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ゴールディ家のお歴々?

 広大な取引所の奥にあるエレベーターを上ると、いきなり視界が一変した。

 たくさんの商品が並ぶ人工的な空間が、一面の緑色に変わったのだ。


「なっ、なんだってー!?」


 俺は思わず叫んでいた。

 まさか取引所の上に、どこまでも庭園が広がっているなんて思いもしないに決まってる。

 庭園の端は凄く遠くに見える。

 これは、ゴールディ家のあの大きな扉の上辺りだろう。

 そして、よく手入れされた木々や花壇があちこちに作られていて、そのどれもがとんでもなくスケールが大きい。


「むう……相変わらず、ゴールディ家は羽振りが良さそうで羨ましい限りです」


 ちょっと悔しそうに、アリナが言う。

 彼女が次期当主となるクロリネ家も、敷地は広い。

 重層大陸バブイル最大の図書館を持っていて、しかも敷地には無数の本を納めた建物がたくさんあるのだが……。

 確かに、庭はあんまり手入れされてなかったな。

 あれって、庭を綺麗にするだけのお金が無いんだろうか。

 むぎぎ、と歯噛みするアリナを見てると、どうもそれっぽい。

 この話題には触れないでおいてあげよう。


「何を仰るのですかアリナ様。これからクロリネ家もゴールディの同盟者。健全に経済を動かして得られた富は、バブイルの知識を守るために使われることでしょう」


 グリューネがアリナに囁く。

 すると、アリナの表情はふんわりと和らいだ。


「そっ、そうでしたね」


 余裕を取り戻したアリナ。

 俺の隣まで来ると、ゴールディ家の庭園について色々話し始める。


「そもそも、重層大陸は上に行くほど敷地が縮小していきます。この第六階層はその小さな土地に、三つの選王侯家が集まっているのですから、土地の活用は重要な課題なんです。だからこそ、ゴールディはその経済力を活かして、取引所を大きく作り、その上に彼らの居住空間を築き上げたのです」


 アリナは得意げに、メガネをクイッと持ち上げる。

 俺が周囲を見回すと、まず背後にある大きな館が眼に入った。

 あれがゴールディの本家だろう。

 そして、遠く離れて幾つかの家がある。

 分家かな?


「それでね、私とクリス君が泊まるのは、あっち! 残念ながら本家の建物じゃないんだよね」


「本家はホールや複数の会議室があり、クラリオン様の生活空間以外はあまりスペースが無いのです。理解して下さい」


 メリッサとグリューネの説明に、俺はふんふん、と頷いた。

 分家の建物と言っても、大きい。

 第四階層で俺とメリッサが泊まっていたホテルよりも大きい。

 この世界を動かしている、五大選王侯家の一つなんだから、それくらいのスケールは当たり前だろうか。

 アリナはまた別の客間をもらうらしくて、ここで俺たちはお別れとなった。


「クリスさん! またお会いしましょう!」


「うん、また!」


 手を振るアリナに、こちらも手を振り返す。

 メリッサはそれを見て、ニヤニヤした。


「クリス君、何気にアリナさんに気に入られてるねえ。モテモテー」


「か、からかうなよー」


 肘で突かれて、悪い気はしないが、俺はそういうんじゃない。

 俺はずーっと、メリッサ一筋だ。

 第二階層と第一階層で自分の気持ちを確認してから、俺はいつか彼女に気持ちを伝えようと決心していた。

 今はただ、踏ん切りがつかないだけなんだ。

 そう、今はまだその時ではない……。


 案内されたのは、大きな部屋だった。

 残念ながら、メリッサとは別室。

 俺を担当するのは、メイドのおばさんだ。


「お着替えを用意しときますからね。この後、本家でご報告があるんでしょう。ああ、それから、グリューネ様からはクリス様がモンスターを召喚できる方だってことは聞いています。こちらの部屋は、モンスターを召喚しても大丈夫なように頑丈にしてありますから。どうぞご自由に」


「ありがとう!」


 それは嬉しい申し出だ。

 メイドのおばさんが退出すると、俺はすぐに三匹のモンスターを呼び出した。


「ペス! トリー! ポヨン!」


『ガオン!』


『ピヨ!』


『ブルー』


 幸い、この部屋には専用の浴室もついている。

 これでヒッポカンポスのポヨンも安心して過ごせるというものだ。


『ヒヒン』


「えっ、ポヨンもこっちでみんなと遊びたいの?」


『ブル』


「分かった。じゃあ、たらいを持ってきてもらおう」


『ガオーン!』


『ピヨヨー!』


 ペスとトリーも喜ぶ。

 なんか、さすが、話の分かるご主人様だぜ! とか、ご主人様愛してるー、とか言ってる。

 俺としては、召喚モンスターたちが仲良しであることは大事だし、そのために出来る事はなんでもやるつもりだけどね。

 たらいを用意してもらい、水を溜め、そこにポヨンを入れた。

 そして、俺は用意された服に着替える。

 うわあ、なんだこの生地。

 ふわふわしていて、さらさらで肌触りが凄くいい。

 装飾みたいなのがちょっと重いけど、それは許容範囲だろう。

 俺は、いわゆる貴族の服みたいな格好になっていた。


「クリスくーん」


 ノックと共に、メリッサの声がした。

 迎えに来たらしい。

 扉を開けると、メリッサも俺みたいな、そしてちょっと女の子っぽい意匠がされた貴族ルックになっている。

 ドレスじゃないんだなあ。

 こっそり、肩とか胸元が開いたドレスを想像していた俺。

 ちょっとがっかり。スケベと笑わば笑え。


「あっ、ポヨンちゃんもたらい用意してもらったんだね。ほーら、オストリカ。みんなと遊んでおいでー」


「フャーン」


 メリッサの腕から、赤猫が元気に飛び降りてきた。


『ガオーン』


 走ってくるペスが、尻尾の蛇を伸ばす。

 オストリカはぴょーんと跳ねて、蛇にしがみついた。

 うーん、仲良しだなあ。


「ほんと、クリス君がいてくれて助かるよ。オストリカ、一人でお留守番するとぐずるからね。連れてくと、ゴールディさんちの他の人がうるさくて。でもペスちゃんたちがいるから安心だね」


