最速のキメラ
『各モンスターが出揃いました。一番ロードランナー、二番ターボブル、三番バイコーン、四番センティピート、五番ゴーレム、六番キメラ。さて、六番は本日初出走。新たなるモンスターのマスターは若干十五歳の少年、クリス君であります』
場内アナウンスが流れる。
どよどよどよ、わーっと会場が沸き、俺に注目が集まった。
「クリスくん注目されてるよー! 頑張れー!!」
このどよめきの中でも、メリッサの声はよく通る。
ドレス姿の彼女は、観客席の最前列で腕をぶんぶん振りまわしている。
あっ、おっさんをノックアウトした。
ぶっ倒れたのは、俺達をオーナーの所へ案内したおっさんである。
かなりタフらしくて、むくっと起き上がる。
そして、彼も声を張り上げる。
「いけー!! ぶっ飛ばせー!! 頼むぞ坊主ーっ!! 今日の負けを取り返させてくれーっ!!」
場内の中央広場に、礼服の男が現れた。
そして、魔銃のような物を空に向けて構える。
「位置についてーっ」
おっ、まさか、魔銃を使えるのか!
「スタートッ!!」
パァンッ!
魔銃が大きく鳴り響いた。
同時に、パドックを封じるゲートが開いた。
駆け出すモンスター達。
それぞれ、よく訓練されたモンスターなので、騎手が乗らなくてもコースを走る事ができるのだ。
『ガオーンッ!』
ペスが走っていく。
なかなかの速度だ。
「よーし、行け、行けペス!!」
『ガオガオーン!』
ペスは気分良く吠えて、コースをとっとこ行く。
マイペースだなあ。
本気で走ってるのは、ごつい駝鳥のロードランナー、前半身が肥大化した黒い牡牛のターボブル、二本角の馬バイコーン。
ゴーレムはのったのったと走ってるし、センティピートは足がたくさんあるものの、ふにゃりふにゃりとコースを歩くばかりだ。
ペスは彼等よりは早く、三頭のガチ組よりは遅い。
「うわあああー! 坊主のキメラ頑張ってくれえーっ!!」
おじさんの叫び声が必死だなあ。
「ペス、本気出してないだろ。何やってるんだ」
『ガオン』
「え? 軽く走って足を温めてた? あのさ、このコース一周したら終わりなんだから、そろそろちゃんと走らないと追いつかなくなるぞ」
『ガオーン』
「いやいや、見てろって言われてもなあ。いいけど、ちゃんとやれるんだろうな?」
『ガオ』
ペスからの、やたら自信ありげな返答。
どうなんだろうなあ。
あいつ、普段そこまで速い印象は無いんだけど……。
でも、比較対象が規格外のスピードのトリーだからな。
このレースで負けたところで、俺が失うものはない。
ということで、おじさんには悪いがペスにお任せする事にするのだ。
『ガーオー』
おっ。
ペスがやる気になったか?
『(ごにょごにょごにょごにょ)』
『シュゴゴゴゴ』
山羊の頭が詠唱を始める。
外部からの援護は反則だが、走っているモンスター自体が何かをするのはルールの範疇なのだ。
そしてドラゴンの頭が背後を向き、
『ゴオーッ!!』
強烈な勢いで炎を吐いた。
観客席が沸く。
ド派手に吹き上がった炎は、会場を真っ赤に染める。
そして炎に押されるようにして、ペスが加速した。
さらに、山羊の魔法が完成する。
ペスの眼の前に光の壁が出現し、ペスの正面から押し寄せてくる空気抵抗をカットする。
『キメラ、速い! 速い速い! 加速するーッ!!』
コースを疾走するペスが、あっという間に先頭に追いついた。
ターボブルを一気に抜き去ると、ロードランナー、バイコーンとのデッドヒートを開始する。
『ガオン』
あっ、こいつ。
ペスが不敵に笑ったのが見えた。
その背中から翼が生える。
ペス前方の魔法の壁が形を変えた。
空気抵抗を任意の状態に変化させるような、そういう壁だ。
そして、翼がそれを受けて、推進力へと転化する。
ペスが、また加速した。
あっという間にロードランナーとバイコーンを抜き去り、キメラの巨体が躍進する。
『抜いたーっ!! キメラが、キメラがトップです! 速い! 圧倒的に速い! これほど速いキメラが今までいたかーっ!? いや、いないっ!』
場内アナウンスが盛り上げてるなあ。
だけど、ペスはもう心配いらないくらい、ぶっちぎりのトップだ。
割と大穴だったみたいで、観客席が大盛り上がりだ。
おじさんは文字通り、飛び上がって喜んでいるし、メリッサは観客席の手すりに足をかけて腕を振りまわしている。
よっしゃ、俺も応援するか!
