二つめの契約!
上空何百メートルという高さ。
それでも、第二階層の天井まではまだ遠い。
俺は、青い光を纏ったハーピーと向かい合っていた。
と言っても、キメラは滞空することができないので、ハーピーと並んで、ぐるぐると畑の上空を飛び回っている。
「おい!」
俺は呼びかける。
そのハーピーは、他のモンスターたちとは違って、妙におどおどとしている。
こちらに目を合わせようとしない。
かと言って、逃げ去るわけでもない。
「ええと、参ったな……。あ、そうか。名前をつければいいんだっけ」
ペスを名付けて、召喚モンスターとして契約した時の事を思い出す。
うん。
まずいぞ。名前が思い浮かばない。
「あ、あー……」
『ガオー』
急かさないでくれ、ペス。
彼は近寄ってくるハーピーたちを振り払い、炎の吐息で牽制し、山羊の魔法で撃ち落としている。
忙しくてたまらないらしい。
青いハーピーはハーピーで、何かを訴えかけようとちらちらこちらに目線を寄越すようになっている。
「名前……名前……」
頭の中によぎったのは、メリッサが美味しそうにシチューを食べる光景。
そう言えば、シチューに入っている肉は鳥だった。
鳥……。
「ト、トリー! 君の名前はトリーだ……!」
『ガオ~ン?』
「うるさいなあペス! 自分でも安直って分かってるから、そんな呆然とした顔で見上げないでくれよ!」
ペスも呆れるような名前だけど、きちんとハーピー……トリーには伝わったらしい。
彼女は顔を上げると、『ピュイーッ』と甲高く鳴いた。
その体が強く光り、ペスと同様に弾丸へと変化していく。
シリンダーが展開すると、そこに開いた穴の一つに、トリーの弾丸が収まった。
「よっし、じゃあハーピーを蹴散らすぞ、ペス!」
契約を終え、後はハーピーを追い散らすだけだ。
だが。
『ガオーン』
「えっ、疲れた? もともと自分は、長く空を飛ぶモンスターじゃない?」
『ガオガオ』
ペスが抗議をしてくる。
それに合わせて、俺たちの高度も下がっていく。
これはいけない。
俺はペスを下に下ろしつつ、トリーの弾丸を詰めた銃をハーピーの群れに目掛けて構えた。
「頼むぞ、トリー!!」
引き金を引く。
すると、真っ白な羽の形をした、光の粒が舞い散った。
銃口から、白い翼になったトリーが飛び出していく。
それも、速度は魔銃の弾丸並だ。
白い光の軌跡が、空を引き裂いた。
ばたばたと、ハーピー達が落ちてくる。
俺の仲間たちからあれだけ攻撃されても、逃げ散らずにいたハーピー。
だけど、自分たちの仲間だったものに攻撃されると、動揺してしまうようだ。
明らかに、その動きに乱れが生じた。
「新しいモンスターと契約したの!? 凄い威力……!」
「見ろよ、ハーピーが散り散りになって逃げていくぜ! クリスめ、やりやがった!」
ダリアは怪我をしたようで、リュシーの魔法で癒やされている。
だが、まだまだ元気なようで、俺が放ったトリーを見ながら拳を突き上げていた。
俺はと言うと、それどころじゃない。
どうやら、トリーを召喚した時に結構な魔力を使ったようで、それによってトリーにも、ペスと同様の変化が起こっていたのだ。
それは、俺と視界の合一。
猛烈な速度で空を飛ぶトリーの視界が、俺の目の前に広がっている。
速いなんでもんじゃない。
未体験にも程がある、とんでもない速度。
「うおおおお!? トリー行き過ぎ! 行き過ぎだから! 止まれー!?」
『ピュイィィィ────!!』
遠くから、甲高い鳴き声が聞こえてくる。
空中で大きく弧を描き、トリーが反転する。
そして、いよいよ大地を照らし始める朝日の中、真っ白な輝きが戻ってきた。
それは、ハーピーの群れにとどめの一撃を加え、地上スレスレで急減速した。
俺の視界も、そんな減速したトリーと同期しているわけで。
「うぐえーっ!?」
俺は迫ってくる地上に、思いっきりのけぞった。
