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邸宅ぐらしと間抜けな刺客?

「やっほー」


 夕食の前に、いきなり部屋にメリッサがやって来た。


「えっ、えっ、どうしたの!?」


 俺ってば、下着だけになってベッドに転がっていたので、そんな姿を彼女に見られて慌ててしまう。


「えへへー、お風呂借りに来たの。ねえオストリカ?」


「フャン!」


「だって、メリッサの部屋にだってお風呂あるだろ!?」


「みんなで入るのが楽しいんじゃない! 私、ここにいたころはずっと一人だったんだからー」


 どうも、メリッサはみんなでお風呂というのをとても重要視してるみたいだ。


「フャンフャン!」


「あっ、ごめん! オストリカもいたよね。一人と一匹だったね! ……ってことで……」


 メリッサは、目の前でバッと衣服を脱ぎ捨てた。


「う、うわー!?」


 俺は慌てて仰け反る。

 だけど、服の下の彼女は水着だった。

 あ、そういう……。


「みんなで一緒にお風呂はいろ? ここのお風呂って大きいんだからー!」


「や、それは知ってるけど……」


「ってことで、私は先に入ってるから。ペス、トリー、一緒に入ろー! ほら、クリス君は水着に着替えた着替えた。全裸で着たらぶっ飛ばすからねー」


「お、おう! あと、風呂は今……」


「わーっ!! お風呂が淡だらけになってるー!? ポヨンちゃんがご機嫌だー!!」


 うん、ポヨンが自分向けに改造してるんだよな。

 俺が水着に着替える間、浴室からはメリッサの「うわー」という声と、すてーんと転ぶ音なんかが聞こえていた。

 ガオガオ、ピヨピヨ、フャンフャン、ブルブル言ってる。

 楽しんでるなあ。


「どーれどれ」


 俺がてくてくと入っていくと、泡の中でみんながゲラゲラ笑っていた。

 なんと楽しそうなのか。

 ……ていうか、さっきよりも泡の量が増えてないか?

 みんなでわいわいと泡を立て、お湯を出しては掛け合って遊んでいる。

 石鹸をバスタブに突っ込んだな!?


「そこは俺の風呂場なのにーっ!?」


「ここが駄目になっちゃったら私のところに来たらいいじゃん!」


「えっ、メリッサのところに!?」


 ちょっとドキッとする。

 女の子の部屋に行くなんて、ありなのかよ。

 いや、第四階層にいたころは、一緒の部屋で暮らしてたけど……!


「あっ、クリス君の鼻がふくらんでる……エッチなこと考えたでしょ」


「そ、そ、そんなことはないよ……」


 嘘です、そんなことあります。

 俺の脳内はメリッサの水着姿でいっぱいです。

 女子の裸は見たことがないから、いまいち想像ができないけど……。


『ガオガオン』


「ん? ど、どうしたペス」


『ガオー?』


「え? 外で音がする……? だって、この屋敷には、俺とメリッサの他は使用人のおばさんたちしかいないだろ? 掃除に来たんじゃないかなあ」


『ガーオ』


「分かったよ。ペスは心配性だなあ」


 キメラのペスに促されて、俺は彼と一緒に外に出て行った。


「誰かいるの……か」


「おっ」


 窓が開いていて、そこから黒覆面の男が何人もいる。

 目が合った。


「こ、殺せーっ!!」


 黒覆面は目を血走らせて叫ぶ。

 彼らは俺に向けて、一斉にクロスボウを構えた。


「うわーっ! 洒落にならないって!」


 俺の銃は、ちょうどベッドの横。風呂に入る時は外すよなあ。

 運が良かったのは、召喚モンスターたちを全員外に出していたことだ。

 ひゅんひゅんと音を立てて、俺に向かって矢が放たれる。


「わーっ!!」


 悲鳴をあげる俺の前に、ペスが飛び出した。

 今は大型犬サイズなので、防御力が落ちているのにだ。

 さくさくっと矢が刺さって、『ガオーッ』と悲鳴をあげる。


「ぺ、ペス! くっそお!」


 俺はペスを下がらせる。

 銃を取り返さなきゃ。

 魔銃さえあれば、俺は負けない。

 っていうかこいつら何なんだ。


「おい、こいつの武器は銃だ! 銃を回収しろ!」


「うわっ、気付かれた!」


 やばい!

