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蒸気船ハブー

 遠くに、島が見えてきた。

 島だと思ったものは、近づくに連れてどんどん大きくなる。

 やがて、水平線を覆い尽くすほどの大きさになって、これが大陸なんだということに気付いた。

 ふと、大陸を見回して気づく。


「なあメリッサ。これって……あっちもこっちも、岩山に囲まれてないか?」


「そうだよ。ユーティリット大陸はね、山脈が海に浮かんでいるようなところなの。だから、この国の人たちは海を知らなかったんだって」


「そんなことあり得るんですか? だって、少し行けば海だって見えそうなものじゃないですか」


 アリナの疑問はもっともだ。

 山を登りきったら、頂上から海が見渡せもするだろうに。


「この世界はね、切り取られてたの。だから、勇者たちが世界を取り戻すまで、世界にはこの大陸しかなかったんだよ。……ま、今となっては誰にも信じられないだろうけど」


 とても信じられない。

 世界が切り取られていたというのは、メリッサから何回も聞いている。

 魔王オルゴンゾーラは、世界をバラバラにして封印し、それぞれの土地を支配し、人間たちの恐怖を吸い上げてエネルギーにしてたんだそうだ。

 で、魔王の目的は、世界をまるごと自分の栄養にしてから別の世界へと飛び立つこと。

 魔王オルゴンゾーラは、世界を滅ぼしながら移動する、渡り鳥みたいな存在だったのだ。

 でも、そんな恐ろしい魔王も、まさか一つだけ最後に残した世界に、自分を滅ぼすようなとんでもない奴らが生まれるとは思っていなかったんだろう。

 かくして、人間の反抗はこのユーティリット大陸から始まった……らしい。


「ここからね、ぐるっと回り込むの。レオンくん、面舵お願い」


「はい!」


 舵輪に取り付いたレオンが、船を操作する。

 ペスカトーレ号は、ゆっくりと舳先を傾けていく。

 大陸に近づきながら、ゆっくりとその周りを航海する感じ。

 やがて、目に見える岩山が低くなってきた。

 見上げるほどだったのが、山向こうも見えそうなくらいの高さに。

 そしてついに、砂浜になってしまう。


「これ、いけそうじゃないか?」


「うん、ここから上陸してもいいんだけどねえ……。あー、懐かしいなあ。ここから初めて海に出たんだよねー。ソファ型のゴーレムに乗ってさ」


「……ソファ型ゴーレム……?」


 なんだか想像できないものの話をされた。

 

「クリスくん、メリッサの言うことを理解しようとしてはいけません。どう考えてもありえないようなお話しかしないでしょうこの人」


「うん。アリナの言うとおりだ。だけど、多分メリッサの言うことって全部本当なんだよな」


「ええ……。悔しいですけれど、事実は書物よりも奇なりなのです……! 知識と歴史を司る家の次期当主として、悔しいです……!」


「えー。私、何も変なこと言ってないはずなんだけどなあ」


 強烈過ぎる体験をしたから、普通の基準が人とずれてるんだろうなあ。

 でも、そこもメリッサのいいところだと思うのだ。

 そんな事を考えてたら、メリッサがちらっとこっちを見てから小さく笑った。

 ドキドキする。

 なんか最近、前よりもメリッサと仲良く慣れてる気がするな。


「メリッサさん! 何か見えてきました! あれは……蒸気船ハブーですね!」


 レオンの声で我に返る。

 視界の先には、黒くて巨大なものが出現していた。

 みためは、とてもつもなく大きな四角い橋。

 なのに、蒸気船だって?


