ペス、出走!
カジノのオーナーに会った。
その人は、一見すると女の人なんだけど、赤色にラメの入ったドレスで鍔広の帽子を深く被り、顔にはベールが垂れていて表情が良く見えない。
手には手袋がされていて、どこにも肌が露出していない人だった。
「へえ、召喚士なの」
俺の話を聞いたオーナーが、楽しげに言った。
手にしている煙管からは、紫色で不思議な香りがする煙が上がっている。
それが、オーナーが笑うたびにゆらゆらと、生き物の様に揺れた。
「いいわねえ。モンスターレースは、様々な島から集めたモンスターを競わせているけれど、最近顔ぶれが固まってしまっていたのよね。ここで新しい刺激を加えるのもいいんじゃないかしら? オッズも荒れるから、楽しくなるわよお」
「やったね、クリスくん。オッケーでたじゃん」
メリッサが俺の脇を小突く。
「で、どの子を出すの?」
「俺の召喚モンスターで、まともにレース出来そうなのは……ペスしかいないだろうなあ」
一番最初に契約した召喚モンスター、キメラのペス。
最近ではすっかり、俺の相棒みたいになり、他のモンスター達をまとめたり俺が出来ないような用事を済ませてくれたりと、大変助かっている。
「いいわよ。それじゃあ、ここにそのペスというモンスターを呼び出して。色々測定したり、データをまとめたりしないといけないから。ああ、それから」
オーナーは人差し指を立てて、これは大事なことだから、と言った。
「クリスさん。あなた、モンスターはレース前に、観客の前で召喚しなさいな。派手なパフォーマンスって、エンターテイメントのためにはとても大事なのよ。きっとこれで、みんな盛り上がるに違いないわ」
ちなみに、俺に対しても、少なからぬ謝礼が提示される。
正直、冒険者をやって仕事をするよりも、遥かにいい稼ぎだ。
「こんなに……」
「うふふ、召喚士はとっても貴重なの。なんなら、あなた、ずうっと海の上のカジノに残ってくれてもいいのよお?」
オーナーは、割と本気っぽい口調で囁いた。
そうしたら、俺の腕をメリッサがガッチリと引き寄せ、固定する。
「だーめっ!! クリスくん、邪神を追い掛けてるんでしょ? それに、私と旅をするって決まってるんだから」
「そうだった! 危ない危ない……。貧乏だった時の癖で、お金にはつい釣られそうになるよ。そういうことなんで、済みません」
「アラ、残念。振られちゃったわ」
オーナーが悪戯っぽく言った。
その後、俺はペスを召喚。
黒服の男たちがわんさかやって来て、ペスの全身の寸法を測ったり、体重を量ったり。
『ガオン』
なんですかね、これ、と困惑顔のペス。
「一応、仕事の一環みたいなのなんだ。これでオーナーにコネが出来たら、カジノに来たというブラスの情報が得られやすくなるだろ? 頼むよ、ペス」
『ガオ』
仕方ない、という風に、ペスは大人しくした。
人間が出来たキメラだ。
一時間ほどでペスのデータが取れ、俺もわかる限りの情報を書いた。
これが、レース場の掲示板で流れ、お客がレースを予想するための手がかりになるのだそうだ。
しかし、邪神バラドンナを撃退、なんて書いてよかったんだろうか。
計測時大人しくしていたペスには、カジノからおやつが出た。
動物の皮で作った、骨に似たもので、ガムというらしい。
ペスは美味そうにそいつをくちゃくちゃしている。
「美味しいの?」
『ガオ』
旨味はそこそこだけど、噛み応えがあって退屈しないらしい。
人間で言う、タバコとかお茶みたいなものだな。
今度作り方を聞いて、ペスに作ってやろうかな。
「あれー?」
そう思っていたら、メリッサが誰かを探している様子で通りかかった。
「どうしたの、メリッサ」
「クリスくん! あのね、私達をここに連れてきたおじさんがいないんだよ。どこ行っちゃったんだろう」
そう言えば。
最初にオーナーに顔を通す時にいただけで、後は俺達とオーナーが直接やり取りしていた。
