衣装レンタル所
船の中にはホテルがあって、俺達は荷物をボーイに預けた。
チェックインできるのが決まった時間なんだそうで、今はまだ早いんだとか。
ということで、カジノへと繰り出す。
「ドレスコードがございます」
カジノへ続く入り口に、礼服で仮面をつけた男が立っていた。
そいつは俺達の姿を見るなり、そんな事を言うのだ。
「ああ、そうだったな! 流石に半裸じゃ入れねえか!」
「確かに、伝承にあるカジノとは、紳士淑女の社交場でした。ちゃんとした身なりに着替える必要がありますね」
笑うゼイン。
納得するアリナ。
俺達は、礼服の男が指し示す先……貸衣装屋に入ることになった。
「女の子はドレスオンリー? うーん、ひらひらしたの苦手なんだよね。ウェスカーさん達と一緒のときはスカート穿いてたけど」
「メリッサがスカート!? っていうか、このドレス、肩とかむき出しじゃない?」
メリッサが手に取ったのは、真っ赤なドレス。
これを纏った彼女を想像すると、鼻血が出そう。
「ドレスってそういうものじゃない? アリナはブルーのにするのね」
「はい。わたくし、ドレスは慣れてますから。それよりも問題は、男性陣ではありませんか?」
確かに。
俺はずらりと並んだ、男性向けの礼服を前にして固まった。
なんだこれは。
どれもこれも、全部同じじゃないのか?
「違いますよ、クリスくん。僕らの首周りとか、袖丈とか、胴回りとか。それぞれに合わせて選ぶんです。男性用はバリエーションこそ無いですが、かっちりしているから合ったものを着ないと苦しくなります」
レオンがてきぱきと、服を選び出した。
こいつ、慣れてる……!?
そう言えばレオンも、メルクリー家の食客だったんだ。
選王侯家のパーティなんかにも、正装して出席してたのかも。
だとすると、仲間はずれは俺だけかよー。
……いや待て。
ゼインがいるじゃないか。
あの半裸のおっさんは、ずっと南国にいたんだから、着こなしとかは苦手では……。
「お、どうしたクリス」
そこには、完璧に礼服を着こなす、誰だこいつ? ってくらい決まっている男がいた。
いつの間にか無精ひげは整えられ、ワイルドなおっさんがダンディなおっさんに化けている。
「な、な、なんで似合ってるんだ……!」
納得できない!
俺が思わず呟いたら、ゼインがにやりと笑った。
「俺はな、元々はさる王国の正騎士なんだよ。ってことで、フォーマルな格好はお手の物なんだ。だがクリス、一人だけこういうのに慣れてないからって恥じることは無いぜ。人間、誰にだって初めてってものがある。店員を呼んで測ってもらえよ」
ゼインは俺の肩を叩いて励ますと、俺達を眺めていた店員を呼ぶ。
店員はビシッと礼服を着込んだメガネのおっさんで、やたらにキビキビした動きで俺の寸法を測り始めた。
首周りとか、肩幅とか身の厚みとか袖丈とか……。
そんなに細かいところまで測るのか。
「礼服というものは、体にしっかりとフィットしてこそなのです。さらに、お客様は礼服を着慣れていらっしゃらないご様子。なおさら、正確に測定した結果を選定に用いねばなりません」
店員がぴしゃりと言ってきた。
とてもプロっぽい。
俺が知らない世界だ……。
結局、店員に何もかも任せていたら、びっくりするくらい寸法がぴったりな礼服を選んでもらえた。
これ、パリッとしてて硬くて、着心地は体験したことの無い感じだ。
皮膚の上に、もう一枚皮膚が重なってるみたいな、異常なフィット感。
冒険の時なんかに着ていた服は基本的にルーズだった。
俺が育ち盛りだというのもあるし、激しく動くからそこそこ服がゆるい方が都合がいいのだ。
だけど、あの服じゃ、鏡の前に映るこのシルエットにはならなかったよな。
「おおー! クリスくんかっこいいじゃん!」
メリッサが後ろから覗き込んできた。
びしっと決まった俺の格好は、手足がすらりと伸びて、背筋も真っ直ぐ。
いつの間にか髪も整えられて、俺じゃないみたいだった。
そして、俺の肩越しに鏡を見ているこの美少女はなんだ。
薄くお化粧をして、鮮やかな赤いルージュを引いている。
見慣れたすっぴんの顔とは違う。
物凄く綺麗になったメリッサがいた。
「め、メリッサも、きれいだ」
「えっ、そう!?」
俺の言葉を聴いて、メリッサはちょっと焦ったようだ。
距離を離して、別の鏡に自分を映してしげしげと見ている。
肩のところがやっぱり頼りないなーなんて言っているが、それもそのはず。
首から肩、背中に掛けてがむき出しなのだ。
うわあ、真っ白な肌が眩しい!!
