釣りなどをする
レッツフィッシング!
海の上っていうのは、幾らでも仕事がある。
仕事はあるけれど、どんどんこなしていけばいつかは無くなる。
乗員四人しかいないし、みんな自分の仕事は自分でやるし。
それに、俺の召喚モンスターたちもせっせと働くのだ。
「やることがなくなってしまった」
五日目の昼下がり。
俺は暇になって、甲板をぶらぶらしていた。
磨き上げられた甲板はピカピカだ。
俺とレオンとで、船の前半分、後ろ半分を競争で掃除した結果なのだ。
張り切りすぎた……!
メリッサは、船長室にハンモックをかけて昼寝している。
最近の彼女は、仕事から解放されたせいか、よく寝る。
一日十四時間くらい寝てるんじゃないか。
そして、アリナは仕事が終わると、双眼鏡を持ち出してきて船長室の上から周囲を眺めている。
日除けの、つばが大きい帽子を被り、海を眺めてはメモしている。
「知識としては知っていましたが、実物を見るのは初めてです……! あれがクジラなんですね!」
とか言って一人で興奮しているのだ。
分からない世界だなあ。
彼女はこうして、日が暮れるまで海の観察にかかりきり。
ということで、俺は大変暇なのだ。
「フャンフャン」
「おっ、オストリカも暇か」
「フャーン」
「メリッサ寝ちゃったもんなー。良くあんなに眠れるよなあ。そのうち、また肉がお腹とかお尻周りに付きそう……いや、これを言ったらメリッサにしばかれるな」
オストリカに、黙っていてくれるようジェスチャーした。
赤猫は俺の言葉が分かっているみたいで、小さい前足を顔の前に持って来て、俺と同じ動作をした。
船の中で、一番話が分かるやつかもしれない。
「でも、俺とお前がいたところで、何して遊ぶかね。動いている船の上だから、海で泳いで置いていかれたら大変だし……」
「フャン、フャンフャン」
「ん? どこ行くんだオストリカ」
「フャーン」
オストリカは振り返り、俺についてくるように促す。
どうせ暇なので、彼の後を追うことにした。
そこは船長室の裏側。
いわゆる船尾だ。
船べりに、レオンとペスがいた。
ペスはこっちを向いて、尻尾を船の外に垂らしている。
彼は俺に気付いて、『ガオガオ』と挨拶してきた。
そう言えば、朝から見かけなかったような。
ずっと船尾にいたなら、船尾掃除担当のレオンは気付いてたのか。
「やあ、クリスくん。暇ですか?」
「うん。とても暇だ……」
「ならば釣りでも一緒にどうです?」
「釣り?」
そう言うレオンの手には、釣竿が握られていた。
彼が船に持ち込んだ荷物らしい。
海に出るというから、絶対必要になると思ってたんだとか。
「釣竿は三本持ち込んでるんですよ。経験はありますか?」
「いや、釣りをしたことはないな。俺、第一階層のスラム出だから。あそこ川も海もないし」
「では僕が教えますよ! 釣りはいいですよ。それに、君の従者であるペスくんは、大変筋がいい。今朝からもう、十匹は魚を釣り上げていますよ」
「本当か!?」
ペスを見ると、彼は得意げに体を反らせた。
ライオン頭もヤギ頭も、ドラゴン頭も得意げな顔をしている。
「それで、その魚は」
『ガオン』
「全部彼が食べちゃってます」
「あー」
自分のおやつ用に魚を釣ってたのか。
でも、確かに釣りはいいな。
俺たちの食卓にも、ペスが釣った魚が毎日並ぶ。
トリーでは、捕まえられる魚のサイズに限度があるもんな。
「そうか、どうせ暇だから、やってみるか」
釣りに挑戦だ。
オストリカが何かを期待するような眼差しで見上げてきた。
「フャン?」
「分かってるよ。小さいのが釣れたら、オストリカのおやつな」
「フャーン!」
喜び飛び跳ねる赤猫。
ということで、俺は海釣り初挑戦なのだ。
「それでは簡単なレクチャーを。基本は船べりに座って、海に糸を垂らします。船が動いているので、釣り針も魚からは動いて見えるでしょう。釣りエサは付けてないんですが、それでも結構釣れるものです」
「……それだけ?」
「それだけです。後は体で覚えましょう」
なんということだ。
想像以上にレクチャーが簡単だった。
どれどれ。
俺はレオンの隣に腰掛けた。
釣り糸を垂らしてみる。
オストリカが、わくわくした目で俺たちを見つめてくる。
そう期待されても、釣れるかどうか分からないぞ?
『ガオン』
そこで動いたのが、今や我が船の釣り名人となったペスだ。
尻尾がぴょんと跳ね上がり、小さな魚を放り投げた。
それは甲板に落ちると、ぴちぴちと跳ねる。
「フャーン!」
喜んで飛びつこうとするオストリカ。
『ガオン』
それを制するペス。
オストリカの目の前で、ドラゴン頭が口を開いた。
飛び出す炎。
小魚がこんがり、ほどよく焼ける。
そこに、ヤギ頭が呪文を唱えた。
涼しい風が吹き、焼き魚が冷める。
『ガオ』
どうぞ、とペスは焼き魚を差し出した。
「フャャーン!」
オストリカは猛然と、魚に突撃。
むしゃむしゃと食べ始めた。
「ペスは優しいですね」
「ああ。うちの召喚モンスターでも一番の古株で、トリーやポヨンの兄貴みたいなもんだ」
しかし、目の前で見たペスの釣りは巧み過ぎてよく分からなかった。
気がついたら魚が釣り上げられ、調理されていたぞ。
彼を参考にしてはだめだな。
次元が違いすぎる。
俺は釣竿を握り、じっと海を注視することにした。
じっと、じっと。
じーっと海を見つめること、およそ十分。
「うおー!! 釣れない!」
「そりゃあ釣れませんよ。これは半日くらいのんびり勝負するものです」
レオンはボーっとしながら諭してくる。
半日!?