 黒覆面はベッド脇に置いてある俺の銃に気付いてしまった。

 そして、奴らの一人が銃を回収しようとする。

 手を伸ばし、トリニティを握った。

 その瞬間、握った男の動きが止まった。


「おい、どうした?」


「あ、あがががががががががっ」


 男はぶるぶるぶるっと全身を痙攣させる。

 そして、一瞬その姿が膨れ上がったかと思うと、ぎゅるるるるっとトリニティめがけて猛烈な勢いで縮んでいった。

 あれは……。

 男の体が、小さく凝縮され、弾丸のような形になってしまった。

 そしてそれは、形を保つことができず、半ばからポキリと折れた。


「な、なにぃっ!?」


 どよめく黒覆面。


「やばいぞ! こ、これ、オリジナルだ! 触れるな! 死ぬぞ!!」


 よし、黒覆面達が銃から距離を取った!


『ピヨ!』


「ああ、トリー! 思いっきりあれを俺に向けて蹴飛ばせ!」


『ピヨーッ!』


 トリーが猛烈な勢いで飛んでいった。

 そして、トリニティを掴むと、ぐるりと回転しながら俺に向かって投げ飛ばしてくる。


「しまった!!」


 黒覆面が慌ててナイフを抜き放つ。

 クロスボウの装填は間に合わないだろう。

 その代りに、刃が黒く光るナイフが俺に向かう。

 だが、今の俺には銃がある。

 キャッチしたトリニティで、投擲された刃を受け止めた。

 ただの刃物で、オリジナルである魔銃に傷をつけることなんて出来ない。


「ペス! 巨大化だ!」


『ガオオオオオンッ!!』


 トリニティが輝く。

 その光を受けたペスが、本来のサイズに戻った。

 俺の魔力を吸収してか、ペスの傷がどんどん治っていく。


「くっ、あのキメラはまずいぞ! 青の戦士団をも相手取れるという話だ! 退け、退けー!!」


 慌てて窓から逃げ出す、黒覆面たち。


「トリー! 全員叩き落とせ!」


『ピヨーッ!!』


 トリーもまた、窓の隙間から飛び出した後、元のサイズに戻った。

 そして、次々と窓際の覆面達をつまみ出し、地面に叩きつけていく。

 結構な高さがあるからな。

 ただでは済むまい。

 慌てて屋内に留まった奴は、ペスが上から伸し掛かって捕らえた。

 終わってしまえば、一方的だ。


「大丈夫、クリス君!?」


 泡だらけのメリッサが浴室から飛び出してきた。

 腕にはオストリカとポヨンを抱っこしている。

 というか、髪が濡れて、肌が石鹸でつやつや光っていて、とても目の毒だ。


「あちゃー。私が準備してる間に片付けちゃったんだね。クリス君、強くなったなあ」


 しみじみ言いながら、メリッサはぺたぺたとやって来た。

 ペスに潰されている覆面をじいっと見ている。


「えいっ」


 おもむろに覆面を剥がした。


「う、うわっ。ええい、こうなれば情報を漏らさぬために自害を」


「ペス」


『ガオ』


 ペスの尻尾蛇がにょろりと動き、男のお尻をがぶりと噛んだ。

 すると、元覆面男は痺れてしまい、動けなくなった。


「一体こいつら、何だって言うんだ」


 俺はメリッサの方をなるべく見ないようにしながら、痺れた男をつついた。


「うん、間違いなくゴールディさんところの誰かが送った刺客だね。私達が目障りだったんでしょ」


「げっ、一族で刺客を送り合うとかするのか」


「するよー。まだゴールディさんのところも一枚岩じゃないんでしょ。クラリオンさんをよく思ってなくて、引きずり下ろしたい人がいるの。クラリオンさんじゃなきゃ、絶対に王選挙勝てないのにねえ」


 メリッサは肩を竦めながら、扉まで歩いていった。

 そこに据え付けられたベルを鳴らす。

 やがて、使用人のおばちゃんたちがやってくるだろう。

 生け捕りにされた覆面は、情報を吐き、クラリオンは裏切った身内を粛清したりするのかもしれない。

 だけど、今回俺が一番ビックリしたのはこれだ。

 ベッド脇に、覆面の男だったはずの壊れた弾丸が転がっている。

 手で触れると、錆びて脆くなった金属のように、ボロボロと崩れ落ちていった。

 これが、オリジナルの魔銃に選ばれないものが、勝手に触ってしまった末路。

 恐ろしいなあ……。

 メリッサは触っても大丈夫だった気がするんだけど、それはメリッサだもんなあ。

 とりあえず、魔銃は誰にも触らせないようにしておこう……。

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