赤いドレスは派手だけど、それを着こなすメリッサは、存在感で全く負けていない。
くるりと振り返った彼女は、緑の瞳をいたずらっぽく動かした。
「まあまあかなー、なんて。お化粧担当してくれる人もいるんだよ? 男の人のもしてくれるって。クリスくんもする?」
「うっ、化粧までは……」
さすがに抵抗がある。
というか、今でさえ自分が別人になった気分なのだ。
そして、いつもとは全然違う魅力を見せてくれる女の子が目の前にいる。
これ以上何を望むって言うんだ。
武器の類は預かるということで、専用の金庫に入れてもらった。
俺の魔銃は、俺以外が触れると大変なことになるっぽいので、気をつけるように係員の人に言う。
ちなみにオストリカは入ってオッケーだったらしい。
ブラッシングされて毛並みもつやつやのオストリカは、首に可愛い黒の蝶ネクタイを締めている。
「フャン」
どうだ、みたいに俺に言ってくる。
「うん、オストリカもかっこいいじゃないか」
「フャーン!」
赤猫は得意そうに、メリッサの腕の中でふんぞり返った。
「あー、可愛い可愛い」
メリッサがぞんざいな口調で、だけど手付きだけは熱心にオストリカを撫でる。
割と毛が太い赤猫だが、ブラッシングの魔術か、今は手触りがふわふわになっている。
「オストリカさんがふわふわに!? これは検分せねばなりませんね!」
現れたアリナは、メガネ以外別人みたいになっている。
髪の毛をアップにして、しっかりお化粧して露出度少な目の青のドレス。
ただし、二の腕はきちんと見えている。
彼女はメガネをクイクイッとやりながら、カツカツ音を立てて近付いてきて、わしゃわしゃとオストリカを撫で始めた。
「ああ~」
「ちょっとアリナ、あんまり撫でたらオストリカ、また元のぼさぼさに戻るでしょー」
「いいじゃないですかちょっとくらい。減るものではないのですし」
「ブラッシングされたふわふわが減るの!」
見た目は変わっても、中身はメリッサとアリナのままなんだな。
ちょっとホッとする。
そこに、レオンとゼインがやって来て、これで俺達はフルメンバーだ。
この、レオンが凄かった。
「レオン、お、おまっ、なんだその顔!」
「ううっ、お化粧の乗りがいいとか言われて、遊ばれてしまいました……」
さめざめと嘆くレオン。
ばっちり化粧されて、どこの美少年だという凄まじい美貌になっている。
あ、ゼインはまんまだった。
「俺の場合、元がいいからな!」
「あー、そっすねー」
俺は適当に流した。
そんなわけで、いよいよカジノに突入だ。
俺は、カジノに続く扉に手を掛けた。
両開きの扉は、力を込めるとあっさりと開いていく。
漏れてくる眩い光と、凄い喧騒。
ジャラジャラとコインが跳ねる音に、酒やタバコ、料理の匂い。
「行くぞ……! ……ん?」
カジノへと一歩踏み出した時だ。
俺はなんとなく、腰の辺りに違和感を感じた。
まるごと預けたはずの二丁の魔銃とガンベルトが、まるでまだ装備されているかのような。




