漕ぎ出した大海と、密航者?
まったりと再開です。
船はのんびり、海を進んでいく。
バブイルもそろそろ遠くになってきた。
故郷の大陸を離れて見る事なんて無かったから、この光景はとても新鮮だ。
「あの島、あんな形をしてたんだなあ……」
重層大陸は、大きな岩のプレートを幾つも浮かべ、重ねた形をしていた。
かなり縦長だ。
巨大な岩山のようにも見える。
「そっか、クリス君はあそこから外に出るの初めてだもんね」
メリッサが横に並んだ。
彼女は外の世界からやって来た。
だから、このバブイルの姿を以前に見ているのだ。
それに、レオンも。
「ええ、僕も外からやって来ましたから。というか、僕の場合は乗っていた船が難破して流れ着き、そこをメルクリー家に拾われたんですけど」
船内の作業もひと段落して、レオンも俺の隣に並んだ。
メリッサとは距離をとってるな。
女の子と近づくと緊張してしまうタイプだもんな、レオン。
船は魔導機関で動くから、放っておけばどんどん進んでいく。
俺たちが漕いだりする必要は無い。
楽だなあ。
「フャンフャン」
『ガオガオ』
後ろでは、赤猫オストリカとキマイラのぺスが遊んでいる。
ハーピーのトリーは船の半に突き出した煙突に登っているし、ヒッポカンポスのポヨンは嬉しそうに船の横を泳いでいる。
平和だ……。
「フャン?」
『ガオ?』
「しーっ! わたくしが乗っているって気付かれちゃうじゃないですか! 見逃してください!」
「フャンフャン」
なんだか後ろが騒がしくなってきたぞ。
それに、人の声がしたような。
『ガオガオン』
「あーっ! ぺスさんいけません! 引っ張ったらだめですー! うわー」
どたん、ごろごろごろ。
甲板の下にある倉庫から、ぺスが何か引っ張り出したみたいだ。
「どうしたんだぺス? 荷物で遊んでるの……か……?」
そこには一抱えもある樽が転がっていて、蓋が開いていた。
中からは、見覚えのある女の子が一人、ペスに袖を噛まれて飛び出してきていた。
「……アリナ?」
「あっ、み、見つかってしまいました!!」
彼女は慌てて、ずれたメガネを直した。
乱れた髪とか服装じゃなくて、まずはメガネなんだ……?
「あ、いや驚いたけど。確かに見送りにアリナはいなかったもんな。っていうか、アリナはクロリネ家の次期当主だろ? いいのか、ここにいて?」
彼女は、アリナ。
バブイルに存在する、王様を輩出する五大選王侯家の娘だ。
そのうちの一つ、クロリネ家は、バブイルの歴史や知識をつかさどる役割を持っている。
彼らはこの間、バブイルを転覆させかねないような陰謀をたくらみ、それが邪神バラドンナを強化してしまい、国全体を滅ぼしかけた。
そのせいで、クロリネ家の偉い人たちが、のきなみ捕まってしまったのだ。
おかげで、ただのお姫様だったアリナに、次期当主の立場が転がり込んできた。
今は引継ぎとか、もろもろの作業で忙しいはずだったんだけど。
「うふふ……ふふふふふ!」
アリナは甲板に寝そべったまま、不敵に笑った。
メガネが陽の光を反射して、きらーんと光る。
「だって、クリスさんやメリッサさんは、外の世界に行くのでしょう? バブイルの外の世界! わたくし、ただの一度だってあの大陸を出た事がないんです。だけど、今ならば外の世界を見にいけるかもしれない。このチャンスを、わたくしが逃すと思いますか? クロリネ家は歴史と知識を蓄える家です。つまり、代々の当主は好奇心旺盛で、どんな知識だって集めて集積してきたのですよ?」
「あー。つまり、好奇心で忍び込んで、後先考えてなかったと」
「はい。未知がわたくしを待っているのです! それにバブイルは空前のお祭り騒ぎ。わたくしが船に乗り込むには、この混乱を利用するのがベストです!」
『ガオ』
ずーっと転がっているアリナを、ペスが尻尾の蛇で助け起こした。
『ガオ?』
どうする?
