再会の英雄と英雄?
砂浜まで戻ってくると、メリッサとアリナが現地の人々と、賑やかに喋っているところだった。
椰子の実で作った皿に、白いお茶請けのお菓子みたいなものが盛られている。
これを、ジュースを飲みながら摘んでいるらしい。
ゼインが姿を現したら、現地の人達が一斉に注目した。
やっぱりこの人、存在感あるもんな。
「おおい!」
ゼインが手を振る。
メリッサはその声に気づいて、立ち上がった。
「おおー! ゼインさーん!」
メリッサも大きく手を振る。
ゼインが走り出す。
メリッサもまた走り出す。
ややっ、こ、これは……。
再会のハグってやつか!?
ちょっと複雑な気分だぞ。
「さあメリッサ、俺の腕に飛び込んでこい! うへへ」
「誰が飛び込むかーっ!!」
両手を広げたゼイン。
彼に向かって、助走したメリッサが飛び上がった。
足を先にして。
これは……見事なジャンプキックだ!
まともに食らったゼインが、体重差を無視してぶっ飛んでいった。
「うわー」
「ひえー」
俺とレオン、ゼインが飛んでいった先を振り返る。
あれって、青の戦士団の奴らが喰らったら一撃で再起不能になりそうなキックだったぞ。
なのに、ゼインはケロッとして起き上がる。
「わっはっは! メリッサ、相変わらずその辺りはお硬いんだな!」
「ゼインさんこそ、マリエルさんと子供作ったんでしょー? お父さんなんだから浮気しちゃだめだよー」
「いやいや。遊びみたいなもんだって。っていうか、おじさん驚いたなあ。あんなちっこかったメリッサが、胸とか尻とかこんなに立派になるなんてなあ……うっ、目頭が熱くなるぜ」
「うえー。私もゼインさんの射程圏内に入ってしまったかあ」
なんだなんだ?
どういう関係なんだ。
ゼインがぶっ飛ばされたのを見ても、島の人達は平気で笑っている。
こういうの、毎日なんだろうな……。
結局、ひとしきり会話した後、メリッサとゼインは同じテーブルについた。
俺とレオンはその横合いに、ちょこんと腰掛けている。
「あのー、メリッサ。色々説明が欲しいんだけど」
「あ、うん、びっくりしたよね? ゼインさんって昔からこういう人なんだよ。あちこちで女の子に声を掛けてねえ。私、ゼインさんと、彼の奥さんのマリエルさんと旅をしてた頃はまだちっちゃくてさ。子供としか見られてなかったんだけどね」
「あー、そういう……。っていうか、勇者パーティの人達って個性的だったんだなあ」
「えっ」
「えっ」
メリッサとゼインがきょとんとしている。
「いやいや、俺はあの連中の中だとまともな方だったぜ? なあ」
「だね。ゼインさんはまだ常識的だったよ。他の人はもっとこう……頭がおかしかったから」
頭がおかしい……!?
勇者パーティと聞いて、頭の中に浮かぶようなイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
俺が目を白黒させている間にも、話は進んでいく。
「ゼインさん、私達、邪神を追ってるの。相手は、青いコートを着た戦士の姿をしてて、腰に魔銃を下げてるんだけど」
「へえ。そいつは印象的な見た目だよな。しっかり覚えているぜ」
覚えている!?
