メリッサの故郷へ
その日の内に、俺たちは準備を整えた。
「はい、これに乗って! あ、魔物たちはみんな弾丸に戻しておいて。じゃないと乗れないから!」
「これって……なんだ……!?」
メリッサが見せたのは、ハブーの地下から発掘されたという魔法の乗り物だった。
車輪が二つ付いた、細長い乗り物。
その横に、人が乗り込めそうな四角い箱がついている。
箱の横にも車輪。
そして、乗り物の頭には顔があった。
ガラスらしいもので覆われた、一対の巨大な目。
手も足も無い、顔だけがある異形の乗り物。
「バイクって言うらしいよ。使い方は、さっき習った。多分大丈夫でしょ」
「フャーン!」
オストリカはこのバイクとやらが気に入ったらしくて、頭の部分に駆け上がり、肉球でそこをぺちぺち叩く。
「キュルル! キュキュー!」
チューもオストリカの横に飛び降りて、バイクをぺちぺちしだした。
「フャン、フャャン」
「キュ? キュルルー」
この小動物たちは何かお喋りしてるぞ。
とりあえず、オストリカが先輩風を吹かせているらしきことは分かる。
「はいはい二人とも。落っこちるから外に出ちゃだめだよ」
メリッサはバイクの本体らしきところにまたがる。
なんていうか、馬よりもまたがっている姿が凄く分かってしまって、後ろから見るとドキドキする。
「クリスくんはこっちに乗って! ほーら、オストリカ! 居場所はここだよ!」
メリッサは無造作に、赤猫を胸元に押し込んだ。
なんてうらやましい!
オストリカは、そこから頭だけを出している形になる。
「それからこれ」
メリッサから差し出されたのは、メガネ?
「ゴーグルって言うの。風で目をやられないようにするのね。あと、私は髪が長いから、これはこうして帽子で押さえつけて……」
メリッサはゴーグルをつけ、革の帽子をかぶった。
帽子には固定用のベルトが付いていて、これを顎の下で止める。
「キュー」
「チューはこの内側な。これ、多分すごい速度で走る乗り物だ。外に出ていたら吹き飛ばされちゃうぞ」
「キュ!」
俺はメリッサの横にある乗り物に、ごそごそと潜り込んだ。
割とスペースに余裕がある。
これなら、ゼインみたいな大柄なのも乗れそうだな。
「そこ、横にくっつける車だから、サイドカーって言うんだって。じゃあ行くよ、クリスくん!」
「行くって、お、おわああああ!?」
いきなり、バイクはすごい音を立てた。
車体の背後から黒い煙が吹き出し、ぶるぶると全体が振動する。
「フャーン!?」
「キュキュー!」
小動物たちが慌てているけど、逃げ出したらもっと危ない!
ここは、しっかり押さえておかないと。
オストリカは、メリッサの胸と服の間に挟まって、じたばたしてるものの逃げ出せないみたいだ。
今日のメリッサは、バイク用のベストみたいなのを上に羽織ってきている。
これがちょうど、オストリカを逃さないようになっているんだな。
「ええと、ハンドルをこう握って……!」
メリッサが、左のハンドルと、その前に突き出した棒をまとめて握り込んだ。
それと同時に、左足を置いていたバーを、強く踏み込む。
「これで、右を捻って……」
バイクが動き出した。
「こっちを、離す、と」
左ハンドルの前にあった棒を離したその瞬間、ゆっくりと車体が走り出した。
「ええとええと、後は……そうだ、同じ感じで繰り返しだったよね」
走り出しと同じアクションを繰り返すと、バイクの速度がどんどん上がっていった。
メリッサ、もうこの乗り物の扱い方をマスターしてしまったようだ。
そして走り出すと、バイクという乗り物は恐ろしく速い。
トリーほどではないが、多分、複合召喚したスレイプニルに匹敵する速度なんじゃないか。
「わっ」
「うわっ、ガタンといった!」
タイヤが石に乗り上げたらしい。
めちゃくちゃ揺れた。
ああ、これ、あくまで平坦な道ならスレイプニルくらい速い乗り物だな。
このでこぼこ道だと、さすがに速度が落ちるみたいだ。
「ごめんねクリスくん。でこぼこは避けながら行くわ」
「そうしてくれると助かる! クッションあるけど、何度も揺れるとお尻を痛めそうだ……!」
ということで、ここからメリッサはスピードを落とした。
周りの風景を見られるくらいの速さで、トロトロとバイクが進んでいく。
これでも、馬車よりはずいぶん速い気がする。
走っていく内に、周囲は砂浜ではなくなっていた。
この辺りは、木々が立ち並ぶ獣道という感じ。
何度も馬車が行き来するらしく、轍の跡がある。
メリッサはそこを上手く走っているけれど、時々バイクは大きく揺れた。
「うわ、馬糞だ」
ちょっと聞こえた。
揺れるのは、馬糞を避けてるのか!
