邪神の手下と、謎の豪腕お姉さん
昼くらいに準備を終え、俺たちは旅立つことになった。
メリッサの召喚モンスターは、大部分をエフエクス村に置いていくのだそうだ。
「フャーン」
「フャン」
オストリカが、家族との別れを惜しんでいる。
他に、ちっちゃいオストリカみたいなのがわいわい出てきて、みんなで顔をこすり合っている。
オストリカの弟や妹たちだな。
その後、赤猫はメリッサのところに戻ってきた。
「メリッサ、オストリカだけでいいのか?」
「もちろん。だって、エフエクス村を守らなくちゃいけないでしょ。世の中、邪神が出歩いてるんだから」
「そりゃそうだけど」
「それに、いざとなったらクリスくんが、世界も私も守ってくれるでしょ?」
うわっ、いきなり上目遣いでそういう事言ってくるのは反則だ。
俺は自分の顔が熱くなるのが分かった。
これを見て、見送りに来ていた村の人たちがみんなでニヤニヤしているから、多分真っ赤になっていたんだろう。
くそー、なんてことを言うのだ。
いや、嬉しいんだけど!
そうして、また俺たちは出発する。
エンジンが掛かり、メリッサは一瞬振り返って村に手をふると、そのままバイクを走らせる。
行きとは違い、随分バイクの振動にも慣れてきた。
今回は、オストリカとチューが仲良く俺と同じサイドカーに収まっている。
二匹並んで、揺られながら「ワワワワ」とか声を揺らして遊んでいる。
なんか和むなあ。
少し行くと、ハブーが見えてきた。
行きは随分掛かった気がしたけど、帰りはあっと言う間だ。
いや、メリッサがバイクの運転に慣れて、速度を上げているのかも?
「って、なんか煙が上がってるんだけど!」
俺は慌ててその方向を指差した。
「あ、本当!! ハブーが何かに襲われている!?」
メリッサも驚いた。
「クリスくん、オストリカとチューをしっかり掴まえてて! 最速で行くから!」
「分かった!」
尻が痛くなるとか言ってる場合じゃない。
ハブーの一大事かもしれないのだ。
そして、今この時期に、船を襲ったりする奴なんて決まってる。
俺が知る限り、一人しかいないのだ。
「メリッサ! ここからはバイクじゃ遅い! あいつを使おう!」
「分かった! ごめんねバイク。ここに置いていくね……!」
途中でバイクを停めて、俺は魔銃トリニティを抜く。
込める弾丸は、トリー。そしてポヨン。
「複合召喚……いでよ、ペガサス!!」
思いっきりぶっ放した。
銃口から生まれた、白と青の輝きが空で混じり合う。
誕生したのは、大きな翼を生やした白馬だ。
『フォーン!』
ペガサスはいななきながら、俺たちの前に降り立った。
背中に乗るように促してくる。
まずは俺がまたがり、メリッサに手を貸した。
彼女が後ろに乗り込み、俺の腰に手を回してくる。
よし、固定された!
「行け、ペガサス! 全速力!」
『フォーンッ!!』
次の瞬間、ペガサスは静止状態から高速飛行に移っていた。
地面を抉りながら、超高速で飛び立つ。
空気が裂け、巻き起こった風に木々が揺らぐ。
超高速飛行状態のペガサスは、羽ばたかない。
翼を斜め後ろへと展開して、風を切り裂きながら飛ぶのだ。
バイクですら、なかなか距離を詰められなかったハブーが、一瞬で近づいてきた。
重層都市バブイルの階層を、一息の間に行き来する最速の召喚モンスターだ。
こいつを、広い大陸で飛ばせるとここまで凄いのか!