「ペス、そのまま行けーっ! ダントツで一位狙っていけ!!」
『ガオオオオオーンッ!』
ペスの咆哮が響いた。
キメラが一頭、並ぶもののないコースの先頭を突っ走る。
そして、その勢いのままゴール!
会場のあちこちから、モンスターレースの賭けに使われるカードが舞った。
場内の人々は、多分大半が負けたんだろうなあ。
半分は死ぬほど悔しがっていて、残り半分は笑っている。
キメラがダントツで勝利するなんて、誰が予想したんだろうか。
『ガオガオ』
ペスは翼を消し、いつも通りの姿になってこっちにやって来た。
『ガオーン』
「よしよし、よくやったぞペス!」
わしゃわしゃとたてがみを撫でると、ペスが目を細めて喉を鳴らした。
「いえーい!」
手すりを乗り越えて飛び込んでくる人がいる。
言わずと知れたメリッサだ。
『あーっ! お客様、レース場に入らないでください! レース場に入らないでください! モンスターが走ってきます! 危ない、危ない!』
「ほいほいっ」
横合いから走ってくるロードランナーをひょいっと避けて、バイコーンを足場にしてジャンプ、ターボブルに着地して、メリッサが俺のところへやって来た。
なんという無茶苦茶な。
「やったー! やったねペスちゃん! 一位だねー! おじさん、大儲けだってさ」
駆け寄りざま、ペスをわしゃわしゃかき回すメリッサ。
ペスは撫でられまくったお陰で、ごろりと転がってお腹を見せた。
そのお腹も、メリッサがわしわしと撫で回す。
今回、ペスが頑張ったことは確かなので、俺もしゃがみ込んでペスを撫で回す事にした。
そうこうしていると、バタバタと係員らしき礼服の男達が登場する。
「あのー、済みませんが次のレースの準備がありますので……」
「あ、はい。ペス、回収するぞー」
『ガオガオ』
ペスを弾丸に戻し、回収だ。
この後、俺達はオーナーからお褒めの言葉をもらい、ちょっとしたお金も手に入れた。
「なかなかの盛り上がりだったわ。クリスさん、あなた、うちの専属モンスター使いにならない?」
「あ、いや、遠慮しておきます」
ちらりとメリッサを見ると、彼女は力強く頷く。
ここで引き受けてたらぶっ飛ばされてたな。
「それで、報酬は嬉しいんですけど、聞きたいことが……。ブラスっていう男を探してるんですけど……」
「ええ、貴方がたがその人物を探している事は調べがついるの。そして、こちらでも貴方がたの尋ね人の行方を追ったわ」
オーナーの指先が、床を指差す。
「この下。地下闘技場があるのよ。その男は、そこに向かったみたいね。うちのカジノだけれど、招待状さえ持っていれば、どんな立場の人間でも入ることが出来るの。だから、こういう掃き溜めのような場所も生まれる。一掃してしまってもいいのだけれど、案外ここから上がってくる収益が馬鹿にならなくてね」
うーん、ワルだなあ。
実入りが大きいから、ガラが悪い連中が集まっているであろう、地下の闘技場を黙認していると。
「そこで何が起ころうと、わたくしは関知しないわ。ただひとつ、船底に穴を開けるようなことさえ無ければね?」
ベールの向こうで、オーナーが微笑んだ気がした。
なんというか、ゾクッとするような笑みだなあ。
「あ、はい。そこは気をつけます」
ブラスの手がかりを得た俺達。
ゼイン達を集めて、地下に向かう……のか?




