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戦王大暴れ

 俺が悩んでいる内に、闘技場の方がわーっと盛り上がってきた。

 そこには、鍛え抜かれた体の男が、上半身裸で登場している。

 ゼインだ。


「ゼイン!」「ゼイン!」「ゼイン!」「ゼイン!」


 歓声が巻き起こる。

 あいつ、凄いネームバリューだ。

 まるでヒーローじゃないか。

 ゼインが出場したのは、拳と拳で殴り合うタイプの原始的な競技らしい。

 拳に鎖を巻いて補強をし、体重差や体格差なんか関係なしの殴り合いをやる。

 ゼインはニヤッと笑いながら、会場に向かって両の拳を振り上げた。


「おー、ゼインさんノリノリだねえ」


 いつの間にか隣にメリッサがいる。


「あれっ? メリッサ、いつの間に……」


「いつまでたっても、クリスくんが戻ってこないんだもん。迎えに来ちゃったよ。あれ? そこの子、魔物でしょ。可愛いねえ」


 メリッサは商人ラマルフが所有しているカーバンクルを見つめる。


「おい、これはラマルフ様の持ち物でだな」


「んー?」


 ラマルフの護衛が、メリッサの視界を遮った。

 メリッサが剣呑な目付きになる。

 護衛は、彼女に睨まれているうちに、だらだらと汗を流し始めた。


「な……なんだこの女。すげえプレッシャーだ……!」


「……お前、下がりなさい。こ、このお方はまずいです。あー、よろしいですか、お嬢さん。いや、全ての魔物使いの頂点、メリッサ様」


「あれ、私のこと知ってるの?」


 全ての魔物使いの頂点!?

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だったラマルフに、いきなり余裕が無くなっている。

 あ、これって、メリッサが勇者パーティの一員だったことが関係してるのか!

 勇者パーティって、どれだけ凄かったんだ……?


「こちらのモンスターは、私が保護したのでしてな。決して金儲け目的で売りさばこうなどとは……」


「おほほ、そうよねー」


 ニコニコ笑うメリッサ。

 ラマルフ、顔色が悪い。


「ですが、聞いて下さい。このモンスターを養うために、少なからぬ費用が掛かっていましてね……! 商人たるもの、赤字になるわけにはいかないのですよ。こればかりはあのメリッサ様を前にしても、折れるわけには参りません」


「あー、道理だよね。損するだけなのは嫌だもんねえ」


「そうですそうです! ということでですね。そこの彼に、私が連れている闘士やモンスターと戦い、闘技場の興行を手伝ってもらえないかとお願いをしていたところで……その報酬として」


「へえ! いいじゃない!」


「あっ、メリッサが乗ってしまった!」


「ってことで、クリスくん! 君、出場なさい! これに勝てば、誰にも文句なんか言わせずにこの子をゲットできるでしょ!」


「や、そりゃあそうだけど……」


「ねえ商人さん。魔銃使っていいんでしょ?」


「ええ、そりゃあもちろんです」


 ラマルフが揉み手をしながら頷いた。

 あいつの頭の中では、どう金稼ぎをするかの算段が進んでるんだろうなあ。


「さ、そうと決まったら、出場までの間、ゼインさんの活躍を見よ? 賭けも一応行われてるけど……もう、賭けになってないね、あれじゃ」


 レース場と同じように、オッズが掲示されている。

 だけど、それはもう、ゼインが1,00001倍、相手が12倍と、全く賭けが成立していない。

 胴元は、今回の試合は賭けで設けるつもりがないようだ。

 肌もあらわな格好のお姉さんたちが、食べ物や飲み物を売り歩いている。

 飛ぶように売れる、酒とおつまみ。

 飲食で儲けるつもりかあ。


 俺達も元の席に戻り、食べ物や飲み物を買って観戦することにした。

 うっ、結構値段が高い。


「賭けにならないぶん、食べ物に上乗せしてるんでしょう」


 お酒とおつまみを買って、むしゃむしゃパクパクやっているアリナ。

 レオンはお茶だけのようだ。


「始まりますよ」


 レオンがグッと身を乗り出す。


「戦王と呼ばれる方が、どれだけの実力を持っているのか見られるなんて、とても幸運です……!」


 そんなものかなあ。

 金網に囲まれた闘技場の只中に立つゼイン。

 相手は、彼よりも二回りは大きなモンスターだ。

 角を生やし、とんでもなく筋肉が肥大した巨人……!