「減速! 降りるぞ、ペガサス!!」
『フォーン!!』
翼が広がり、急制動がかかる。
俺は吹き飛ばされないよう、ペガサスの首にしがみついた。
広い甲板に着地するペガサス。
途中で、真っ黒な何か良く分からないモンスターを何匹か跳ね飛ばした。
「ギャッ!」
「グエッ」
止まったペガサスから飛び降りつつ、俺はサンダラーを抜く。
「こいつらが邪神の手先か!」
魔銃が轟音を上げた。
ハブーの家々を襲っていた黒いモンスターが身体に風穴を穿たれ、吹き飛ぶ。
こいつらは、手足が生えた魚みたいな姿をしている。
それが、鉤爪で家の扉を引き裂き、住人を襲おうとしているのだ。
「何これ!? 昨日までは全然こんなことなかったのに!」
メリッサが、手近なモンスターを拾った角材で殴り倒す。
「メリッサさん! クリスくん!」
レオンの声がした。
少し向こうで、半透明の戦士が黒いモンスターを蹴散らす。
そこから、レオンが現れた。
「聞き覚えがある音がしたと思ったら、やっぱり戻ってきたんですね!」
「レオン、一体どういうことなんだ? どうして襲われてるんだ!」
「どうやら僕たちは、邪神を追い越してしまっていたようです。あいつはついさっきハブーの近くを通りかかり、手下を差し向けてきたんです!」
「無差別ってやつか!」
また、新手が飛び出してきた。
敵は、水中からどんどん出現するみたいだ。
海を旅しながら、邪神は手下を増やしていたんだろう。
俺は現れたモンスターに突っ込みながら、魔獣を乱射する。
そして同時に、トリニティを構えた。
「戻れ、ポヨン! トリー、ペス、弾丸に!!」
マーブルカラーの弾丸と、白い弾丸がトリニティに装填される。
「複合召喚! グリフォン!!」
放たれる光が、鷲の頭と翼を持つ巨大な獅子となる。
『ケーンッ!!』
飛翔した鷲獅子が、モンスターの群れを粉々に砕いた。
撃ち漏らしは、俺がサンダラーで片付ける。
「やりますね、クリスくん! よりできるようになった……!」
「そうだね! クリスくんはどんどん強くなってる!」
仲間たちが後ろを守ってくれる。
俺はどんどん突き進むだけでいい!
甲板の端まで走ると、上がってこようとするモンスターを射撃で撃ち落としていく。
何匹を倒したことか。
突然、モンスターが上がってこなくなった。
「ウウウ……! 危険な魔銃使いめ……! バラドンナ様がおっしゃった通りだった……!!」
水中から、そんな声が聞こえた。
俺の背筋が粟立つ。
慌てて、後ろへ跳んだ。
次の瞬間、水中から巨大な黒い腕が飛び出して来た。
それは、ついさっきまで俺がいた場所を、激しく叩く。
その腕を切っ掛けにして、姿を表す巨大な影。
幾つもの魚が組み合わさった、グロテスクな巨人だ。
「魔銃、それとも魔獣使いか! お前はここで、この俺が殺しておく!!」
巨人は叫びながら、俺に向けて巨大な腕を振り上げた。
「ペス! トリー! ポヨンと合わさって、三重複合……」
対抗すべく、俺はトリニティを構えた。
ここは、ドラゴンを呼び出すしかない!
ちょっとはハブーに被害が出るかも知れないが……仕方ない!
だが、その時だ。
「あら、エフエクスに行く前に変なのがいると思ったら」
女の人の声がした。
えっ、と思って声のした方向を見ると、砂浜からこちらに飛び移ってきた、綺麗な女性がいる。
長い金髪が風になびいて、質素な服のスカートが翻る。
「危ない!」
「そうね。さっさと片付ける」
彼女は腕まくりして、拳を固める。
……今、彼女の腕が一回り膨れ上がったような?
そして、拳の周りがバリバリと音を立て、光り輝き始める。
あれは……小さな稲妻……?
「そぉいっ!!」
甲板を蹴って、彼女は飛び上がった。
打ち下ろされる、モンスターの黒く巨大な拳に、稲妻を纏った拳を叩きつける。
すると、信じられないことが起こった。
「ウグワーッ!?」
モンスターの腕が、粉々に吹き飛ばされたのだ。
女性が、巨大なモンスターに殴り勝った!
そんなデタラメな……!
「やっぱりそうだ! レヴィアさーん!!」
メリッサが駆け寄って来る。
彼女は、あろうことか角材を担いでいる。
「受け取ってーっ!!」
メリッサは走る勢いに任せて、角材を放り投げた。
猛烈な速度で、女性に迫る角材。
レヴィアと呼ばれた彼女は、空中でそれをキャッチした。
「そぉーれっ!!」
レヴィアの持つ角材が、稲妻に包まれた。
これが、怯む巨大モンスター目掛けて投擲される。
まるで、真横に走る雷だ。
モンスターはそれに胴を打たれ、びくんと痙攣した。
その直後、
「ウグ……ウグワワーッ!!」
断末魔の叫びとともに、モンスターは粉微塵になって消え去ってしまったのだ。
「ふう……。ブランクがあったからどうかと思ったけど、結構いけるものね」
彼女は俺の隣に着地した。
服の両袖がビリビリに破れ、焦げてしまっている。
うわ、筋肉がすげえ。
それに、メリッサは今、彼女をレヴィアって……。
「あなた、魔物使いよね? もしかして、メリッサのお弟子さん?」
ああ、やっぱり。
この人も、メリッサの関係者なのだ……!




