島の夕暮れ
結局、夕方になってもゼインは帰ってこなかった。
ぼーっと、彼が沈んでいった海を眺める俺。
「クリスくん、何してんの?」
「ゼインを待ってる……」
「多分今日中には来ないよ? マリエルさんにお説教されてるもん」
そうなのか……。
砂浜に座った俺の横には、ペスがごろ寝して、その腹を枕にトリーとポヨンが眠っていた。
「暇じゃない? みんな寝ちゃってるじゃない」
「そうだなあ。俺に付き合ってくれてたんだけど、この波が寄せては返す音と、ぽかぽかの陽気を受けてるとなあ……」
俺はあくびをする。
どんどん眠くなっていく。
「仕方ないなあ」
すぐとなりで、ストンと音がした。
「おっ?」
横を見たら、目が合った。
そこにはメリッサが腰掛けていたからだ。
彼女の緑色の瞳が、じいっと俺を見つめてくる。
膝を抱えるように座って、頭をそこにもたれさせながらの仕草は、ちょっと反則なくらい可愛い。
あっ、今のメリッサ、ノースリーブじゃん。
「私も付き合っちゃおうかな」
「お……おう」
潮風が吹いて、彼女の髪を揺らしていく。
なんだろう。
今日のメリッサ、いつもよりもずっと綺麗に見えるような……。
「なんかこうね」
メリッサが話しだした。
「珊瑚礁の島って、時間がすごくゆっくり流れていくのね」
「あ、ああ。なんか分かる」
気がついたら、ずーっとメリッサを凝視していた。
彼女の目とか、肩とか、剥き出しのふくらはぎとか。
俺は慌てて目をそらした。
胸がバクバク言っている。
なんだなんだ。
俺は、メリッサと一緒の部屋に泊まったり、彼女の入浴を見ちゃったりしてるんだぞ。
なんで、夕日に照らされた彼女を見るだけでドキドキするのだ。
「私、こういう時間が大好きなんだ。ほら、バブイルだとめちゃくちゃ忙しかったじゃない? 一人でたくさん仕事したり、クリスくんと一緒でもあちこち冒険して回ったり、ゴールディさんの護衛であんまり寝れなかったり、ね?」
ああ、そうだ。
バブイルでメリッサと出会ってから、ちょこちょこゆっくりする機会はあったかもしれないが、基本的にずっとせわしなく動き回っていた。
今だってやることはあるけれど、ゼインが合流するまでは待機の時間だ。
その間、俺はメリッサと、サンゴ礁の島の風に吹かれながら、海に沈んでいく太陽を見つめていられる。
なんだなんだ、この時間は。
メリッサは水平線に目をやりながら、ぼーっとしている。
彼女の手が無意識になのか、砂浜の上に置かれている。
俺のすぐ近くだ。
ごく、と唾を飲んだ。
ここならすぐに手が届く。
俺はこっそりと手を伸ばして……。
一瞬止める。
大丈夫か?
なんか、雰囲気に乗じるみたいな感じで、彼女の手に重ねちゃっていいか?
いやいや、いいに決まってる。
今やらなくていつやるんだ。
俺は深く息を吐く。
覚悟を決めるのだ。
俺の手を、彼女のそれに重ねる……!
「!」
メリッサが座ったまま、ちょっと飛び上がった。
「お、おお、おー?」
変な声出してる。
うわ、メリッサの手が熱くなってる。
俺だって顔が熱い。
うわ、うわ、なんだ。めっちゃ恥ずかしい。
「んんーっ、クリスくん、その、手……手が……」
「ああ、うん、うん」
答える言葉なんか出てこないぞ。
メリッサの意味がわからない言葉に、ひたすら頷くだけだ。
俺と彼女の間の、このなんとも言えない空気は、徐々に盛り上がっていく。
そしてやがて最高潮に……。
「フャーン」
俺たちの手の上に、赤い猫が飛び乗った。
「あっ」
「おっ」
オストリカは、重なった俺達の手を前足でぺしぺしと叩く。
「フャン?」
こちらを見上げて、首を傾げた。
まるで、こうでしょ? と聞くみたいな動き。
赤猫なりに、俺の事を真似したんだとわかって、つい吹き出してしまった。
それはメリッサもそう。
お互い笑っちゃって、それまで出来かけていたちょっと甘酸っぱい雰囲気なんか、どこかに行ってしまった。
「さてっと」
オストリカを抱っこしつつ、メリッサが立ち上がった。
「夕ご飯にしよ? 島の食べ物、とっても美味しいんだから」
メリッサの提案には賛成だった。
気がつくと、太陽が水平線に沈んでいくところだ。
俺たちの背後からは夜がやって来ていて、煌めく星空が茜色の夕方を塗りつぶしていくところだった。
もうすぐ夜だ。
俺のお腹が鳴った。
町に行くと、わいわいと盛り上がっている。
半分路面みたいなお店が幾つも開いていて、道路まで椅子やテーブルが広がって、どこからどこまでが、どの店なのか分からない。
みんな飲んで歌って、踊って、あるいは楽器を奏でている。
賑やかだった。
「これ、俺たちの歓迎会……みたいな感じではないよな?」
「うん、ここの人達は、ずーっとこうだよ? 夜になったら、火を焚いてみんなで大騒ぎするの。ほら、島の音楽が始まる!」
メリッサが俺の手を握った。
砂浜での出来事を思い出して、俺は顔に血が上るのが分かる。
だけど、メリッサは全然気にしてないようだった。
手を引っ張られて、人波の只中に飛び込んでいく。
適当なジョッキを手にして、メリッサが周りの人達と乾杯した。
俺もいつの間にかジョッキを持たされていて、それで乾杯。
椰子の実のジュースで造られたお酒は、アルコールが少ないのか、結構甘かった。
椅子はあるんだけど、座ってる人はあまりいない。
みんな立って、歩き回って、めいめい勝手に誰かと喋ったり歌ったり。
ボンッと何かを叩く音が響いた。
これは、太鼓か?
耳慣れない響きに、辺りを見回す。
そこには、風変わりな小さい弦楽器と、幾つも並んだ小さな太鼓が用意されていた。
それぞれの楽器についた演奏者が、音楽を始める。
聞いたことがない、不思議な音楽だった。
演奏者が歌い始める。
不思議なんだけど、基本陽気で、思わず踊りだしたくなるような音楽。
実際に踊り始めている人もいる。
俺はちらりとメリッサを伺った。
すると、彼女はどっかりと席につき、もりもりと食事を始めている。
いつのものメリッサだった。
ちょっと安心してしまった。
島の夕食は、俺にとって強烈な非日常だ。
その中で、いつものメリッサがいると、ホッとする。
どうやらそれは、俺だけじゃなかったようで。
「良かったー。メリッサさんがいましたあ」
「僕達、とても居づらくてですね」
こそこそと、アリナとレオンがやって来た。
二人とも、ジュースが満たされたグラスを持っている。
会場の隅っこで、二人でこっそり食事をしていたみたいだ。
「分かる。っていうか、こういうの好きそうなメリッサがこれだから」
「ふぁによ。食べふぁいと、なくなっひゃうよ」
もぐもぐしながら、メリッサが俺に抗議してきた。
もっともだ。
俺達は、島の賑やかさを楽しみながら、夕食と洒落込むことにしたのだった。




