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王選挙、始まる

 翌日のこと。

 また、例の会議室に呼ばれた俺達だ。

 だけど、今回はちょっと勝手が違っていた。

 ……なんだか、数が少なくない?


「クラリオンさん、人が減ってない?」


 口に出したのはメリッサだった。

 上座にいるクラリオン・ゴールディは鷹揚に頷いた。

 長テーブルにつくゴールディ家の面々だが、なんと前回の半数くらいまで減っていた。

 それについて、当主からの説明が始まる。


「彼らは、一族が一丸とならねばならないこの時期に、内輪もめを起こしたからね。しかも、私が信頼するメリッサに手を出すなど、言語道断だよ」


 ああ、なるほど。


「つまり、その、その人達は降格されたりしたんですか?」


 俺の問いに、クラリオンの横に座った奥さんが微笑んだ。

 なんか、皆まで言わせないで、と言外に告げているような。

 多分これ……粛清されたりとか、そういう血腥(ちなまぐさ)いことになっている気がする。

 そして、開いたスペースにやって来たのは、クロリネ家のアリナだった。


「さあ、我らが協力者である、クロリネ家のアリナ嬢をお招きした。これより、始まるであろう選挙への対策を話し合うことにしよう」


 残ったゴールディの一族も、すっかりクラリオンに対して萎縮していた。

 ということで、会議は以前の紛糾が嘘みたいに、すんなりと終わってしまったのだ。





 その数日後、国王の崩御が国中に伝わった。

 バブイル選王国は、新しい時代を迎えようとしている。





 翌日から、ゴールディ家は大忙しだった。

 クラリオン・ゴールディの号令一下、一族の人々がばたばたと走り回っている。

 王選挙は、王国全ての貴族と、選挙権を買える程度の財力を持った商人たちによって行われる。

 選挙管理委員会が設けられ、これはもう一つの選王侯家と言われる、バイメタル家が担当する。


「やあ、バイメタル家から来た、トリノです」


 選挙管理委員会の者だという、その男は異様な風体をしていた。

 体型の出ないだぶっとした衣装に身を包み、むき出しの部分には全て、金属の防護を付けている。

 唯一、顔だけが何も身に着けていない。

 張り付いたような笑顔がそこにはあった。


「ど、どうも。クリスです」


「おお! バブイルを救った召喚士の! お噂はかねがね。何しろ、我々は選挙が始まらない限り動き出すことがないもので、先ごろ噂を集めた程度しか知りませんが」


 俺とトリノは握手をした。

 どうも、彼の手はスカスカとした感触で、篭手の中に肉体があるようには感じなかった。

 メリッサとアリナは、ニコニコしながら彼と握手していたようだ。


「メリッサ、彼ってどうなの。なんか俺、人間と握手してる気がしなかったんだけど」


「私はあの人、魔物だと思うな。生きてる人間の感じがしないもん」


 おお、流石メリッサ、ズバッと言うなあ。

 やっぱりそうかと俺が思っていたら、アリナが補足してきた。


「バイメタル家については、選王侯家には本来数えられないんですよね。だって彼らは、絶対に王選挙に立候補しないんですから。ですけれども、わたくしが知る限りの歴史において、彼らは必ず王を選び出す選挙を管理してきました。それこそ、気が遠くなるほど昔からずっと。バブイルではそういう習わしなんです。そして、選挙が必要な自体になるまで、絶対に彼らは姿を現しません。バイメタル家がそもそもどこにあるのかも、誰も知らないのですから」


 な、なんて怪しい一族なんだ。

 アリナは朗々と説明した後、スッキリした顔をした。

 とにかく、バイメタルという人たちがとても特殊だということは理解した。

 だから、俺は彼らのことを知らなかったんだ。

 そもそも、選挙なんて誰もが参加できるものじゃない。

 お金や地位がなければ関係ないものなのだから、第一階層出身という、いわゆる最低階層の生まれである俺が知らなくても無理はないのかも知れない。

 王様が決定するなんて、雲の上の出来事だし、俺が生まれた時には、この間亡くなった王様のままだったしなあ。


「でも、選挙があるだけ変わってると思うな。私の生まれた村はそんな余裕なかったし、ユーティリット連合王国は結局世襲制になってるよ?」


「あっ、メリッサさんの故郷では、選挙というシステムが無いんですね? 各選王侯家を王位が巡ることで、権力の固定化、腐敗を防げるという利点があるんですよ。ただ、選挙の間、国のシステムは全てダウンしてしまうのですけれど」


