新たな大陸へ
逃げた邪神を放っておけない!
……ということで、俺たちはカジノを後にすることになった。
「やー、カジノ船、楽しかったねえ。スロットとかカードは、私、正直よく分かんないんだけど。なんかクリスくんに賭けたら結構勝っちゃって、コインはたくさん手に入ったんだけど……」
メリッサがちらりと、アリナを見る。
彼女はメガネの鼻元をくいっと上げた後、
「わたくしの計算では、勝てるはずだったんですけれど……!!」
汗をだらだら流し始めた。
そして、いきなり頭を下げる。
「すみません!! 全額すってしまいました!!」
「いや、仕方ないよ、気にしないでアリナ」
メリッサは笑いながら手を振った。
その姿は、もういつものホットパンツルックだ。
ドレス姿の彼女も綺麗だったというか、とても刺激的だったんだけどなあ。
『キュルー?』
「フャン!」
チューが俺の肩で、疑問の声を上げた。
そしたら、オストリカが先輩ぶって色々教えてあげている。
「申し訳ない。僕が彼女を止められませんでした」
「レオンは悪くないと思うなあ……。とりあえず、アリナはギャンブル禁止ということで!」
俺が告げると、クロリネ家次期当主の少女は、「そんなあ」と情けない声を出した。
「ってことで、俺がついていけるのはここまでだ」
カジノ船の出口で、ゼインが俺たちに手を振った。
周りには、彼を迎えに来たマーメイドたちがいる。
「俺はこの娘らに送ってってもらうからよ」
「ゼインさん、手を出しちゃダメだよ? またマリエルさんが怒っちゃう」
「分かってる分かってるって! 海の中で手出しをするような馬鹿なことはしねえよ。あいつ、水の中ならどこまでも目が届くからな!」
「なあメリッサ。すっごくダメそうな事言ってるんだけど」
「ゼインさんはずーっとああだからねえ。赤ちゃんいるんだから、大人しくしてて欲しいんだけど……無理だろうなー」
「こらこらこら! 俺を何だと思ってるんだ!」
ゼインの抗議を、メリッサは笑って受け流した。
「だってゼインさんじゃん。じゃあね、ゼインさん。マリエルさんによろしくね!」
「おう! お前らも気張れよ! 邪神って言ったらそこそこビッグネームだろうが。ちょっと心配は心配なんだが……まあ、あっちには甥っ子がいるから大丈夫だろ」
「甥っ子……?」
そんな訳で、ペスカトーレ号に乗り込む俺たち。
「出発進行!」
船長のメリッサが号令をかけると、魔道機関が唸りを上げた。
バリバリと音を立て、俺たちの船は再び海へと漕ぎ出していく。
「なあメリッサ、ゼインさんの甥っ子って」
「ウェスカーさんでしょ? これから行く大陸に住んでるんだよね。勇者パーティの大魔導師。でも、いつも家族揃ってあちこちフラフラしてるから、会えるかどうか分からないよ?」
「そ、そうかあ」
大魔導師ウェスカー。
どんな人なんだろう?
メリッサが以前、なんかろくでもない奴みたいに語ってたような。
しかも、大魔導師なのに、戦王ゼインの甥っ子?
ゼインより年下なのか。
若いのに大魔導師ってどういうことだ?
「うーむむむ」
考えてしまう俺。
でも、考え込むのは俺の専門じゃないわけで、知恵熱が出そうになったのでやめた。
メリッサが、その人物がどういうやつなのか、説明に困ってる風だったからな。
きっと、本当にわけが分からない人なんだろう。
会うのが恐ろしいような、楽しみなような。
「それに、ユーティリット連合王国は私の故郷もあるんだよ?」
「メリッサの故郷!」
それは興味がある。
「フャンフャン!」
「そっか、オストリカの故郷でもあるのか」
『キュキュー』
「おっ、久々のパンジャ!!」
丸いボール状の魔精霊がふわふわと飛んできた。
「あのね、私が連れてる魔物も、故郷の村の辺りに住んでてね。オストリカのパパもいるんだよねー」
「フャンフャン!」
「ボンゴレの他は、オークのチョキでしょ、白猿神のビアンコでしょ、グレートドラゴンのネーロで五匹かな」
「今、凄いのをさらっと並べませんでした?」
「神とか、グレートドラゴンとか……」
「メリッサ、底知れないな……!」
それだけのものがある、ユーティリット連合王国。
一体どれだけとんでもないところなんだろうか。
というか、邪神はそんなところに逃げ込んで、大丈夫なのか……?