そこは潔く、踏んで行って欲しい。
だって馬糞を避けると、めちゃくちゃ揺れるのだ。
またガタガタ言った。
「メ、メリッサ!」
「クリスくん! 舌噛むから黙ってて!」
「馬糞よけ、しなくてもっ」
「だめ! 汚いじゃん!」
今日乗ったばかりのバイクで、そんな高度なテクニックを使おうとしなくても……!
でも結局メリッサは馬糞よけを止めること事無く、最後までバイクをガタガタ揺らしながら行ってしまうのだった。
「あっ」
プスンと音を立ててバイクが動かなくなった。
メリッサが、めちゃめちゃな運転をしたからではないだろうか。
「結構繊細な乗り物だったみたいねえ」
……言わないでおこう。
帰りは、ペスに引っ張ってもらえばいいや。
それよりも今は……。
眼の前にある、この村のことだ。
「ようこそ、クリスくん。ここが私の故郷、エフエクス村だよ」
そこは、俺が初めて見る普通の村だった。
木々と蔦を編んで作られた塀があり、そこにたくさんの蔓草が絡みついている。
一見して、とても大きな茂みみたいに見えるけれど、その向こうには家々の屋根が見えた。
とても緑が多い村。
ここがメリッサの生まれた場所なのだ。
「あー、久しぶりだなあ。何年ぶりだっけ」
「フャンフャン!」
「きゃっ、オストリカ?」
赤猫が、勢いよくメリッサの胸元から飛び出す。
そして、村の中へと走って行ってしまった。
「ボンゴレのにおいがしたからかな? 久しぶりだもんねー」
メリッサは、村に向かって一歩踏み出した。
それから俺を振り返る。
「さ、来て、クリスくん」
「お、おう」
俺はなんか、ガチガチに緊張している。
メリッサの生まれた村。
そうかー。
ここがメリッサの村なのかあ。
きょろきょろしながら、入り口をくぐる。
中に入っても、緑いっぱいの村だった。
「なんか……外と変わらないな」
「初めて来た人はみんなそう言うんだよねー。一応、ただ生えてるだけみたいな木でも、果物が成ったり畑の一部だったりするんだよ? この村はたくさんの食べ物を作ってて、王都に送ってるの」
「へえ……」
メリッサに案内されるように村の中を行くと、向こうから村人がやって来た。
「やあ、お客さんだね、いらっしゃい! 観光できるようなものは何もないけど、美味しいものならたくさん揃ってるエフエクスの村にようこそ! 楽しんでいってくれよ!」
中年に入りかけくらいの男の人だ。
彼の言葉を聞いて、メリッサがクスクス笑い出した。
「やだなあ、カイムスさん。私だよ、私!」
「え? ええ?」
カイムスと呼ばれた男の人は、訝しげな顔をしてメリッサを見た。
首を傾げて、じーっとメリッサを見て、そしてハッとする。
「も、もしかしてあんた、メリッサか!? ええ!? メリッサが帰ってきたのかい!」
「そうだよー! 大きくなったでしょう! 二年ぶりだもんねえ。カイムスさんは全然変わらない? ちょっと老けた? まだキヌの着物を作ってるの?」
「老けたとはひどいなあ! だが、キヌはまだまだ作ってるぜ。何しろ、素っ裸でやって来たあの大魔導が、最初に袖を通したのが俺の着物なんだからな」
いきなり知り合いだ……!
いや待て。
落ち着け俺。
メリッサの生まれ故郷なんだから、当然知り合いくらいいるだろう。
それよりも……また大魔導か!
二人の共通の話題になる大魔導って、一体何者なんだ……!