「あちゃー、それは大変だねえ」


 女子たちが笑い合うのを見ながら、俺はボーッとしていた。

 何しろ、今の俺は、ずっと無縁だと思っていたその選挙の世界にいるのだ。

 ばたばたと人が走り回り、各地の商人や貴族に挨拶に行ったり、また、それに伴う交渉をしたりして大忙しのゴールディ家。

 クラリオンの元には、ひっきりなしに会いに来る人がいて、彼らへの対応で大忙し。

 そしてそんな家の動きを、張り付いたような笑顔でずっと監視し続ける、選挙管理委員会ことバイメタル家のトリノ。

 ここは、迷宮にも劣らぬ異世界だった。


「それで、俺達は何をしたらいいんだろうなあ、ペス」


『ガオン』


 大型犬サイズにして、横に召喚したペスに問いかける。

 キメラの彼は、私も分かりませんという顔をして、4つの頭で首をひねった。


「そりゃあもう。多分、これが最後のお仕事じゃない? クラリオンさんの護衛でしょ」


 メリッサが断言してきた。


「護衛だって!? だけど、選挙中なんだろ?」


「それはそうです。ですけれど、この選挙の間に候補者が、不慮の事故や病気で命を落とした場合、その家からは候補者が出なかったという扱いになるのです。ちなみに、過去の歴史でも、候補者が選挙中に事故死(・・・)病死(・・)する例は、枚挙に(いとま)がありません」


 ええ……。

 選挙中の不審死ってことだろ?

 それって、明らかに暗殺じゃないか。

 アリナの説明は凄く分かりやすかったけど、それだけに俺はゾッとした。


「クロリネ家からは、今回候補者が出ていません。そうなるべきであった方は、粛清されてしまいましたから。ですから、ゴールディと争うのは、メルクリーと、二度目の選出を狙うカドミウス、光の神神殿の力をより強めようと狙うプロメトス家。最後のプロメトスは、本来はその気じゃなかったのでしょうけれど、邪神教徒の反乱で第四階層が混乱状態になり、結果的に光の神の教えが階層の方々の復興の支えになったようです。そのことから、支持を得られると考えて出馬したようですね」


「うわあ」


 なんてことだ。

 聞いてるだけで頭が痛くなってくる。

 魔窟だ。

 選挙期間中のバブイルは、正に魔窟だ。

 それにメルクリーって、青の戦士団を抱えてるところだろう。

 そいつら、絶対にあのとんでもない武力で暗殺とか狙ってくるに決まっているじゃないか。


「メリッサ、俺はもう、何をしていいか分からない……」


「ん? 何もやることは変わんないよ? クラリオンさんを期日まで守ればいいの。簡単でしょ?」


「えっ、そんなに簡単でいいの?」


「いいの」


 きっぱりと言ってのけるメリッサ。

 おお……この思い切りがなんとも頼もしい。

 アリナは苦笑する。


「実際、単純化したらそうですよね。ということで、クリスさん、メリッサさん、頑張ってくださいね。もちろん、クロリネ家の次期当主たるわたくしの首も狙われています。わたくしがここで殺されてしまえば、協力関係にあるゴールディ家の失態になりますから」


「ひえー」


 とんでもない話じゃないか。

 つまり俺達は、クラリオンとアリナを両方守らなくちゃいけないわけだ。

 守られる代わりに、アリナのクロリネ家が、知識面などでゴールディをバックアップすると。


「まあまあ、クリス君。やる気になるお話をしてあげる」


「何だよ、メリッサ」


「この選挙が終わったら、さっきも言った通り、私は契約が終わる予定なの。最後の仕事って言ったでしょ」


「ああ。契約が終わるって……ええと、それはつまり」


「そう。私、バブイルから出るの。でね、その時に、君も一緒に来ない? 世界を見てみようよ!」


「……えっ」


 俺の頭が一瞬真っ白になる。

 メリッサと一緒に、バブイルの外へ……!?


「世界は広いよ」


 なんだろう。

 それは正に魔法の言葉だった。

 難しいことだらけでこんがらがり、萎縮しかかってた俺の頭が、急に活性化を始める。


「そうか、そうだよな! 世界は広いんだよな! よっしゃ、やるぞ! メリッサと一緒に外に行くために、俺はやるぞ!」


 立ち上がって吠える俺を見て、ペスが笑ったような顔をしつつ、


『ガオン』


 と鳴いたのだった。

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