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決着の王選挙。そして旅立ち

 最大の対抗勢力である、メルクリー家が陥落した。

 ゴールディ家に仕掛けて、護衛同士が戦い、結果的にゴールディが勝ってしまったからだ。

 バブイルの武力を象徴するメルクリーとしては、これは権威失墜を免れないほどの大失態。

 ……なんだとか。


「そうなの?」


「ああ。我ら青の戦士団を失ったメルクリー家に、もはやこの王選挙を戦う術は残されていない。我々を雇うようになってから、かの家の全ての支援は青の戦士団に集中されていたからね」


 青の戦士団が団長、バリーがうんうんと頷きながら言う。

 ここは、彼が閉じ込められている牢屋の前だ。

 クロリネ家謹製のロープで縛られた彼は、逃げ出すこともできず、牢屋の中でおとなしく転がっている。

 彼の正体は、あのマントそのもの。

 俺と喋ってる顔も、マントが人間とやり取りするために作り出した擬態らしい。


「選挙の状況を当ててみせよう」


「いや、誰でも分かるんじゃないかな」


「そう言わないでくれたまえ。そうだな……ゴールディ家の圧勝ではないかな?」


「その通り」


 バブイルの経済を握るゴールディ家は、貴族ばかりではなく、商人たちからの支持も篤い。

 クラリオンが死なない限り、王選挙の結果は分かりきっているわけだ。

 だって、貴族以外では、金で選挙権を買える商人が票を入れるんだもの。


「……ってことで、はい、差し入れ」


 バリー用に持ってきた食事を、俺は牢の隙間から差し入れた。


「やあ、悪いね。私はこれがお気に入りでねえ」


 バリーの食事というのが、マントの艶を保つための蝋が入った小瓶なのだ。

 しゅるしゅるとマントが伸びて、小瓶から蝋をすくい取る。

 これを薄く広げて、マント全体に塗るわけだ。


「本当に人間じゃなかったんだな」


「青の戦士団のほとんどのメンバーは人間ではないよ。我々は言わば、勇者によって解放された者たちだ。いやあ、長い間、私は自分の意志を持てず、魔王によって人間をいじめていたからねえ。あれは思い返すだけでもつらい記憶だ。はっはっは」


「へえ……バリーはいいモンスターだったのか?」


「君達人間と比べれば、我らモンスターの方が平和的じゃないかね? 我々は比較的、画一的な人格をしていてね。無用な争いを好まず、仲良く出来るならそれが最上。そういう考え方をしているのさ」


