珊瑚礁の島
「あー! 懐かしいなあー!」
舳先から、メリッサの大声が聞えた。
俺とレオンとアリナの三人はと言うと、サメを抑え付けて解体作業の真っ最中。
「ふおおおー! 頑張れ、僕の眷属!!」
レオンは、霊体の眷属と一緒に、必死になって暴れるサメを抑え込んでいる。
アリナは口の端を引きつらせながら、魚の捌き方を俺に伝えてくる。
そして俺が解体担当。
でっかいナイフを使って、サメの鰓にグイグイ押し込んで神経を切ったり、腹を切り裂いて血や内臓を抜いたり。
うわーっ、どばっと血や内臓が出たぞ!!
「あっ」
アリナが真っ青になってぶっ倒れた。
貧血だ!
知識は色々あるけど、バイオレンスな現場を目の当たりにしたのは、彼女にとって刺激が強すぎたようだ。
「アリナさん! あぁ、いけない。僕の手はサメの血とぬめぬめで大変なことになっています! 眷属!」
レオンの眷属が、アリナを助け起こす。
「おいレオン! アリナをどうにか起こしてくれ! 指示がないと次どうしたらいいかわからない!」
「あ、そうでした! ええと、眷属、アリナさんを優しく起こして……」
もう、大騒ぎである。
ついさっきメリッサの声が聞えたことなんか、すっかり忘れてしまった。
そうしたら、甲板をどたどたと走りながらメリッサがやって来る。
「こらー! 島についたって言ってるのに、三人揃って何してるのよ! あら、立派なサメ」
目を吊り上げていたメリッサ。
サメを見ると、急に笑顔になった。
「解体してるの? じゃあサクサクやろっか。クリスくん、そのナイフ貸して。ここをこうしてね、こうしてね、あ、ここは手で引き裂けるから引っ張って」
なんて手際の良さだ!
メリッサが参加してから、サメの解体作業の速度が跳ね上がる。
俺たち三人で一時間以上四苦八苦していたのを、メリッサはものの十分で片付けてしまった。
バラバラのブロックになったサメに、紐を通して干す。
「ここが丘なら、すり身にしたりするけどね。普通に煮たりするとパサパサになっちゃうから、こうして天日干しにして旨味を凝縮させるの。干したサメがまたいけるんだ……じゅるり」
「メリッサ、よだれよだれ。でも、メリッサは何でも出来るなあ」
「むふふ、そりゃあ一人旅が長いもん」
メリッサは、サメを欲しがってぴょんぴょん跳ねるオストリカを抱き上げると、俺たちについて来て、と指示した。
その頃にはアリナも目覚めていて、加工されて干されているサメを見て目を丸くしていた。
「これが漁師の腕前なのですね……! やはり本で読むよりも、現実に目の当たりにすると勉強になるものです」
眷属に支えられながら、いそいそとメモを取る辺り、流石すぎる。
ということで、アリナを引きずりつつ、俺たちは舳先にやって来た。
そこには、視界一面に真っ白な浜が広がっている。
「うわあ、白いなあ」
俺が見知った砂浜よりも、遥かに白い。
真っ青な海と、純白の砂浜。
ちょっと奥には、緑の下草と椰子の木が生えている。
「ここは珊瑚礁の島なの。砂に見えるのは、死んだ珊瑚の破片が細かくなったものなんだよ」
珊瑚礁……!
知らない言葉だ。
珊瑚なら分かる。
時々漁師が取ってくるカラフルな枝みたいなもので、加工すると高価な飾りになったりする。
自分の記憶と、目の前の白い砂浜が結びつかず、俺はちょっと混乱した。
それに、最初にメリッサはこの島を懐かしいと言っていなかったか?