いやいや、俺、なんでバラドンナの心配してるの。
「皆さん、こうして海に漕ぎ出したことですから、海図を確認してみませんか?」
「あ、そうだな。えっと、俺たちはどこにいるの?」
アリナが地図を広げたので、俺はそれを覗き込む。
海のど真ん中を、じわじわ動いていく赤い印。
気が遠くなるほど、ゆっくり、ゆっくりと動いている。
大陸は結構離れて感じるから、この勢いだと何日かかるんだろう。
「水と食料は十分に搭載しましたし、魔動船は風があってもなくても、一定の速度で走りますからね。何か事件でも起きなければ、予定通りに連合王国へ到着しますよ」
レオンが楽観的な話をする。
だけど、そういうのってちょっと嫌な予感がするんだよな。
何か事件でも起きなければ……って言うけれど、そういう時に限って、何か起きるんだよ。
どうやら、メリッサも同じことを考えてたらしい。
俺と顔を見合わせて、苦笑した。
「なんかねー、パターンなんだよね。私が昔の仲間と一緒に旅してた時も、平穏な旅なんか一回も無かったもん。いや、騒動とか事件に向かって、いつも突っ込んでたような気がするけど」
「そっかー。今の俺たちも、騒動を起こして回る邪神を追いかけてるんだもんな。何があってもおかしくないと思う」
俺はじっと、海の向こうを見据えた。
目的地である大陸は、まだまだ全然見えてこない。
カジノ船を離れて、あまり経っていないのだから当たり前だ。
魔動船の速度は、順風満帆な帆船と比べても速い。
海の中心をぐんぐん進んでいく。
だけど、その速さでも、海っていうのはとんでもなく広いのだ。
地図で見たらそんなでもないのに、猛烈な速度のこの船が、こんなノロノロ動く赤い点だなんて。
『キュル! キュルルル!』
いきなり、チューが騒ぎ出した。
「フャン!? フャンフャン!」
オストリカもそれに応じて、吠え始める。
二匹とも、見つめる先は進行方向の海。
おいおい、いきなり出てくるのか!?
「来た来た! クリスくん! ここ、多分一番頼りになるの、君だよ!」
「おう、任せてくれ! トリニティ! モンスターを呼ぶぞ! ペス! トリー! ポヨン!」
俺は三つの銃口を持つ魔銃を抜き放ち、引き金を引いた。
赤と白と青、三色の光が溢れ出て、それが三匹のモンスターに変わる。
『ガオーン!』
『ピヨー!』
『ブルルー!』
ペスは船べりに乗り出すように身構えて、肩口のドラゴンが炎のブレスを用意する。山羊頭は魔法を使う用意だ。
トリーは空に舞い上がり、何者かが現れるのを観察している。
『ピヨー!』
「海の中から出てくるんだな? トリー、目を貸してくれ!」
『ピヨ!』
俺の視覚が、トリーの目と同期する。
見下ろす先には、ペスカトーレ号。
そして、船を囲むように、水の中にでっかいモンスターがわらわらと……!
「やばいやばいやばい!! レオン、後ろを頼む! アリナ、船の真ん中に避難して! ポヨン、飛び込め! 片っ端からやっつけるぞ!」
「了解です!」
「わ、分かりましたー!」
『ブルル!』
俺の指示に従って、みんなが動く。
そうしたら、肩をつんつんと突かれた。メリッサだ。
「クリスくん、私は、私は?」
トリーの目で見下ろす彼女は、なんだかウキウキしている。
「えー。メリッサは俺よりも荒事慣れしてるでしょ……」
「それでも、クリスくんがなんか、みんなを指揮してる感じなんだもん。お姉さんとしては嬉しくなっちゃって!」
「いや、そうだけど……って、うわあっ」
船底から、大きな衝撃が突き上げてくる。
ペスカトーレ号を囲むように、次々にモンスターが姿を現す。
その目は、正気を失って真っ赤な光を放っている。
疑う必要もないくらい、邪神にマインドコントロールをされて、おかしくなってる奴らだ。
「わかった、メリッサ! 危なそうなのがいたら、やっつけてくれ! 遊撃で!」
「りょうかーい!」
俺の指示を嬉しそうに受け取ると、彼女は甲板を走り出した。
そして、飛び上がる。
ちょうど、彼女がジャンプした先には、船に向かって襲いかかってくる羽の生えた魚のモンスター。
その鼻先に、メリッサの飛び蹴りが炸裂した。
『ギャピイーッ』
羽の生えた魚が悲鳴を上げながら、ふっ飛ばされる。
反動で、メリッサが船に戻ってきた。
「よーし、張り切って行ってみよう!」