「オーガですね……! 見るのは初めてですが、文献で絵を見たことがあります!」


 アリナの解説が始まった。


「オーガは人間を喰うと言われているのですが、これは正しくは誤りで、彼等は戦って倒したものが強き者であった時、これを喰らって敵の力を己のものとするのです。故に、人食い鬼と呼ばれてはいますが、オーガは誇り高き戦闘民族なのです!」


「アリナはなんでも知ってるなあ」


 俺はしみじみ呟きながら、お茶を飲んだ。


「それほどでも……ありますけど」


 ちょっと照れるアリナなのだった。

 そして試合会場。


 巨大な腕を振り回すオーガ。

 例えゼインでも、これに当たったら危ないだろう。

 だが、とにかくこのゼインという男、戦うのが強いと言うか、上手い。

 オーガの拳を、最小限の動きでいなしながら、どんどん間合いを詰めていく。

 オーガは今度は、ゼインを捕まえて捻り潰してしまおうとした。

 これを、ゼインは間合いを外してするりと抜け出す。

 抜けると同時に、戦王ゼインの体がぶれた。

 いや、ぶれたというか、高速で回転したのだ。

 チェーンに覆われた拳が、バックハンドの状態でオーガの顔面に突き刺さる。

 体重差は倍以上あるはずなのに、この一撃でオーガが白目を剥いた。

 ふらりとよろける。

 そこにゼインが追撃だ。

 拳が、オーガのみぞおちに突き刺さる。

 オーガの顔色はみるみる紫色になり、口をパクパクとさせた。


「あれは、横隔膜を攻撃されて呼吸ができなくなっているのです! オーガと言えど、生きている以上は息をしなければいけませんからね! これは勝負ありでしょう!」


「ほえー、このお嬢さんなんでも知ってるわあ」


 近くにいたおじさん達が集まってきて、アリナの解説を聞いている。

 案の定、オーガは尻もちを突いて手をばたばたと振った。

 降参の合図だ。

 わーっと盛り上がる観客。

 ゼインがオッズ通り、たったの二発で勝利したのだ。


「こんなもんかー! もっと手応えのある相手はいねえのかー!!」


 ゼインが会場を煽る。

 すると、燕尾服に蝶ネクタイの、ちっちゃいおじさんがちょこちょこ進み出てきた。

 あれは何だろう。


「ありゃ、地下闘技場の主催者、ブエルだ」


「あのちっちゃいおじさんが主催者!?」


『では、ここでスペシャルイベーント!!』


 主催者ブエルが、声を大きくする魔道具を使って叫ぶ。

 甲高い声だ。


『誰か、戦王ゼインに挑戦してみないかー!? もし勝利した者がいたら、その人には……そうだねえ。僕の半年分のお小遣い、五十億ゴールドを進呈しよう!』


 会場、一瞬静まり返る。

 そして、物凄い大歓声が巻き起こった。

 金網が展開していく。

 観客席から、次々に男達が立ち上がり、闘技場へ乗り込んでいく。


「おー! 来るか来るか! 片っ端から相手をしてやるぜ!」


 これもう、大混乱だな。

 ゼインは挑戦してくる観客を、片っ端から叩きのめしていく。


「ゼインさん、楽しそうだねえ。あれで結構なファイトマネーは出るだろうし、趣味と実益を兼ねているのかも」


「そんなもんかなあ。でも、ゼインのやつ、本当にとんでもなく強いな! あれだけの数を相手にして、一発ももらってないじゃないか」


「そりゃそうだよ。勇者パーティで、一番上手い(・・・)のがゼインさんだもの。技だけで魔王と戦った人だよ? でも、武器を使ってないだけ今は手加減してるってことだし……他のメンバーがいなかったから、今回はまあまあ大人しい感じ?」


「他のメンバーって……」


「勇者のレヴィアさんとか、大魔導のウェスカーさんとか。そう言う人達がいたら、悪夢みたいなことになるよー」


「勇者や大魔導が悪夢ってなんなの」


 よく分からない事を言ってくるなあ。

 やがて、ゼインは挑んできた全ての相手を叩きのめし、人でできた山の上に立って雄叫びを上げた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 わーっ、と大歓声が上がる。

 主催者ブエルは、嬉しそうに飛び跳ねながら、『凄い! 戦王凄い!』とか叫んでいる。

 どうやらゼイン、地下闘技場でも規格外の強さみたいだな。

 これが勇者パーティか……!


「それで、この次の出し物がクリスくんになるんじゃない?」


「……俺?」


「今度は賭けになるでしょ? 応援してるからね!」


 俺の背中をペチっと叩くメリッサ。


『キュルルー』


 遠くから、カーヴァンクルの鳴き声も聞こえてくる。

 仕方ない。

 あのモンスターのためにもやるか。

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