いざ、海の上のカジノへ!
「悪い悪い! マリエルにとっ捕まっちまってよ」
翌日の朝、海からゼインが帰ってきた。
どうやら、人魚だという奥さんから許可をもらったみたいだ。
見たこともない胴部の革の袋に、じゃらじゃらとたくさん何か詰め込んでいる。
「それ、なんですか?」
「ああ、これな。軍資金だ。水没した船から回収した金貨とか宝石とかな。天然の真珠類もたくさんあるぞ」
ざらざらーっと貴金属を取り出すゼイン。
「ううう、うわーっ!!」
「ひえええ! 粒が大きいですよこれはーっ!!」
見たこともない宝の山に、俺は一瞬腰が抜け掛かる。
アリナも、特大の真珠をつまみ上げてガタガタ震えている。
あ、五大選王侯家って言っても、クロリネ家は貧乏なんだったっけ。
「なんだ、欲しいのか? だけど、こいつはカジノで遊ぶための金だからな。真珠が欲しいなら後でマリエルに言って取ってきてもらうが? つうか、こんなもんゴロゴロあるからな」
ゼインは宝の袋をおざなりに担ぎ、歩き出した。
向かう先は、ペスカトーレ号だ。
俺達とゼインで、海の上のカジノへと向かうのだ。
邪神に操られたブラスがそこに行ったという情報を得たからだ。
「ゼインさんおそーい!!」
メリッサは誰よりも早く起き、真っ先にペスカトーレ号に乗り込んでいた。
船の魔導エンジンは温まっていて、いつでも出港可能だ。
彼女の後ろでは、レオンがせっせと物資を運び込んでいる。
珊瑚礁の島の人たちがくれた、おみやげの数々なのだ。
本当にいい人たちだなあ。
「ほら、ゼインさん早く乗って! クリスくん、アリナ! はやくー!!」
船の上でぴょんぴょんと飛び跳ねるメリッサ。
「よし、急ぐぞアリナ!」
「は、はいっ!」
砂に足を取られるアリナ。
俺は彼女の手を引っ張って、転びそうなところを助けた。
二人で、ペスカトーレ号まで走る。
おっと、船の前には浅瀬があるんだった。
「よし、俺の背中に乗れ!」
俺が身構えると、アリナが「へっ!?」と驚き、立ち止まった。
「いや、アリナ。船出ちゃうから! 早く早く!」
「え、いやあー、あの、メリッサさんに悪いかなーって思うんですけど……」
「船に遅れる方がやばいって! メリッサは普通に置いてくから!」
「えっ!? いや、流石にメリッサさんでもそこまでは……」
ちらりと船を見るアリナ。
メリッサは本気の目をしていた。
「すぐに出港する!! クリスくん、アリナ連れてきてー!!」
「ほら」
「ひ、ひいー! 置いてかないでー!」
俺の背中にしがみつくアリナ。
彼女を背負うと、俺は浅瀬をダッシュする。
「おおっ、青春してるな少年!」
ニヤニヤ笑うゼインが横を走る。
青春?
よく分からないが、このペースなら間に合うな!
