遠く望むエフエクス村
ハブー船長、アナベルの客人ということになった俺たちは、大変歓迎された……というほどでもなかった。
蒸気船ハブーは一つの街がまるごと乗っかった巨大な船で、ここで暮らす人々は、誰もがのんびりと生きていたのだ。
「定期運行? んなことしてないよ? 王様から依頼が来た時だけ船を出すのさ。それで、あたいらは一年ちょっとかけて外海をグルっと回ってくる。その度に新しい島を発見したりして、交易をしたりしてね」
アナベルに聞いたら、そんな感じだった。
けっこう、適当に運行してるらしい。
バブイルでは、魔動エレベーターの運用にせよ、漁船の使用にせよ、規則でしっかり決められていた。
こんな巨大な船を、アバウトに使っているっていうのはちょっと信じられない。
「え? ユーティリットはどこもこんな感じだよ? むしろバブイルがしっかりし過ぎてるだけじゃないかな」
メリッサに言ったら笑われてしまった。
彼女はこういうアバウトな土地で育ちながら、見事にバブイルに適応してたわけだ。
で、ハブーで数日間過ごすことになったんだけど……。
見た感じ、蒸気船の機能そのものは凄い。
ほとんど魔力を使ってないのに、魔動機関と同じような効果を発揮するっていうのは凄いことだ。
蒸気機関の燃料は、メリッサの故郷であるエフエクス村から炭を買い付けて使ってるそうだ。
このおかげで、ハブーはどんな家だって気軽に蒸し焼きが作れて、蒸気式の機械を使用して便利に暮らしてる。
その反面、自分たちで何かをやろう、作ろうっていう意欲は弱いみたいだ。
今あるものを、あるままに使って便利なら、それでいいじゃないか、みたいな。
「何ていうか、呑気なところだなあ……」
「そうですか? わたくしとしては、こんな貴重な資料だらけの船を、あまり手もつけずにそのまま置いてくださっていますから、調べる物ばかりでありがたくて仕方ないのですけれど」
「アリナからするとそうなのか」
彼女は腕まくりした作業用シャツに、ハブーのおばさんたちから借りた作業用ズボンを履き、髪の毛を雑に布でまとめていた。
鼻のあたりが、煤で黒い。
今日もハブーの下の方に潜り込んでいたらしい。
「この船、丸ごとが古代の遺跡みたいなものなのです。それがこうも万全な状態で保全され、しかも、マニュアル通りに運行されている。職人の方々もいて、彼らは摩耗した部品を作るやり方だけを知っているのですわ。完全にこの船が壊れてしまったら治りませんけれど、ここの方々は船に無理をさせませんから、このやり方ならきっと長く使い続けていられますね」
早口でまくしたてた後、彼女はお弁当をむしゃむしゃ食べた。
アリナが豪快になってしまっている。
彼女の隣では、似たような格好をしたレオンが真っ黒な顔をして呆けている。
「レオンくん! ちゃんとご飯食べないと午後の仕事持たないですよ!」
「あ、はい! なんか、こう、あまりにも刺激のある仕事すぎて。暗いし蒸し暑いし煙いし……」
「だからこそ、未踏の地なんです! 誰も見つけていない遺物が発見されるかも知れないんですよ!?」
「はあ……」
気のない返事をした後、レオンが助けを求める様に俺を見た。
「よーっし、俺はちょっと散歩に行くわ! 頑張ってくれよレオン!」
「そ、そんなあー」
レオンはカジノ船以降、すっかりアリナに気に入られてしまったようだな。
あいつ、手先が器用だし、頭の回転もそこそこ速いので、アリナの助手としては優秀かもしれない。
そして俺は船底で、大変そうな仕事をするのはゴメンなのだ。
昔いたダンジョンみたいなところには、もう潜らないぞ!