ということは、ゼインは邪神に乗っ取られたあの男、ブラスに会ったということだ。
「あいつと会って、話したのか?」
「おう。おかしな奴だったな。見た目は若いのに、妙に自信たっぷりで落ち着いててな」
「ブラスが!? それはおかしいです」
顔をしかめたのはレオンだ。
同じ青の戦士団だったから、あのブラスという男をよく知っているのだ。
「ブラスはいつも感情的で、考えずに動くようなタイプでした。すぐにカッとなって喧嘩を吹っかけて、弱いものを虐めて楽しむ癖があるような男です。だから、クリスくんともそういう流れで勝負することになって因縁が生まれたと言うか」
「は? そいつは別の奴なんじゃねえのか? 俺が会ったそいつがブラスなら、それなりにしっかりと受け答えする老成した男って印象だったぜ。ただ、物言いが妙に大時代的と言うか何というか」
なるほど。
間違いない。
ブラスは、邪神バラドンナに完全に支配されているのだ。
俺は、バラドンナと一体になっておかしくなったジョージと会っている。
あの邪神は、取り憑いた相手の魂を外に追い出し、体を乗っ取ってしまうのだろう。
「そいつ、どこに行ったんだ?」
俺は思わず身を乗り出し、聞いていた。
ゼインはちょっと驚いたように目を丸くして、それから考え込んだ。
「えっと……。ちょっと待ってくれ。何か聞かれて、答えたんだよなあ。で、あいつ、『お前と戦うのはまずいから、ここには手を出さない』って言って立ち去っていったんだ。あー、どこに行くって言ってたんだったっけなあ。男の事を覚えてられなくてなあ……」
「男の事を覚えていられない……健忘症でしょうか」
メガネをクイッと持ち上げて反応したのはアリナだ。
彼女はさっきから、ゼインとメリッサが会話するたびに何かノートに書き付けている。
「アリナ、何してるんだ?」
「クリスさん。勇者パーティの二人……つまり、英雄と英雄が会話しているんですよ? この記録は、後の時代の重要な資料になるに違いありません。わたくしはクロリネ家次期当主として、この歴史的な階段を記録せねばならないのです。そして……ああ何ということでしょう! 英雄ゼインは健忘症だった……」
「おいおい待て! 俺はまだ物覚えはしっかりしてる! そんな年齢じゃない!」
ゼインが慌ててアリナの執筆を止めた。
そして、じーっとアリナを見て、「ありだな」なんて言う。
この人、守備範囲が広いな。
「いや、ゼインさん、勘弁してください」
「そうだぜ。アリナは立場もあるんだからやめてくれ」
俺とレオンで慌ててゼインをなだめる。
なんだこいつ、うちの女子二人ともに粉かけてくるんじゃねえか。
英雄だけど、めんどくさい人だな!
「ちぇっ、仕方ねえなあ……。まあ、本当に浮気したらまた魔法で吹き飛ばされるしな」
この人、『また』って言ったぞ。
「おっ、それで思い出したぜ。あいつ、海の上のカジノに行ったんだ。なりもいかがわしいし、物言いもおかしいし、あのカジノに合ってるって言えばあってる男だよな」
……海の上のカジノ……?
「それって、なんだ?」
俺の疑問は、アリナも感じたらしい。
「わたくしも気になります。海の上のカジノなんて、クロリネ家の書物にも記されてはいませんから。いえ、カジノというものは、大いなる過去の時代に存在した伝説上の遊技場であると伝え聞いてはいますが……」
そう言いながら、アリナが立ち上がった。
「百聞は一見にしかずと言います! 実際に行けば分かることですね!」
「そういやそうだ。俺達はブラスを追ってるんだから、ブラスが海の上のカジノとやらに行ったんなら、俺達も行くまでだ」
即断即決即実行ってやつだ。
俺はメリッサと会ってから、やるべき事は自分からやるって決めてるのだ。
俺がアリナに賛同すると、レオンもまた賛意を示した。
「だね、行ってみようか!」
メリッサの一言で、決定となる。
「じゃあ、俺も行くわ。ちょっとマリエルに許可もらってくるから待っててくれ」
ゼインが当たり前みたいな顔してついてこようとしている。
何ていうか、めちゃくちゃ推しが強いと言うか、厚かましいと言うか、グイグイ間に入ってくる人だな。
彼はのしのしと海の方に歩いていく。
そして、ポケットから貝殻みたいなのを取り出すと、それを口に当て、水の中に潜っていってしまった。
「なんで水の中……?」
「ん? クリスくん知らなかったっけ。ゼインさんと結婚した勇者マリエルはね、人魚だから水の中に住んでるの」
「ああ、それで……」
水底で育児をしているというわけだ。
あの貝殻は、水の中でも息をするためのアイテムなんだろう。
さて、俺たちはゼインの帰還を待ってりゃいいんだろうか。
「多分ね、一日がかりになると思うんだよね、マリエルさんの説得。だから、私達はここでしばらくのんびりして行こうよ」
何もかも分かっているみたいな、メリッサの物言いなのだった。