という顔で、ペスが聞いてくる。
「いや、どうするって言われてもなあ」
「フャーン!」
ここは船長にお伺いを立てなきゃ! と、オストリカがメリッサを呼んだ。
「アリナじゃない! 見送りにいなかったから、ちょっと残念に思ってたんだよねー。ついてきちゃった?」
メリッサがやって来た。
即座に状況を理解して、アリナの手を取る。
「メリッサさん。わたくし、純粋な知的好奇心のために、世界を見て回りたいのです。乗せて下さいませ!!」
「いいよ!」
許可が下りた。
一瞬だった。
即断だなあ。
レオンはと言うと、新しく文学的な女子が増えたので、緊張して固まっている。
いちいち女性が増えるたびに緊張するのはどうなんだろう。
「お、お久しぶりです、アリナさん」
「はい。お久しぶりですレオンさん。あなたも一緒だったんですね。これからよろしくお願いしますね」
アリナは駆け寄ると、レオンの手を握ってぶんぶん振った。
「は、はひぃー」
いかん、レオンの顔が真っ赤だ。
ということで、俺たちは出航早々、新たな仲間を迎えて旅をすることになったのだった。
頭数が増えれば、入用なものも増える。
まず、必要なのは水だけど。
『ブルルー』
「ポヨンは偉いねえ。水を作れるんだもんね」
『ヒヒーン』
メリッサに撫でられて、ポヨンが目を細める。
そう。
ポヨンは何も無いところに水を生み出せる。
ほんの数時間しか持たない水だけど、体の中に入ってしまえば、普通の水として定着するのだ。
飲み水にしたり、体を洗ったりはこれで解決。
次に食料。
『ピヨー』
『ブルルー』
『ガオガオ……ガオッ』
トリーが飛び跳ねた魚をキャッチして持ってくる。
あるいは、水面近くを泳ぐ魚を捕まえる。
ポヨンは水底の、貝とか海老とかカニを取ってくるし、海草採集だってお手の物。
大物は、ペスが海面に尻尾を垂らして釣り上げた。
うん、食糧問題も解決。
「優秀ですね、クリスさんの召喚モンスターたちは! 戦う以外にも、色々なことができます!」
「あ、料理は僕に任せてください」
取ってきた食べ物が食用に適するかどうかを判断するのはアリナ。
調理担当はレオン。
「どんどん持ってきて! うわーい、海の幸がいっぱいだあ!」
そして食べる担当はメリッサ。
あんなにたくさんあった海産物が、どんどん彼女のお腹に消えていく!
「メリッサ、一部は干したりして、保存食にしといたほうがいいんじゃない?」
「はっ。そう言われてみると……。それに私、干した魚や貝も大好物なんだよね!」
保存食作成担当は、俺。
うーむ。
船長メリッサが一番仕事をしていないのではないか。
さあ、人数が増えて最後に必要なのは、居住スペースだ。
この船、ペスカトーレ号の船室は三つ。
大きな船長室と、船員部屋が二つ。
うち一つをペスたちの部屋にしていたんだけど。
「アリナは私と一緒に船長室でいいでしょ。女の子同士、何も遠慮はいらないしね」
「はい、よろしくお願いしますね、メリッサさん!」
こちらも問題なく片付いた。
なんだ、何も問題なんか無いじゃないか。
というか、俺たちの緊急事態への対応能力がおかしいのかもしれない。
うちの召喚モンスター、多芸だしなあ。
あとは、掃除担当と洗濯担当。
掃除はみんなが交互に担当することになり、選択は男子と女子の下着があるということで、ここは慎重に決めねばと言う話になった。
「じゃあ、洗濯は私がやるね」
船長の一存で、洗濯担当はメリッサになった。
さすがに彼女も、ひたすらご飯を食べているだけなのは悪いと思ったらしい。
それに、俺やレオンの下着を洗ったりするのも抵抗はないみたいだ。
たくましい……。
そんなわけで、役割分担をしての航海だ。
広い海を、一日、二日、三日。
のんびりと航海していく。
とっくに、バブイルは見えなくなった。
周囲には小さな島が点在していて、時々島の住民が乗った漁船とすれ違う。
載せてる荷物や海産物をトレードしたり。
世間話をしたり。
バブイルの外にも、世界は広がっているんだなと思う瞬間だ。
小さな島の人々は、他の島々と交流して暮らしている。
バブイルにだって、魚を売りに行ったりするそうだ。
知らなかったなあ。
そして四日目。
ついに、小島も見えなくなった。
視界一面、どこまでも広がる海。
あまりにも何も無いので、船が進んでいるのか止まっているのか、はたまた戻っているのか分からない。
「広いなあ……」
今日、何度目かになる呟きを漏らした。
隣で熱心に書き物をしていたアリナが顔を上げる。
「長い間、バブイルの周囲は永遠に続く海で、それ以外何もないとされてきました。ですけれど、そんな何も無いはずのところから使者がやって来た。それが巨大な魔導船……彼らは蒸気船と呼んでいましたけど、そういう存在です。メリッサさん、レオンさんも、外の世界から来ました」
ちらりと見えたアリナのノートには、この四日間の記録が書き込まれている。
日誌をつけているみたいだ。
「クリスさん。この先は、バブイルの歴史に刻まれていない世界なんです。まさに、未知の世界! なんだかワクワクしてきませんか!」
「うん、分かる。ワクワクして、どきどきして、頭がぼーっとなってる。まるでメリッサに、ダンジョンの中から連れ出された時みたいに」
そうか。
口に出して気付いた。
これは俺にとって、世界と言うものが大きく広がる瞬間なのだ。
ダンジョンの低い階層と、バブイル第一階層の一部だけだった俺の世界は、第二階層、第三階層へ広がり、第四階層の街、第五、第六階層の選王侯家の土地まで広がった。
そしてまた今、バブイルを飛び出して、まだ見ぬ世界へと広がっていく。
どんどん、広がっていく。
「世界は広いんだなあ……」
俺はしみじみと呟いたのだった。




