そら飛ぶ幼女とトンデモ赤ちゃん
「あっ、メーだ!」
赤ちゃんを乗せた女の子は、メリッサを見て満面の笑顔になる。
そして、速度を上げて突っ込んできた。
「うわわ!」
俺は慌てる。
受け止めなくちゃ!?
「大丈夫だよ、クリスくん」
メリッサはそんな俺の肩を叩いて、止めた。
彼女が大丈夫という理由は、すぐに分かる。
飛び込んでくる女の子の前に、いつの間にかレヴィアが立っていて……。
「こーら。メリッサお姉ちゃんでしょ!」
突撃する女の子を、片手で受け止めていたのだ。しかも頭を。
その勢いを軽々止めるレヴィアも凄いけど、自分の速度を頭で受け止めて、
「あ、そうだった! リディア、もうおねえちゃんだから、ちゃんとしないとなんだった!」
どうということも無いように物を言う女の子。
そうか、この娘がリディアか。
……とんでもないな……!!
「マーマ、マーマ」
レヴィアの手のひらに、直角に突き立っている様に見えるリディアの上を、赤ちゃんがよちよちと歩いていった。
危ない、危ない!
「あら」
レヴィアが目を丸くする。
赤ちゃん……これがルヴィアちゃんだろう……はおぼつかない足取りで、レヴィアのところに行こうとして……。
つるんと滑った。
「危ない!!」
俺はとっさに、彼女たちの下に滑り込んでいた。
落っこちてくるルヴィアちゃんを、しっかりとキャッチする。
ふんわりいい匂いがした。
「ピャー」
ルヴィアちゃんはびっくりして、目を丸くしている。
そしてすぐに、顔をくしゃっとした。
「びゃあぁぁぁぁー!」
泣いた!
「あらあら、びっくりしたのね」
レヴィアは俺から、ひょいっとルヴィアを受け取ると、手慣れた風に抱っこする。
「ありがとうね、クリスくん。まあこの娘頑丈にできてるから、これくらいじゃ怪我もしないかもだけど……身を挺して娘を庇ってくれる男の子なら、ちょっと安心かな」
ちらりとメリッサを見るレヴィア。
「いや、別にその、勝手に体が動いたんで」
俺はちょっと照れながら立ち上がる。
「もうっ、クリスくん、泥だらけになったじゃない。ま、さっきの戦いで汚れてたけど」
メリッサがちょっと怒ったような口調をしつつ、俺の後ろをはたいてくれる。
「あ、や、ごめん。ついつい。でも、無事で良かったよ」
振り返ろうとしたら、
「振り向き禁止!」
止められた。
なんでだ……!?
何故か、レヴィアはくすくす笑っている。
「メー、じゃなかった、メリッサねーちゃん、おかおまっか!」
「ちょっ、リディアちゃん、赤くなんかないから! ないからー!!」
何だか珍しい、メリッサが大慌てする声が聞けてしまった。
あまりの状況に、クリスもアリナも棒立ちになっている。
「び……びっくりしました。今の、何だったんです?」
「多分、親子がただいま、おかえりっていうシーンじゃないかと。やっぱりこの人たち、師匠が言ってた通りとんでもない……」
アリナの言葉にレオンが呆然と返した。
これを聞いて、レヴィアがふむ、と唸った。
「ねえ君。レオンくんだったかしら? 君のお師匠様って、もしかしてシュテルン?」
「分かるんですか!?」
なんだなんだ?
レヴィアと、レオンの師匠は知り合いなのか。
詳しい話は、村の中でということになったのだった。
村の中は、賑やかなものだった。
珍しい服装の旅人とか、ちょっと古風な格好の人が行き交っている。
「村って言うには、でかいよな……」
「世界が解放されてから、みんなここを中継地点にしたわけ。だから、人が集まった。人が集まったら物も動くでしょ? そしたら、お店を作って稼ごうっていう人も出てくる。もともとの村の大きさ、私は知ってるけどこんな大きくなくてね。それだと泊まれる人も限られるでしょ? だから広げていったの。多分ね、最初に私が来た頃より、何倍も大きくなってるんじゃないかな」
メリッサが妙に早口で説明してくれる。
「あ、ありがとう。よく分かった。そっか、村が大きくなってるんだな。で、ここにウェスカーっていうのがいたのか」
「パパ?」
メリッサと手を繋いで歩いていたリディアが、首を傾げた。
「そっか。リディアちゃんとルヴィアちゃんは、ウェスカーとレヴィアさんの娘だもんな」
「む」
名前を呼ばれて、ルヴィアちゃんはちょっとこっちを見たが、すぐにレヴィアの胸に顔をうずめてしまった。
なるほど、人見知りだなあ。
「あら、珍しい。クリスくん、この娘、クリスくんのことは気に入ったみたい」
えっ!?
明らかにそっぽを向かれたんだけど。
「照れてるのよ」
「ははあ……」
赤ちゃんの感情表現はわからないなあ。
「ふーん、クリスくんはもてますねえ……」
「あれっ? メリッサなんで早足で先に行くの!? 待ってくれよメリッサー!」
「きゃはは! メーとかけっこだー!」
「こーら、リディア! メリッサお姉ちゃんでしょ!」
「はーい!」
ということで、走らされることになってしまう俺なのだった。
行き交う旅人は、俺とメリッサの追いかけっこを笑いながら眺めている。
だけど、店の中にいる村人たちは、メリッサやレヴィアを引きつった笑顔で見送る。
なんだ、これ。
あの顔は多分、恐怖だよな?