「行くぞ、ペス! トリー! ポヨン! チュー!」
『ガオー』
『ピヨ』
『ブル』
『キュルー』
なんだお前たち、みんなレオンのことが心配そうじゃないか。
「それじゃあさ、みんなの中で誰か、レオンを手伝いに行くか?」
モンスターたちを集めて会議する。
ペスは四つの頭を一様にしかめ面にした。器用だなあ。とりあえず凄く嫌ってことは分かった。
ペスだと大きすぎるし、あちこち引っかかるもんな。
トリーはスッと地面に降りると、そっぽを向いた。飛べないところは嫌らしい。
ポヨンはさっさと、俺が向かおうとしていた方向に行ってしまう。
最後に残ったのはチュー。
『キュルルー』
一番小さなカーバンクルのチューは、可愛らしく首を傾げて考え込んでいた。
そして、ぴょんと飛び上がった。
『キュ、キュルルルル』
「そうか、チューが手伝うんだな! 頼む。あの幸運の光は、ここぞというところで使ってあげてくれ」
『キュル!』
チューは一声返事をすると、レオンめがけて駆け寄っていった。
そのまま、彼の懐に潜り込み、顔だけを襟元からちょこんと覗かせる。
「アリナ! レオン! チューが手伝ってくれるらしい。見つけたいものがある時、幸運の光を使ってくれるから声を掛けてくれ! 一日一回か、多くて二回くらいが疲れない限度だからそれくらいで頼む!」
「ありがとうございます! カーバンクルの助けがあるなら百人力ですよ!」
「ありがとう、クリスくん。でも明日はクリスくんの番ですからね……!」
うっ、レオンの目が怖い。
二人と別れて、俺はモンスターたちと共に舳先にやって来た。
この近くに、操舵室がある。
巨大な蒸気船ハブーを操る、重要な場所だ。
見た目は半開放型の金属でできた小屋みたいなんだが、その中にでかくて見たこともない金属でできた舵輪がある。
半開放って言ったのは、ここから舳先が地続きで、そのまま展望台みたいになっているからだ。
「いた。メリッサー!」
彼女はハブーに来てから、いつも舳先にいる。
この先に、彼女の故郷であるエフエクス村があるからなんだと。
「クリスくん、どうしたの? そろそろアリナが満足した?」
「いや、あの感じだと、まだ何日かかかりそうだ。本当にアリナのことを待つの?」
「うん。ここまで付き合ってもらっちゃったしね。彼女へのお礼がわりかなー。それに、ハブーってユーティリット大陸の玄関でもあるんだよ。ここからなら、大陸に出入りするあらゆるものを監視できるの。それによると、魔銃を持ったブラス……邪神バラドンナは、確かにここに上陸したみたい」
メリッサは傍らにおいた、地図を映し出す板を見せた。
「見て。ユーティリット大陸は、連合王国がある西側と、エフエクス村と大平原がある東側に分かれるの。どっちに行ったかがはっきりしないんだよね。それを考えてたところ」
「考えてるだけなんて、メリッサらしく無いんじゃないか?」
ここで、俺は思ったことを口にした。
「私らしく?」
「そうだよ。メリッサってさ、思い立ったら、すぐ行動に移してなんでもやっちゃうタイプじゃん。なら今回もそうしたらいいんだよ。ブラスが逃げるかもって心配なのかもだけど、このユーティリット大陸ってハブー周りの海岸しか外への出口が無いんだろ?」
「うん、そうだけど。……そっかあ、私のこと、クリスくんはそう見てたんだねえ」
目を細めて笑うメリッサ。
「いや、まあそうだけどさ! だから俺としては、いつも通りのメリッサがいいと言うか、何と言うか……!」
「ふむふむ」
メリッサは腕組みをして何度も頷いた。
そうすると、彼女の胸元が強調されるなーなんて思いながらじーっと見ている俺。
「よーし、じゃ、二人きりで行ってみちゃう?」
「へ?」
「へじゃないよ。エフエクス村に、二人で行ってみようって言ってるの。アリナとレオンくんはここに残ってもらってさ」
「お、お、おう」
いきなり事で、俺も心の準備ができていない。
だが既に、これはメリッサの中で決定事項になっているようだった。
「二人に、ブラスが出入りしないか監視してもらえばいいの。ってことで、私たちは私たちらしく、足を使う! よろしい?」
「ああ、いいぜ!」
そもそも俺、最初はメリッサと二人きりだったもんな。
なんで今になってうろたえてるんだ。
「じゃ、明日から行こう!」
「明日から!?」
思い立ったら即行動。
ちょっと焦りながらも、彼女らしいと思う俺なのだった。