俺たちがサメを解体している最中だ。
真っ白な珊瑚礁の島に、彼女は一度来た事があるというのだろうか。
「さ、降りよ降りよ。船の魔導機関は止めておいたから、すぐに船も止まるよ」
どんどんとゆっくりになっていく船の動き。
完全に停止するのを待ちきれないように、メリッサは船べりに立つと、靴を脱いでボトムスを大きくまくった。
健康的な足が、太ももの半ばまであらわになる。
「あっ」
「あっ」
俺とレオンが衝撃を受けて声を漏らす。
なんてことだ、不意打ち過ぎる!
アリナは俺たちをチラッと見て、「すけべ」と呟いた。
メリッサは、そんな後ろを気にすることも無く、海に向けてジャンプした。
どぼん、と音がして水柱が上がる。
下を覗くと、水の深さは腰までしか無いようだった。
「あちゃー。思ってたより深かったねえ。ズボンをまくったけど意味なかった!」
メリッサはあっはっは、と笑うと、水の中をざぶざぶ歩き、島に向かっていった。
俺とレオンは顔を見合わせる。
「行くか?」
「行きましょう」
俺たちは、上着を脱ぎ捨て、メリッサに倣ってボトムスをまくる。
「きゃーっ」
いきなり目の前で、男子二人が上半身裸になったので、アリナが真っ赤になって目を覆った。
「行くぞレオーン!」
「ええ、クリス!」
俺たちは同時に、水に飛び込んだ。
腰まで一気に水に浸かる。
メリッサがそんな俺たちを振り返り、けらけら笑った。
俺とレオンも笑う。
「やっぱり、まくっても意味なかった!」
みんなで笑いながら、珊瑚礁の島へ。
ちなみにスカート系の衣装しか持っていないアリナは、紳士的なペスの背中にまたがってこちらにやって来たのだった。
クロリネ家のお姫様は、どうも頬を膨らませてご機嫌斜めの様子だ。
「みんなわたくしを置いていくんですもの!! ずるいずるいです!!」
「アリナも飛び込めばいいじゃないか」
「わたくし、あの深さでも溺れる自信がありますから!!」
自信たっぷりに言われた。
さて、ペスカトーレ号は島の浅瀬に停泊した。
俺たちは全員が珊瑚礁の島に上陸。
住民たちが出迎えてくれた。
どうやら、彼らはメリッサと顔見知りらしい。
大きくなったね、だの、最近は海王様は子育て中で、とか会話をしている。
「なあメリッサ、長くなりそう?」
「うん? あ、いいよ! 島の中を見てきなよ。案内の人についてもらう?」
「や、俺たちだけで見て回るわ!」
ということで、俺とレオンとアリナとペス。
珊瑚礁の島の見学に出かけるのだった。
砂浜はざくざくとして、俺が知ってる浜辺と感触がぜんぜん違う。
砂よりももっと、目が粗い感じだ。
アリナは靴に白い砂が入ると文句を言っていたので、俺とレオンで彼女を捕まえて、ぽいぽいっと靴を脱がせた。
「きゃーっ! 破廉恥な! ……あら。なんでしょうこの砂浜の心地。ざくざくして楽しいです!」
また怒りかけたアリナだったが、すぐに砂浜の踏み心地に夢中になった。
知的好奇心の塊みたいな彼女だ。
スカートのすそを持ち上げて、ひとしきり砂浜をざくざくした後、しゃがみ込んで砂の検分を始めた。
これは長くなりそうだ。
「アリナさん。僕らは島の中を見に行きますが」
「はい。わたくしはこちらで白い砂の謎を調べています! どうぞ行ってらっしゃい!」
こりゃ、当分動かないな。
すると、俺たちに向かってペスが短く、『ガオン』と鳴いた。
アリナを見ていてくれるそうだ。
「悪いな、ペス。助かる!」
俺の召喚モンスターで、一番人間ができてるペスだ。
ここは頼ってしまおう。
「よし、行くぞレオン、探検だ!」
「お供しましょう!」
同い年の男二人、未知なる珊瑚礁の島の中へと出発なのだ。