俺はその辺りの感情には詳しいぞ。
「メリッサ! 待って、待って! なんか、村人の反応が変なんだけど! 怖がってるっていうか」
「あ、言ってなかったっけ」
ここでようやく、メリッサが顔を見せてくれた。
なんだろう。
今日の彼女は、いつもよりも頬の血色がいい。
「私たち勇者パーティはね、ここで色々凄いことをやらかしたの。だから、直接私たちを知ってる人は、凄く尊敬するか怖がるかのどっちかが多いんだよ。アナベルみたいなのは例外ね」
「リディアねー、むらのことあそぶとき、みんなのパパとママがじゃましてくるの。だからなかなかあそべないんだー」
「そうかー。色々大変なことをして、大変になってるんだなあ……」
「でもね、パパがいっつもいっしょにあそんでくれるよ! まほーもおしえてくれるの! いっしょにまものもたいじするんだよ!」
「へえー、一緒に遊んで、魔物退治ね……魔物退治……?」
「そ! こうするの! えなじーぼるとー!!」
リディアが空を見上げて叫ぶ。
すると、彼女の両目が紫色の輝いた。
そこから生まれるのは、極太の魔力の輝きだ。
一瞬、その光は太陽の明るさをも超えて、村中を紫色に染め上げる。
「う、うわーっ!!」
「うわー!」
「きゃー!」
俺の悲鳴に合わせて、村のあちこちから悲鳴が聞こえた。
あっ、遠くでアリナが腰を抜かした。
レオンが彼女を背負ってるぞ。
「あー、リディア、ふらふらになっちゃったあ」
「あはは、リディアちゃんはまだまだ加減を知らないなあ」
メリッサが笑いながら、リディアを抱っこする。
「メリッサ、今の何」
「何って、エナジーボルト? 魔法って、生命魔法、属性魔法、世界魔法ってあるでしょ。生命魔法の凄いやつだよ?」
良く分からない。
だけど、リディアみたいな小さい女の子が、普通、使いこなせるような魔法では無いことだけは分かる。
なんだろうなあ、この娘。
「あれ、ウェスカーさんの得意技なんだよね。あの人の場合、あれを無尽蔵に撃てるから」
「メリッサ、そいつは本当に人間か?」
「さあ? 私もちょっと、そこだけは自信ない」
笑い事じゃないぞ、メリッサ。
俺は今、そんなとんでもない奴の家に行こうとしているのか。
「リディアちゃん、君のパパって家にいるの?」
「ンー。パパ、おるすだよ?」
おっと、そうなのか。
ちょっとホッとした。
「おうさまのところにあそびにいくって。おみやげかってくるって、ゆってたよ! たのしみなんだー」
「へえ、ウェスカーさん、王都に行くんだ。何しに行くんだろ?」
「えっとね、キータスちゃんにあって、クリストファのおじちゃんにもあうって」
「あー、クリストファさんかあ。相変わらず腹黒なのかなあ。懐かしいなあ」
「……その人も勇者パーティ?」
「うん。これで、クリスくんは勇者パーティ全員を知ったことになるね。アリエルさんには会えなかったけど」
「お、おう。会いたいような、会いたくないような」
どっちかというと、会いたくない寄りだ。
「はい到着! ルヴィア、まだ抱っこされてるの? 降りる?」
「んー」
後ろから、レヴィアとルヴィアちゃんの声がした。
「もう、レオンくん! わたくし、もう歩けますから!」
「アリナさんすぐに腰を抜かすじゃないですか。この方が安全です」
「レオンくん、おろしてー!」
みんな揃ったな。
俺たちの目の前には、真っ白な家が建っている。
ここが、元勇者、レヴィアの家ってわけだ。
かつて女王だったにしては、質素な家に住んでるなあ。
「ようこそ、我が家へ。歓迎するわ。お茶と焼きたてのケーキでお迎えしましょ」
「わーい、ケーキ!」
「わー!」
リディアが喜んで飛び跳ね、真似をしたルヴィアがジャンプしようとして尻もちをついた。
「あー、もう」
そこが俺のすぐ近くだったので、俺は彼女を抱き上げる。
ルヴィアが俺の手の中で、じーっと顔を見上げてきた。
「ん? なに?」
「ん!」
俺の腕を、ぺちぺち叩いてくる。
おお、赤ちゃんなのにかなりパワフルだ。
それに、なんだろう。
電気みたいなのがビリビリくる。
「すっかり、クリスくんがお気に入りね。ルヴィアって私に似ているから、もう雷の波動が使えるのよね。じゃあ、この娘はクリスくんに任せようかしら」
「レヴィアさん! 困りますうー!」
なんだかメリッサが、むきになってレヴィアに抗議している。
俺はと言うと、すっかり大人しくなったルヴィアを抱っこしたまま、途方に暮れるのだった。
「困ってるのはこっちだ……! 勇者パーティ関係者はとんでもないのしかいないのか……!」