口を挟んでこないなと思ったら、いなくなっていたのか。
一体誰だったんだろう。
「当カジノでは、お客の身元は詮索しないのがルールよ」
後で聞いてみたら、オーナーはそんな事を言った。
「カジノは、みんなが楽しく遊び、非日常を体験する場所だもの。そこに、面倒な現実の人間関係なんて持ち込むのは無粋というものよ。浮世を忘れて大いに遊び、大いに楽しみ、大いにお金を落としてくれればそれでいいの」
オーナーは煙管に口をつけ、ベールの下から紫色の煙を吐いた。
「えーと、詮索しちゃダメってことは、俺たちが探してる邪神の情報ももらえない?」
「それは別。だって邪神は人間じゃないでしょう? 話を聞いてたら、健全な経済活動を妨害するような奴じゃない。見つけたら即教えてあげる」
カジノのルールに、邪神は含まれません、と来た。
ありがたい。
「それと、彼はうちの常連よ。外で稼いできたお金を、気持ちよくうちでパーッと使ってくれるの。もうVIP待遇ね。金遣いがいいから、それなりに勝つんだけど、勝った以上に負けて帰って行くの。理想的なお客様よねえ」
どうやらさっきのおじさんは、良いお客さんとしてオーナーと仲良しらしい。
そして、部下も連れて大勢でやって来て、たっぷり遊んでたっぷり飲み食いし、かなりの額をカジノに落として言ってくれるのだとか。
「彼があなたを紹介したのも、レースを面白くしたい一心よ。それであわよくば、あなたに賭けて勝ちたいんじゃない? 頑張らなくちゃいけないわね」
「そういうものかもしれない」
俺はちょっと、その気になった。
そしてレースが始まる。
レース場に出てきた俺だが、他にもモンスターのオーナーらしき人たちが五人いる。
そうか、このレース、それぞれ自分のモンスターを持ち寄って行われてたんだな。
カジノが所有しているモンスターもいるのだろうが、今回のレースに限ってはそうではないようだ。
「おお! 坊主、レースに出るんだな! いやあ、オーナーに紹介してよかった!」
客席で大騒ぎしている、あのおじさんがいる。
彼は両手にチケットをたくさん握り締め、
「今日の分の金は、全部お前につぎ込んでいるからな! 頼むぞ! 勝ってくれー!!」
そう叫んだ。
本当にギャンブルが好きなひとだなあ。
さて、俺はと言うと……。
六つあるコースのうち、ペスが入る場所だけが空いている。
もしや、欠場……?
みたいな雰囲気を会場が感じているようで、ちょっとだけざわざわ。
待ってろよ。
今から、オーナーに依頼された演出をするから。
「行くぞ、トリニティ」
俺はガンベルトから、三つの銃口を持つ魔銃を抜く。
本当なら逆側にサンダラーがいるのだが、あいつはやる気がないようで、まだ金庫の中にいるらしい。
なので、一丁だけの魔銃で、空白のコースを撃ち抜くのだ。
俺が魔銃を構えたときだ。
いきなり、レース場周辺の照明が弱くなった。
「は!?」
どうやらこれは、オーナーが仕掛けた演出らしい。
客席がざわつく。
確かにこれだけ暗いなら、俺が魔銃を撃てば目立つことだろう。
「これはプレッシャーだ……」
俺は半笑いになりながら、引き金を引いた。
「出て来い、ペス!!」
『ガオーン!!』
銃声と共に、ペスの咆哮が轟いた。
客席の誰もが、俺に注目する。
魔銃が火を吹き、そこから弾丸が放たれた。
光り輝く弾丸は、一瞬にして大きなキメラへと姿を変える。
そして、空白のコースに最後の出走モンスターが入った。
明かりが点く。
客席は、一瞬だけ呆けたように静まり返っていた。
そして少ししてから、ざわざわ、ざわざわざわ、ざわざわざわざわ……!
盛り上がっていく。
そしてそれは、うおおおおーっ!! という歓声に変わった。
これは、俺に注がれているものだ。
「うわあ、やべえ……!これ、ちょっと癖になるかも」
レース場全体が放つ凄まじい熱量に当てられ、俺も盛り上がって来てしまうのだった。