「私もレオンくんもね、これでバブイルに来たの。蒸気船ハブー! これも、私たちが救った世界の一つなんだよ!」






 ハブーの中程に、船を停泊できる穴が空いていた。

 ここがまるごと、ドックになっているようだ。

 カジノ船によく似ているけど、スケールがぜんぜん違う。

 ハブーはなんというか、黒くて金属でできた、一つの街をのすっぽり飲み込んでしまうほどの大きさの橋なのだ。

 それがどうやら、蒸気機関とやらの力で自走するらしい。

 とんでもない話だ。


「自力で海を超えてきたのかい? 若い子だけで、ガッツがあるねえ!」


 迎えてくれたのは、ドック担当のおばさんたちだった。


「ハブーはでっかい船だけどね、街でもあるのさ。連合王国からの依頼が来たら、大海原に漕ぎ出して航海を始めるってわけね。今はお休みの途中よ」


「おばさんたち、元気だったー!?」


「あらメリッサちゃんじゃない!」


 メリッサが現れると、おばさんたちが大いに盛り上がる。

 めちゃめちゃ顔見知りだ。

 大きくなったわねえ、とか、お帰りなさい、とか言われている。

 そうか、この船も、メリッサの故郷のひとつなのかも知れないな。


「メリッサちゃんと仲間の子たちが来たって、船長には知らせたからさ。会っていくといいよ。船はあたしらがメンテナンスしておくよ!」


 頼もしいおばさんたちに船を任せ、俺たちはハブーの中へ。

 そこにあったのは、魔動エレベータならぬ、蒸気エレベーターだ。

 全く魔法の力を使ってないらしく、船内を循環する蒸気の力で上下するんだそうだ。


「すげえ……!」


「ええ。これなら、魔法を使えない人でもコントロールできますよね。機械仕掛けということは、再現性もありそうだ」


 俺はレオンと二人で、エレベーターの操作パネルを眺めた。


「変な所触ると壊れるからねー」


 エレベーター担当は、いい年をしたおじいさんだ。

 操作パネルのボタンを、ぽちぽちと押すと、俺たちの足場がゴゴッと音を立てて揺れた。

 ゆっくり、エレベーターが動き出す。

 魔動エレベーターと比べると、かなりガタガタする。

 だけど、全く魔法の力を使ってないらしいから、それを考えるとむしろ凄い。


「はい、到着だ。船長の家で泊めてくれると思うよ。それじゃあね、ハブーを楽しんでいっておくれ」


 おじいさんが手を振って見送ってくれる。

 なんというか、とても親切で、しかも牧歌的なところだ。

 エレベーターが出た先は、まさに街中。

 広い石畳の道がまっすぐに続いていて、その両脇に家々が立ち並んでいた。


「やあ、旅人かい? ようこそハブーへ!」


「あら、誰かと思ったら、もしかしてメリッサちゃん?」


「メリッサちゃん大きくなったなあ! 抱っこしている赤い猫はそのままだけど」


 俺よりもメリッサに詳しそうな人たちがいっぱいいるぞ!


「この子はオストリカ。ボンゴレの子供なんだよー!」


 メリッサも楽しげに、挨拶を返している。

 彼女の社交的なところを存分に見せつけられた感じだなあ。

 まさに、連合王国は彼女にとってのホームなのだ。


「メリッサか! 久しぶりじゃん!!」


 そこへ、人混みをかき分けて背の高い女の人が現れた。

 船長服を身に纏った、ちょっとかっこいい感じの人だ。


「アナベルさん、久しぶりー! 帰ってきたんだよ!」


「そっかー! わはは! 大きくなりやがってー!」


 二人は再会を喜び、抱き合う。

 間に挟まれたオストリカが、「フャーン」と鳴いた。

 あ、ちくちょう、うらやましい。


「で、なんか仲間を連れてるみたいだけど」


「そうなの。えっとね、こっちはクリスくん。バブイルで出会った男の子でね、何ていうのかな……私のー」


「メリッサの男か!! いやー! あのちっこかったメリッサが、ついに男を連れて帰ってくるなんてなあ! ええい、あたいも負けねえぞ!!」


「違う違う! ちーがうーからー!!」


「仲がいいなあ……!! あと、そこは否定しないでくれると嬉しかった……!」


 思わず声に出す俺である。

 で、結局俺は、メリッサの弟子みたいなものだと紹介を受けた。

 その他、レオンとアリナは仲間として紹介される。

 特に、アリナはバブイルの選王侯家の次期当主。

 然るべき書状を出せば、連合王国の国王も会ってくれるだろうと言う話だった。

 うーむ、普段一緒にいると意識しないけど、アリナも凄いな。

 うちの女子は二人とも凄いんじゃないか。


「よっしゃ! そんじゃあ、あたいの家に来いよ! 色々つもる話もあるだろ? 旅の話も聞かせて欲しいしな!」


 アナベル船長はメリッサと肩を組み、ずんずん歩いていく。

 ふと彼女が振り返って、俺に向かってウインクした。

 この人、俺がメリッサの事を好きなのに気付いているのでは……?


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