キーン村のレヴィア
「わかりやすく言うとね、この人が、勇者だったの。魔王にとどめを刺した人だよ」
メリッサに紹介されて、レヴィアというその女性はうんうんと頷いた。
「もう随分昔の事みたいに思うわね。ウェスカーと結婚したでしょ。リディアを産んで、ルヴィアを産んで……最近ルヴィアがトコトコ歩くようになったから大変」
「えっ!! レヴィアさん、二人目できたの!?」
「そうなの! 二人続けて女の子でね。ルヴィアは恥ずかしがり屋で、いつもお姉ちゃんの後ろに隠れてるんだけど……」
話の流れから置いていかれてしまった。
俺はぼーっと、メリッサとレヴィアを見ている。
二人ともとても楽しそうにお喋りしているなあ。
昔からの知り合いだもんな。
複雑な気持ちではあるけれど、なんというか、お姉さんぶってないメリッサを見るのは新鮮だった。
気を抜いたメリッサって、ああいう顔をするんだ。
「あれが、勇者……」
レオンは真剣な目でレヴィアを見ている。
彼も何か、縁があるんだろうか?
「ねえレオンくん、全部終わりましたか……?」
物陰から、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「あ、はい! 大丈夫です。やっつけましたよ!」
「よかったぁ~」
這いずるように姿を表すアリナだ。
木箱を被って震えていたらしく、小脇にその箱を抱えている。
ここでメリッサが、俺たちをレヴィアに紹介した。
彼女は俺達を見回して、なるほど、と呟いた。
「みんな若いけど、それなりにできる子が多いみたいね。そっちの彼女は一般人みたいだけど」
「はじめまして。わたくしは、バブイル選王国における、五大選王家の一つ、クロリネ家次期当主アリナです」
気を取り直して優雅に礼をするアリナ。
やっぱり、こういうところしっかりしてるのは、さすがお姫様だよな。
レオンがその姿を、ちらちら目で追っている。
……お前、もしかして……。
ははーん。
「へえ、つまり王家の人なのね? 私もだよ。私はね、以前あった王国の第二王女でね」
「王女!?」
アリナが飛び上がって驚いた。
「その次にできた連合王国で、初代の女王になったのね」
「初代女王!?」
やめろアリナ、それ以上跳ぶと海に落っこちる!
俺とレオンで、慌てて駆け寄って彼女をキャッチした。
「あ、あのあのあの、これは、大変な失礼を……!!」
しおしおとなって、弱々しくなるアリナ。
「昔のことだから気にしないで。私は今は、気楽な村人だから。たまーに荒事の依頼がきて、趣味でそれをこなすくらい?」
「レヴィアさん、趣味で世界の外からくる魔王の眷属と戦ったりしてるもんね」
「そうそう。身体が鈍らないためにちょうどいいの」
趣味って次元じゃない!!
いや、さすがに冗談だろう。
「やー、物凄い音がしたかと思ったら、やっぱりあんたかあ! 久しぶりだなあ」
ハブーの甲板がぱかっと開くと、そこからアナベル艦長が現れた。
彼女もレヴィアの知り合いか。
いや、同じ国に住んでるんだものな。
知り合いで当たり前か。
「で、ウェスカーとは仲良くしてる? いつでもあたいが引き取ってあげるから」
「仲いいわよー。男の子ほしいねって話してるくらい? アナベルにあげることは永遠に無いわね」
「くそー! あたいも潤いが欲しい……!」
仲良さそうだな。
……っていうか、ウェスカーがまた話題になっている。
あいつ、もてるのか。
いけすかない奴だなあ……。
たくさんの女子に手を出すような奴なんだろうか?
絶対、一発殴ってやらなきゃな!
「クリスくん、なんで鼻息荒くしてるの?」
「い、いや、なんでもない! なんでもないったらなんでもない!」
『ガオ?』
『ピヨ』
モンスターたちが、メリッサの真似をして首を傾げてくる。
戦いが終わったから、暇になったんだろうか。
「ああ、そうだ! せっかくメリッサが帰ってきたんだから、うちに来なさいな。リディアも会いたがってたし、ルヴィアには絶対会わせたいし!」
「行く行く! ってことで、ね、クリスくん!」
「ああ、構わないよ。っていうか、邪神も絶対そっちに向かってるだろ。よし、バイク取ってくる! スレイプニルを呼んで、それとバイクでみんな行けるだろ!」
「お願い!」
任された。
俺はペスとポヨンで、スレイプニルを複合召喚する。
複数の足がある巨大な馬で、地上を走る力に長けているのだ。
すぐにバイクまで到着し、これにロープをくくりつけた。
「引けるか?」
『ヒヒーン』
よし。
バイクを引っ張りつつ、スレイプニルを走らせるのだ。
戻ってきた頃には、みんな準備万端だった。
レオンもアリナも、荷物をまとめて背負っている。
ハブーに来たときよりも、絶対に荷物が増えてる。
「ありがとうクリスくん!! えっと、じゃあバイクは私が乗って、サイドカーには誰が?」
「俺はスレイプニルを走らせないといけないし……」
視線が注がれるアリナ。
彼女は青くなって、顔を左右に振った。
「そんな地面に近いところを、猛烈な速度で走る乗り物は遠慮します! 危ない……!」
「じゃあレオン?」
「あ、いえ、僕はアリナさんが落ちないように支えないといけないので」
ほうほう。
そして、消去法的にサイドカーに乗る人は決まった。
「へえー、こんなものがあるのねえ! ソファゴーレムよりも乗り心地が良さそう?」
さっそくサイドカーに乗り込むレヴィア。
俺よりも体格のいい彼女なので、ちょっと狭そうだ。
だけど、ご機嫌で車体をぺちぺち叩いている。
「おもしろーい! メリッサ、早く走らせてみてよ!」
「はいはい! レヴィアさん、魔王が絡まなくなったら本当に可愛くなっちゃったなあ。私はこっちのレヴィアさんも好きかも」
「そうかな? でも、私が変わったとしたら、子供たちのおかげかも? ほら、ウェスカーったらそのままの私を否定しないでしょ?」
「なんだかんだでものすごくおおらかだもんねえ、ウェスカーさん」
またウェスカーの話題で盛り上がっている!
むむむ。
『ヒヒーン?』
むっ、スレイプニルに心配されてしまった。
気を取り直してっと。
「メリッサ! そろそろ行こうか!」
「そうだった! お話は村についてからでもできるもんね!」
そして走り出す俺たちなのだった。
バイクもスレイプニルも、猛烈に早い。
キーン村はハブーからさほど離れていなかったらしく、すぐに見えてきた。
砂浜の奥、岩山に挟まれた狭い道みたいなところを通り抜けたら、すぐだ。
なるほど、どうやらこの道以外に、ユーティリット連合王国へ向かう道は存在しないらしい。
そして、この道を通ると必ずキーン村にたどり着く。
「ああ、いたいた!」
バイクの音にも負けない、レヴィアの大きな声が聞こえきた。
「リディアー! ルヴィアー! 帰ってきたわよー!」
彼女はサイドカーから立ち上がり、上空に向かって声を張り上げている。
空……?
そこには、豆粒ほどの小さな点があり、それがどんどんこっちに近づいてくる。
「なんですか!?」
「何か来るー!」
クリスとアリナが警戒する。
だけど、俺はなんとなく分かってしまった。
空から猛スピードで降りてくるあれが、レヴィアの娘たちなのだ。
「マーマー! おかえりーっ!!」
小さな女の子が、さらに小さな赤ちゃんを背負って、こっちに向かって飛んで来る。
俺は、とんでもないところに来てしまったのかも知れない。