その頃には、ペスの尻尾も俺から解けていたようだ。
キメラの背中から、ゴロンと転がり落ちる俺。
「はいさー!」
なんだか逞しい掛け声とともに、メリッサが俺を支えた。
そして、勢い余って俺を持ち上げる。
「う、うわあー!?」
ようやくトリーの視界から開放されたら、女子にリフトアップされていた俺のショックたるや。
「おかえり、クリス君。どうだった?」
「あ、あの、下ろしてもらっていい?」
「大丈夫、重くないよ! クリス君はもっとご飯を食べて、大きくなった方がいいと思うなあ」
「いやそうじゃなくて!」
メリッサに下ろしてもらって、ようやく一息つく。
「いやあ、もう、凄かった……。なんだ、あれ。いきなり視界いっぱいに、ものすごい速度で流れていく世界が見えた」
「どうやら、クリス君は召喚モンスターに魔力を追加することで、みんな違う効果を与えることができるみたいね。空を飛ぶキメラのペスに、感覚を共有するハーピーの……」
「トリー」
「いい名前ね!」
「そ、そう!?」
意外にも褒められてしまった。
ちょっとうれしい。
俺たちの後ろでは、ペスとトリーが顔を寄せ合って、『ガオガオ』『ピュイピュイ』と何やら会話をしている。
何となく分かるんだが、あれは新入りのトリーがペスに挨拶しているところだ。
「よし、お仕事達成! 本当なら第二階層の冒険者の店向けだったから、難しい仕事だったんだけど……さすがは召喚士クリス!」
「ええ……!? ダリア、この仕事、勝算があって受けたんじゃ?」
「実は君の力をあてにしてたのよ」
「そんな無茶な……!」
「無茶つっても、やれちまっただろ!? やっぱりお前は大した奴だぜ!」
ヨハンが駆け寄ってきて、俺の肩をバシバシ叩いた。
すると、ペスも寄って来て、ヨハンを前足で小突く。
「あふん」
「あっ、ペス! ヨハンは味方だから! なに? 俺が叩かれてると思った? あれはいいんだってば……」
ペスが、解せぬ、という顔をしてライオンの頭を傾げる。
とりあえず、召喚モンスターたちの仕事は終わりだ。
俺は彼らを弾丸に戻した。
トリーの弾丸は、真っ白だ。
手の中にあると、ほんのり暖かかった。
「うーん」
俺が彼らをポケットに収めたのを見て、メリッサが腕組みをした。
「どうしたんだ?」
「うん、あのね。ポケットに直に弾丸を突っ込むのはどうかなと思ったわけよ。私は」
「ああ、そういう……」
「弾丸を詰め込む、専用のケースとか欲しいね。ポーチとかさ」
「ああ。だけど、第一階層にはそんなに腕のいい職人はいないからなあ……」
重層大陸バブイルは、上の階層に行くほど、住人の生活のランクが上がっていく。
それに合わせて、腕がいい職人などは上の階層に住んでいる。
彼らの腕を買って、金持ちが囲い込んだりするんだ。
「そこは大丈夫。私、ゴールディさんちのお客だって言ったでしょ? 独立裁量がある程度には、重要な立場なのよ? 私にまっかせなさい!」
とても心強い言葉をいただいてしまった。
どうして彼女が、俺によくしてくれるのかは分からない。
だけど、ジョージみたいな嫌な感じを彼女からは感じない。
信じていいと思うのだ。
そんな俺のすねを、「フャン」とオストリカがペチペチした。
「さ! 報酬もらって、第一階層に戻りましょ! この仕事を成功させた私たちには、次からもっと大きな仕事がやってくるわよ!」
ダリアの宣言に、仲間たちは「おーっ!」と盛り上がった。
これは戻ったら、酒盛りだろう。
「よし、飲むぞー!!」
ヨハンが叫び、ハンスが折れ曲がった筒を抱えてさめざめと涙を流した。メリッサがハンスに平謝りしている。
俺の弾丸ケースの他に、ハンスにあの筒を新しく探してやらなくちゃいけなくなったかもしれないな。
足にしがみついているオストリカを抱き上げると、肉球で胸をぺちぺち叩いてきた。
「よし、美味しいもの食べような、オストリカ!」
「フャン!」