い天気である。
彼の後には、この旅の途中で作ってきた新たな信者たちが従っている。
誰も彼も人間だった者だが、今は違う。
バラドンナの力を授けられ、モンスターへと変身することができるようになっていた。
「バラドンナ様! 我々にこのような、過分なお力を下さり感謝の極み……」
「良い良い。お前たちは今までひどい目にあってきたのだ。受けた不幸の分だけ、超常能力を手に入れるのが平等というものであろう」
バラドンナ理論である。
「おお、さすがはバラドンナ様!」
「求めるだけで何も与えてはくれない他の神とは違う!」
信者たちが一斉に、邪神を褒め称える。
バラドンナはこれを、心地よさげに聞いていた。
彼の中に、信仰から湧き出る神としての力が漲っていく。
直接信者から絶対の信仰を向けられると、実に効率よく神の力を溜めることができるのである。
「ではバラドンナ様、俺たちは何をしたらいいんで?」
「ここに来るまで、あのバカでかい船は襲いましたけど、村には手出ししなかったじゃないですか」
「あの村の人間にも、目にものを見せてやればよかったのに!」
バラドンナの信者たちは、力を得て冷静さを失っているようだ。
邪神は彼らを宥めることにした。
「まあ待てお前たち。気持ちは分かる。だが、あの村はダメだ。儂の中の神の本能的な部分が、あれはダメだと告げていた。少なくとも、儂が肉体を取り戻すまではダメだ」
信者たちは理解できないようで、ぶうぶうと不満の声を上げている。
「あの村には、少なくとも神を殺せる者が一人いるのだ。もしかしたらもう一人いるかもしれない。それはまずいだろう」
分かりやすく説明してやると、信者たちが黙った。
「な、な、なんですかそりゃあ」
「バラドンナ様をやられたら、俺たちひとたまりもない!」
「なんて村だ!」
「でもバラドンナ様、村は駄目で、なんで王都はいいんですか?」
彼らの素朴な疑問に、偉大なる邪神は深く頷いた。
「問題なのは規模ではない。中にいるやばい奴だ。これに気をつけろ。そして、今の王都は比較的安全……。ここで大騒ぎを起こし、その隙に儂は肉体を探し出す。打ち倒された肉体は、王都の外れにあるという話だったからな。それ、行くぞ!」
号令をかけ、信者たちとともにバラドンナは動き出した。
そして王都に入るところで、信者の大部分に潜伏の命令を出す。
こうして、ユーティリット連合王国には、邪神教団の信者が多く潜むようになるのである。
満足げに笑うバラドンナ。
だが、彼の前に、突如として黒ずくめの集団が現れた。
「あの辛気臭い連中は……。闇の女神キータスの信者どもか! しかもあの数! おお、忌々しいのう。確実に教えを広げていると見える」
バラドンナは顔をしかめた。
キータスは闇の女神という呼び名がついてはいるが、基本的には善神である。
邪神を封印する際に、他の神々と協力した一柱で、バラドンナにとっては憎き敵だ。
人間にとっては平等主義のバラドンナも、神々に対しては不平等主義であった。
むしろ、自分以外の神は全滅させる方針と言った方がいい。
「しかもこの気配……! キータス本人が降りてきているのか! 話が早い。まずは手始めに、奴らをこの手にかけ、キータスの神力をこの身に取り込んでやるか! おい、お前たちついてくるのだ!」
「はい!」
バラドンナに付き従う信者たちの姿が、モンスターに変わっていく。
翼の生えた大猿、直立して棍棒を振り回す太ったオオトカゲ、蛮人然とした衣装の仮面の男……。
モンスターの群れとなった邪神教団が、闇の女神教団へと襲いかかったのである。
「おやおや、懐かしいものがやって来ます。魔物ですか」
次の瞬間、闇の女神と見える小柄な少女の隣で、一人だけ真っ白なローブを着た男がにこやかに口を開いた。
バラドンナの背を、一瞬冷たいものが駆け抜ける。
あれ、まずいかなー、なんて彼が思った時には、既に何もかも遅すぎた。
白いローブの男は、微笑みながらこちらに手のひらを向けている。
その手が、冗談では済まされないほどに強烈な魔力を放ち始め、白く輝いた。
「ここで一掃しておきましょう。いや、これで我が教団の威光もますます大きくなるというものです。実に幸運でした」
「おお、さすがはクリストファ殿ですな!」
邪神教団は、一度走り始めたら止まれない。
結果、クリストファという男が生み出した凄まじい輝きの中に、みんなで突っ込むことになってしまった。
「うおおおお! 押すな、お前たち押すなあああああああ!!」
慌てて、本体である魔銃を投げ捨てるバラドンナ。
それは放物線を描いて飛び、クリストファの後ろにいた大型犬が、見事にキャッチした。
「ポチ、何をくわえてるのー」
「わふぅ」
クリストファが放つ、極太の魔力の光。
それは、元バラドンナごと邪神教団を飲み込んでいったのである。
王都到着前に、邪神バラドンナ二度目の敗北なのであった。