そんなに長い間じっとしていたら、尻に根が生えてしまいそうだ。
「多分、俺のやり方は工夫しないといけないんだ。釣りエサとか考えてくる」
俺は一旦その場を離れた。
船室と倉庫がある甲板下に下りると、何かないかとごそごそ探る。
「……パンがあるな。いや、だめだ。これってふやけちゃうだろ。他に何かないか。干し肉? うーん……いけるか……?」
干し肉を手に、船尾へと戻っていく。
そしてそれを針に突き刺して、海へポイだ。
「釣りエサつきとは工夫しましたね。ですが、それくらいで魚は簡単には釣れませんよ。これは僕らと魚との戦いなんです」
「そ、そうか。深いものなんだな、釣りって。で、レオンは何か釣れたのか?」
「いえ、まだ一匹も釣れていません」
「釣れてないのかよ!?」
あまりにも堂々と、師匠然としているから騙されていた。
こいつ、実は釣りが好きだけど別に得意でもなんでもないのでは……?
そんな俺たちの横で、またペスが一匹釣り上げた。
ペスは生魚をぱくりと食べるが、オストリカに上げるときは必ず火を通している。
「なんでオストリカには焼き魚しかあげないんだ?」
『ガオガオ』
「魚には寄生虫がいますからね。まだ子供のオストリカが寄生虫を飲んでしまったら大変です。ですから、ペスは寄生虫ごと焼いて安全にしてから食べさせているんですよ」
『ガオン』
その通り、と頷くペス。
なんでレオンとペスが通じ合ってるの。
まあいい。
俺はひとまず、魚を一匹釣ることを目標にするのだ。
エサつきの釣り針を投げ込んでしばらく。
糸に動きはない。
「動かしてみるか」
釣竿をふるふると左右に振ったり、引いたり。
……。
動きなし。
「うーむ」
「クリスくん、これは僕らと魚との真剣勝負です。焦ってはいけません。泰然自若として、僕らは魚がかかるのを待つんです……」
「あ、ああ。本当に根気がいるんだな。レオンは俺と同い年なのに、なんでこんなに落ち着いていられるんだ」
「釣りをしながら半分寝ているからです」
「寝てるのかよ!?」
感心しかけてしまったぞ。
そりゃまあ、ポカポカといい陽気の下、ほどよく船長室で日陰になっている船尾だ。
ぼーっと海を見つめていれば眠くなるだろう。
そうこうしている間にも、レオンはうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
半分寝るどころか、普通に寝始めてるじゃないか。
俺は半分呆れながら、レオンの寝息を聞きつつ釣竿を動かし続けた。
水面に魚の影はあるんだけどなあ。
なんで掛からないかな。
またエサを変えてみるか。
俺が立ち上がりかけた時だ。
ぐんっ。
レオンの釣竿が大きく動いた。
「グウ……グ?」
「掛かったぞ! おいレオン、起きろ! 熟睡してるじゃないかお前! ええい、糸が反応してるんだから釣らなきゃだろ!」
俺は後ろから、レオンを抱え込むようにした。
彼の手に重ねるようにして釣竿を握る。
うおお、凄い引きだ!!
「はっ!? どうしたんですかクリスくん。僕の後ろに抱きついて、釣竿を握って。まるで僕の釣り針に魚が掛かったかのようじゃないですか」
「まるで、じゃない! 掛かってるんだよ! お前も引っ張れー!」
「は? 僕の釣り針に? ハハハ、ご冗談を……」
レオンが寝ぼけ眼で半笑いになった時、釣り糸を引っ張る力がグッと増した。
俺もレオンも、危うく船べりから落ちそうになる。
「じょっ、冗談じゃなかったー!? 何か掛かってるーっ!!」
ようやく目覚めたか。
俺とレオン、二人掛かりで歯を食いしばり、必死に釣竿を引き上げる。
それを横で見つめるペス。
何かあったらサポートするぞ、と言いたげな顔だ。
こと、釣りにおいては俺とペスの立場は逆転するな。
「レオン、どうやら糸を引っ張ってる奴、リズムがあるみたいだ。こいつの引きが弱くなるところで、全力で引くぞ!」
「分かりました! では、いち、に、さんで行きましょう! いち、にぃ、さんっ!!」
「おらああああっ!!」
「うおおおおおっ!!」
俺とレオンの咆哮が響いた。
水面下で糸を引っ張っていた何者かが、二人掛かりのパワーに負けて引っ張り上げられる。
そして、奴はついに空中に跳ね上がった。
それは、幅広の大剣みたいな形をした、でかくて黄色い魚だった。
「サメです!! バブイル近海に生息する、バブイルオウゴンザメ!! 知識としては知っていましたが初めて見ました!!」
いつの間にか隣にやって来ていたアリナが、メガネをクイクイやりながら興奮して叫ぶ。
「ここまで来たら、是非解剖したり食べたりしてみたいっ……!!」
「アリナ、解説はいいから手伝ってくれーっ!!」
そんなわけで、大物を釣り上げた俺たち。
サメを囲んで船尾でわいわいやっていたので、舳先に見えて来ていた島影に、ギリギリまで気付けなかったのである。




