外遊と襲撃!
国王選挙の投票の日が迫ってくる。
ゴールディ家当主のクラリオンは、外遊に出ることが多くなった。
第四階層に出向き、パーティを開いて貴族たちにアピールするのだ。
あるいは、有力な商人たちを集めて、やはりパーティをする。
「クラリオンさん、よく体力が持つよな」
次々に現れる貴族たち、あるいは豪商と談笑するクラリオン。
その光景を遠目で見ながら、俺は呟いた。
始まりから終わりまで、あの様子だ。
ちょっと酒で唇を濡らすくらいしか暇はないだろう。
料理に手を付けるなんて、不可能。
「うん、私だったら持たないね」
深刻な顔しながら、メリッサはパーティの料理をぱくぱく食べている。
俺たちはクラリオンの護衛なんだけど、今回は彼の近衛であるグリューネがいる。
この竜人の女性は、かなり優秀な護衛らしい。
ってことで、気を楽にして料理を食べていられるのだ。
「フャンフャン」
『ガオンガオ』
『ピヨー』
『ブルルー』
うちのモンスターたちも、仲良くご飯を食べている。
商人や貴族たちの中には、モンスター種の護衛を連れている人もいて驚いた。
護衛用に、ペットフードも充実しているパーティなのだった。
「おや、変わった護衛をお連れで! まるでキメラのような……」
『ガオン?』
ペスが声を掛けられて、ライオン頭を振り向かせた。
そこには、恰幅のいい商人がいる。
彼が隣に従えているのは、トカゲのような頭をした男の人だ。
「主よ。あの臭いは間違いなくキメラでしょう。サイズこそ小さいものの、人に従わぬはずのモンスターを従えているということは、このお二人のどちらかが、噂の召喚士殿なのです」
トカゲの人が、しゅるしゅるとした声で商人に言った。
ほうほう、と感心する商人。
「これはこれは! わしは商人のボルザークと言いましてな。こちらはリザードマンのシュギル。わしの護衛をしてくれております。お二人はもしや、クラリオン殿の護衛で?」
「あ、はい、そうです。俺はクリスです」
俺は慌てて、慣れない敬語を使う。
「クリス! では、君が邪神を退けたというあの召喚士! いやあ……こんなに若かったとは。わしの息子よりも若いじゃないか!」
商人のボルザークは、ニコニコしながら握手を求めてきた。
俺は手の平を慌てて拭い、その手を握る。
うわあ、なんだ照れくさいぞ。
「わはは! バブイルを救った英雄と握手をしてしまった! そうかそうか、君がゴールディの側についているのだな。なら、勝利は決まったようなものだな! わしら商人には、君のファンが多いのだよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「そりゃあそうさ。邪神教団の連中は、金を出して買うわけじゃない。略奪して打ち壊すんだ。商売なんてあったもんじゃない。そこを、君が助けてくれたんだからな! 正直、あの状況があと一日続いていたらまずかった。あいつらが階層を侵食する速度は異常だったからな。たった一日で、第二階層も第三階層もやられた。それを君が、奴らの幹部を一網打尽にし、邪神を倒してくれたんだ」
しみじみ、ボルザークが言う。
本当に、俺に感謝してるみたいだ。
「クリス殿。バブイルの商人は、利害に敏く、儲けになるならば様々なことに手を出します。ですが、人の心を忘れてはいません。主だけではなく、他の多くの商人たちも、貴方には感謝しているのですよ」
リザードマンが、ボルザークの言葉を補足した。
どうやら、俺は凄い有名人になっていたらしい。
ボルザークが俺に前で、わいわいと騒いでいると、クラリオンへの挨拶が終わった商人や貴族たちが、どんどんこっちにやって来る。
「うわ、うわわ!? どうしようメリッサ!」
「いいんじゃない? クリス君ってばそれだけの事をやったわけだし。っていうか、みんな生まれとか地位とかそこまで重視してないんだね。意外」
「召喚士と言う存在は、それだけの価値があるものだからな。我ら商人は、価値あるものはどんなものであれ認めるよ」
ボルザークが笑った。
彼ら、ゴールディの家の人達より、よっぽどまともだぞ。