 メリッサは優しい目をしてそう言った。

 助かる、という言葉は嬉しいな。

 でも、召喚モンスターだけじゃなく、俺自身を認めてもらえるように頑張らなくちゃ。


 俺たちは分家の建物から出て、本家へと向かった。

 さて、本家の中。

 出迎えたグリューネに連れられ、大きな建物の三階まで上る。

 そこは、館の中心にある広大な空間。

 大会議室だ。

 とても長いテーブルが置かれていて、そこに何人ものおじさん、おばさんがついていた。

 みんな難しそうな顔をしている。

 テーブルの上座に当たる部分には、クラリオン・ゴールディ。

 彼のすぐ隣には、おっとりした印象の、優しげな女性がいる。奥さんかな?


「よく来てくれた、二人とも。では、闇の女神教団についての報告を聞こう」


 クラリオンの言葉と同時に、ゴールディ家一同の目が俺に注がれた。

 うおお、凄い圧迫感!

 俺の背中を、なんだか冷たい汗が流れていった。

 緊張で、手足が震える。頭が真っ白になる。

 だけどメリッサは違った。


「はい。私がこの前に話したとおり、闇の女神教団は大丈夫です。いい人たちですよ」


 サラッと報告して、そのまま口を閉じた。

 すごい。

 肝が太いにも程がある。


「ばかな。あれほど怪しげな風体の連中だぞ?」


「話を聞けば、いつの間にか他の階層にも浸透しているそうじゃないの」


「腹に一物持っているのではないか? また邪神教団のように貧民を従えて暴れだす前に、潰しておいた方が良かろう」


 うわあ、ゴールディ家の人々が、顔をしかめながら口々に厳しいことを言う。

 だけど、それはみんな見た目の印象ばかり。

 自分の目で確かめたものじゃない。


「あ、あの!! 闇の女神教団は、俺も一緒に働いてみましたけど、ちゃんとした人たちです! 見た目とか言うことはとても怪しいですけど、やってる事は貧しい人たちを応援して、一緒に汗水流して働いて、頑張る理由ややりがいを出して……みんな最後は笑顔になってました! みんなで助け合おう、でも無理はしなくていい、常に七割くらいの力で疲れすぎないくらいに頑張ろうって」


「なんだお前は」


「召喚士? そんな怪しいものが勝手に発言を……」


 うわー!

 俺が勇気を振り絞った発言をスルーして、立場を叩き始めたぞ。

 なんだ、なんなんだこの人たち。

 本当にゴールディなのか?

 凄くわからず屋だぞ。

 ここでメリッサは、無表情のままテーブルの上に手を差し出して……。


 ドンッ!!


 と叩いた。

 バリッ、とテーブルに亀裂が走る。

 その音が響き渡る。

 ギョッとしたゴールディの人たちが黙り込んだ。


「皆さん、あの騒ぎの時、何をしてたんですか? 私が聞いた話だと、みんな下の階層の騒ぎをほったらかしにして、どこかに隠れて身の安全だけ考えてたとか。ここにいるクリス君は、第一階層の生まれです。だけど、第四階層の人たちが大変な時に、みんなの命を救うために戦ったんです。命をかけて戦ったんです。そして邪神バラドンナをやっつけています! それに文句があるんですか? 怪しいなんて言えるんですか?」


 ゴールディの人たちが、口をもごもごさせる。

 メリッサが指摘したことは事実だったみたいだ。

 この人たち……いや、こいつら、第四階層とか下の階層が受けた被害を無視して、自分のことだけ考えてたのか……。


「だ、だが我々が死ねば大きな経済損失がだな」


「経済って、生きてる人みんなが関わってるでしょ。あなたたちだけじゃないです。下の階層の人たちみんなが動いて、それでお金が回るからゴールディさんのところはお金持ちでいられてるんじゃないですか? それとも、お金を使う人が誰もいなくなっても構わないって言うんですか」


 今度こそ、シーンと会議場が静まり返った。

 ゴールディの人たちは、真っ青な顔をしている。

 ただ一人、いや、二人。

 クラリオンは嬉しそうに頬を緩めているし、彼の奥さんはとってもニコニコしている。


「ねえクラリオン。とってもいい子たちね。わたくし、彼らのことが好きになってしまったわ」


「ああ。彼らの活躍のお陰で、今の私の立場がある。そうだ、我らゴールディが支配する経済とは、多くの人によって支えられているもの。全ての階層に住まう民がいなければ成り立たぬものだな」


 ゴールディ家当主にして、最も次の選王に近い男、クラリオン・ゴールディ。

 彼のこの言葉で結論は出た。

 ゴールディは闇の女神教団を支持する。

 それは他の階層の復興に尽力し、貧しい第一階層の人たちも、第四階層の人たちも、みんなを支援するということだ。

 これ、多分決まったんじゃないかな。

 クラリオン・ゴールディは次の王になる。

 俺はそんな確信を持った。


 なんか、俺の言葉は、クラリオンの手のひらの中だったんじゃないかと思えてくる。

 だけど、これは正しいことだ。

 悪い気分はしなかった。

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