「だけど、好戦的なのがいただろ」


「ああ、ブラスか。彼は人狼だが、後から成った者だ。つまり、元々は君と同じ人間なのだよ」


「なるほどな」


 バリーが言う通り、モンスターのほうが人間より平和的ってわけだ。


「それともう一人の人間。海の向こうから来たレオン。彼は私の招集に応えなかったが……悪い子じゃあない」


「それは分かる」


「彼にも色々事情があるようだ。さて、クリス君、一つ頼んでもいいかな」


「なんだよ」


 青の戦士団団長が、俺に何を頼むというのだろう。


「この選挙が終わったら、彼を連れて行って上げてくれないかね? バブイルは閉じた世界だ。ここは、君達には狭すぎるだろう。それは彼にも言えることだ」


「ああ、あいつとはなんだかんだで縁があるもんなあ」


 ということで、俺はバリーからのそんな頼みを引き受けることになった。

 ちなみに、選挙が終われば、バリーはゴールディ家に引き抜かれることになるのだとか。

 バブイルの、ゴールディ一強時代が始まるわけだ。






 やがて、王選挙が行われた。

 巷の予想通り、結果はゴールディ家の圧勝。

 クラリオンが新たなバブイル王になることになった。

 そんなわけで、バブイルはお祭り期間に突入する。

 ゴールディの金庫から資金が放出され、第一階層から第六階層まで、重層王国はお祭り一色。

 新たな王の誕生を祝い、およそ一週間の間、みんなが飲んだり食ったり歌ったり騒いだりする。

 俺も参加したいなーと思うんだけど……。


「マスト、よーし。魔導機関、よーし」


 メリッサが、新しい船の上に立って、指差し点検している。

 これが、クラリオンが俺たちの働きに対して送ってくれた報酬。

 小型魔導船、ペスカトーレ号。

 命名はメリッサ。

 凄いネーミングセンスだ。


「お水はこっちに運べばいいでしょうか」


「あ、レオン君、こっちこっち」


 俺より目線半分低い男が、樽をえっちらおっちら運んでくる。

 灰色の髪を、今は布で包んで後ろでまとめている。

 俺達の旅の仲間になる、レオンだ。


「ここです……ねっと」


 意外なパワーで、レオンが水の入った樽を指定の場所に下ろした。

 あ、いや。

 半透明の戦士たちが、横から前から、樽を支えてる。

 レオンの使う眷属ってやつだな。便利だなあ。


「よっしゃ、俺達も運搬するぞ。ペス、ポヨン、行くぞー!」


『ガオガオーン』


『ブルルー』


 食べ物を宙に浮かせたポヨンと、たくさんの荷物を蛇のしっぽで抱えたペスが乗り込んでいく。

 どんどこ荷物を積み込んで、ペスカトーレ号はすぐにでも出港できそうになっている。


「本当に助かりました……! 僕はこのままだと、ただのボートで海に出るところでしたから」


 仕事を終えて、汗だくになったレオン。

 彼は俺が声を掛けた時、港の人に必死で交渉して、ボートを買い上げようとするところだったのだ。


「レオン君、なんでそんなに焦ってたの?」


「あ、は、はい」


 メリッサに声を掛けられると動揺するのな。


「ブラスが船を一つ乗っ取って、海に出たんです。あいつ、邪神が持ってた魔銃をぶら下げてたとかで、明らかに正気じゃなかったみたいです」


「や、ブラスはいっつも正気じゃないだろ」


 俺がぼそっと言ったら、メリッサもレオンも、確かに、という顔をした。


「でも、ブラスが魔銃を持ってたってことは……なんか引っ掛かるな。邪神になってたあいつ、ジョージって言うんだけど、俺の昔の雇い主だったんだ。あいつ、最低な野郎だったけど、邪神っていう器じゃなかったからさ。それに……クロリネ家の書庫で見た亡霊。あれって絶対ジョージだったんだよ」


 で、そこから考えると……。

 ジョージがおかしかった所は、使えもしない魔銃を持ってたことだ。

 それに、あいつは魔銃を使いやしなかった。いや、使えなかったんだろう。

 なら、なんであいつ、魔銃を持ってた?


「もしかして」


 俺に、メリッサとレオンの視線が集まる。


「邪神バラドンナって、あの魔銃が本体だったんじゃないのか……?」


「あっ」


「あ」


 メリッサも、レオンも目を見開いた。

 あの時、魔銃はどこに行った?

 モンスター、ウェンディゴになった邪神を倒して、あいつが握ってた魔銃は確か……海に落ちたはずだ。

 そして、同じ魔銃を手にしたブラスは、普通じゃない様子で海に出ていった。


「これ、やばいぞ。もしかして、邪神がバブイルの外に逃げ出したかも知れない」


「かもじゃなくて、確定じゃないですかそれ……!」


「まずいまずい。せっかくレヴィアさん達が頑張って魔王やっつけたのに!」


 俺達三人、角を突き合わせる。


「追いかけよう」


「そうだね、追いかけなきゃ!」


「今すぐにでも、ですね!」


 俺たちが深刻な顔をしていたら、外がわいわいと騒がしくなってきた。


「フャンフャン!」


『キュー』


 オストリカと、魔精霊パンジャが、外を見に行く。


「フャーン!」


「どうしたの、オストリカ?」


「フャンフャン!」


「あっ! 見送りにみんな来てくれた……!?」






 王選挙の結果が出たばかりなのに、お祭りも堪能せずに旅立つのだ。

 そんな俺たちを見送ろうと、バブイルの人達が集まっていた。

 第一階層、冒険者の店の店主。


「我が店を利用していたお二人が、英雄となり、そして外の世界へ旅立つ……! 感慨深いことです!」


 ダリア達のパーティ。ダリア、リュシー、ヨハンにハンス。


「クリスったら、どんどん先に行っちゃうのねえ。頑張って!」


「ユービキス神のご加護が皆さんにありますように!」


「海の向こうでも頑張れよ! たまには帰って来いよ!」


「……達者で」


 第四階層の商店街の人達。


「メリッサちゃーん! 本当に世話になったなあ!」


「商店街も寂しくなるぜ!」


「またおいでよ!」


「魔銃使い!」


 おっ、魔法の武具の店のお婆さんだ。


「どんどんと、二丁のオリジナルを使いこなしているようだね。だけど、そいつらのポテンシャルはそんなもんじゃない。もっともっと精進するさね!」


 ゴールディ家からは、グリューネ。


「王選挙のことは、感謝します。急な出立で、クラリオン様はこちらには来られませんが、皆様にはよろしく伝えてくれとの事で……。どうか、お元気で」


 しみじみと、俺はたくさんの人の世話になったんだなあ、と思う。

 ……いや、ちょっと待て。

 これって、今すぐ旅立たないといけない空気じゃないか?


『ガオン』


 だよな、ペス。

 荷物を積み込んだばかりで、旅立つってことか。


「ま、しょうがないね! では、出発進行! 帆を上げろー!」


 メリッサが宣言をする。

 彼女が、このペスカトーレ号の船長だ。

 クリスが呼び出した眷属が、帆に繋がるロープを引っ張る。

 真っ白な布が大空に翻った。


 こうして俺たちは、背中を押されるように、というか、押し出されるようにして旅立った。

 さらば、バブイル。

 眼の前には、未知の世界がどこまで広がっていた。

ここで、魔銃/魔獣使いの召喚士、重層大陸バブイル編が終了です。

少しの充電の後、外の世界での物語が始まります。

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