俺が、この慣れないやり取りに四苦八苦していると、メリッサがちょんちょん、と肩を突付いた。
「クリス君。一応、トリーちゃんを飛ばしておいた方がいいかも」
「あ、ああ! すみません皆さん! ちょっと仕事します! トリー!」
俺はハーピーのトリーに呼びかけつつ、空に向かってトリニティを撃った。
放たれた輝きが、舞い上がるトリーと一つになり、彼女の姿を大型化させる。
本来のサイズのハーピーだ。
「おおー!」
「美しい」
「真っ白なハーピーとは」
周りは、やんややんやと盛り上がる。
見世物じゃないんだけどなあ。
トリーは俺の意を汲んで、ゆっくりと会場の天井近くを旋回し始めた。
物凄く天井が高い建物だ。
トリーが飛んでても、危ないことは全然ない。
みんな驚き、トリーを指さして何事が言っているけれど。
こうして高いところから見張っていれば、この混乱に乗じて現れる曲者にも対応できるだろう。
まあ、グリューネがいるから大丈夫といえば大丈夫なんだけど。
メリッサが注意を促すくらいだから、何かやばい気配がしてるのかもしれない。
俺はしばらくの間、人波にもみくちゃにされていた。
俺と握手したがる者、コネを持ちたがる者、あるいは俺を雇おうとする者、そして有ろう事か、娘や孫娘をやるから婿に来いと言う者まで。
流石に最後のは、メリッサが強引に間に入ってきて、
「はいはーい、そういうのは困りまーす。クリス君は独占しちゃだめでーす」
と商人を引き下がらせた。
こんな時は、メリッサの強引さがありがたい。
さあ、そろそろ商人の相手も疲れてきたぞ、という頃だ。
突如、周りにいた商人が、ばたばたと倒れ始めた。
「!?」
俺は慌てて、周囲を見回す。
その間に、ポヨンがふわりと浮かび上がった。
『ヒヒーン!』
ヒッポカンポスの尾びれが空を叩き、そこからたくさんの泡を生み出し始める。
その泡が……たちまちの内に赤く染まった。
「これは!」
「なんか、眠り薬みたいなのが流れてきたんだね……。私は毒とか薬とかに強いからあんまり効かないけど」
メリッサはサラッと言いながら、躊躇なくテーブルの上に飛び乗る。
「メリッサ!?」
「襲撃だと思うよ」
「! よし!」
俺は意識を集中した。
トリーと、視覚を共有する。
視力に優れたハーピーは、普通の状態では目に見えない対象でも捉えることができる。
なんていうか、トリーの目を使っていると、葉っぱや陽の光が、普段とは違ってもっとカラフルに見えるんだよな。
そして、トリーが見渡すパーティ会場に、それはいた。
先日屋敷を襲ってきた青の戦士団と同じように、人の形をした空気の塊のようなものが、いくつもクラリオンに向かって走っていく。
「ペス!」
『ガオン!』
ペスが巨大化する。
俺はすぐさまその背中に飛び乗った。
メリッサも、後ろに掴まってくる。
跳躍したペスは、テーブルを蹴り飛ばしながらクラリオンの前に躍り出た。
「おっと!」
見えない何かが声を上げた。
俺はそこを目掛けて、サンダラーを放つ。
銃弾が唸りを上げ、そいつに炸裂した。
「むっ、流石にこれはっ!」
なんと、銃弾は目に見えない何かに弾かれてしまう。
そして、奴は姿を現した。
見覚えがある。
マントを羽織った、ヒゲを生やした落ち着いた感じの男……。
青の戦士団の団長、バリーだ。
こいつ、以前は俺に敗れたブラスを連れて姿を消したけれど、それがこの男の能力なんだろうか。
マントが俺の銃弾を防いだようにも見えた。
「やあ、ついに君とやり合う時が来たな。悪いが、これは仕事なんでね」
「そっちも大変だな。だけど、クラリオンはやらせないぞ! あんたを倒せば、もうクラリオンを邪魔する奴はいないはずだ!」
「それは違いない。私が青の戦士団では最も強いからね。だが、私の狙いはクラリオンだけではない。君も狙いなのだよ、クリス君」
「どういうことだ……!?」
「英雄たる召喚士クリスを加えたクラリオンは、圧倒的な求心力を持つ。君の存在自体を邪魔だと思う選王侯家は多いのさ」
バリーが、マントを翻した。
その中には、何も見えない。
完全な闇だ。
「行くぞ、クリス君」
「来いっ!!」
戦いが始まった!