俺達は、動き出した船の上に、どうにか飛び込むことに成功した。
甲板で、ぜいぜいと荒い息を吐く。
背負われていただけのアリナまで、汗びっしょりになって、ひーはー言っている。
「わたくし、学習しました……! 南の地では、長いスカートはいけませんわね……! 今度、メリッサさんからズボンをお借りしますわ」
新たな決意を固めたみたいだ。
海の上のカジノでは、きっとアリナは活動的な姿をするに違いない。
「いや、いい船だな。バカでかいハブーとも違うし、島の素朴な船とも違う。こいつは魔導機関の船なのか? よくこんなサイズにまとめてやがるなあ」
「でしょー。バブイルの技術は凄いんだから。ゼインさん、操舵してみる?」
「おお、やるやる」
メリッサと親しく話しながら、ゼインが船長室に入る。
この船の操舵室は船長室と一体になっているのだ。
「………」
俺、面白くない顔をする。
そろり、そろりと船長室に近づいて、窓から覗き込んだ。
「……何をしてるんですか、クリスくん」
「放っておいてくれ、レオン。男にはアホらしいと思っててもやらなきゃいけない時があるんだ……!」
「クリスくん、ゼインさんは妻帯者ですし、メリッサさんの元仲間です! 年だって離れてますし、手を出すようなことは……」
「い、言うな!? 想像するだろ!?」
俺は全く余裕が無くなって、窓から露骨に覗き込む。
そこには……目をキラキラ光らせて舵輪を握るゼインの姿があった。
「うおー!! ハブーの操舵も面白かったが、こっちはなんつうか、最新型って感じがするな! 俺はこういうギミックに目が無くてなあ……」
「魔王と戦ってた時も、複雑な仕組みの武器を使ってたもんねえ」
「おう。男ってのはな、ガチャガチャしたものを好むんだ。甥っ子もそうだぜ? あいつもよく操舵してただろ」
「ウェスカーさんは色々と規格外だからなあ」
ウェスカー?
ウェスカーって誰だ!?
また新しい男の名前が出た。
気になって仕方が無い俺である。
あ、いや、どこかで聞いたことがあるような。
「アリナさん! クリスくんが嫉妬の炎に駆られて……!」
「あー、あれはダメですねえ。恋は盲目と言いますからねー」
「くそおっ! ゼインにウェスカーだと……!? 英雄だろうと誰だか分からなかろうと、メリッサはやらないぞ……!!」
海の上のカジノまでは、サンゴ礁の島からおよそ三日。
カジノは海上の決まったルートを移動しており、うまくそこに合わせられれば、短い日数で到着することができる。
「クリスくん、魔物は外に出してないの?」
「ああ。なんか、みんな外に出しっぱなしだと疲れたりするみたいでさ。島ではしゃいでたぶん、今は休ませてるんだ」
メリッサが赤猫を突きながら聞いてくる。
俺はバレットポーチに納めた弾丸を指し示しながら応えた。
こいつら、弾丸の中に収まってるくせに、時々動いて自己主張するんだよな。
「そっかー。オストリカは出っぱなしなのにねえ」
「フャンフャン」
「魔物使いと召喚士は違うんだね」
「そうっぽいな。……あれ? そう言えばメリッサ、ここ最近ずっと、もう一匹のモンスターを見かけてないんだけど。ほら、あの青い球体」
「パンジャ? パンジャならずーっと私達と一緒にいるよ?」
「え、一体どこにいるんだ?」
メリッサは事もなげに、船底を指差した。
「この船の動力源」
「……この船、あいつの力で動いてたのか……!」
意外な事実を知ってしまった。
どうりで見かけないはずだ。
そんな話をしながら、俺達は海の向こう側を眺め続ける。
メリッサは、双眼鏡を使ってちょこちょこ、船影を探している。
海の上のカジノはとても大きいのだそうで、近づけばすぐに分かるのだとか。
干したサメを齧りながら、メリッサは視線を巡らせる。
見渡す限りの、端から端へ。
その動きが、ピタリと止まった。
「……いた」
「?」
「いたよ、あれだ。海の上のカジノ!」
メリッサが立ち上がる。
俺に向かって、双眼鏡を放ってきた。
そいつをキャッチして、覗き込んで見る。
メリッサが見つめていた方向に、確かに船影があった。
それは、船と呼ぶには妙に扁平で、横に大きく広がっているような……。
しかもそれは横っ腹ではないらしい。
まっすぐ、こちらに向かって近づいてくる。
「あれは……船をいくつも繋げてるのか」
近づくにつれて、その姿が明らかになってくる。
一隻ずつでも、ペスカトーレ号より遥かに大きな船。
それが無数に束ねられて、まるで一つの街のような規模になっている。
その上に、海上とは思えないような建造物が乗っかっていた。
椀を逆さにしたような、半球状の建物だ。
海の上のカジノ。
いよいよ、到着だ。




