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そして第六階層へ

 青の戦士団団員、影使いのソンブレロを捕まえた俺たち。

 その後、第一階層での闇の女神教団の活動もしっかりと眺め、その報告をすべく第四階層へ向かったのだった。

 ちなみに、ソンブレロもふんじばって連れてきている。


『ガーオ』


 ぺしんぺしん。


「フャンフャン」


 ペチペチ。


「ふぐぐー! ふぬーっ! ふぬぬー!!」


「ペス、オストリカ! ソンブレロで遊んじゃいけません!」


 俺が叱ると、二匹とも知らん顔をした。

 目を離すと、ソンブレロにぺちぺち肉球アタックを始めるのだ。

 ダメージは無いと思うが、ペスの肉球アタックは痛かろうなあ。


「二人とも、ソンブレロとは二回やり合ったから、すっかり敵だって意識しちゃってるのね。ま、結構これでも抑えてる方だと思うけど」


「だろうなあ。ペスが本気なら、今頃胴と首が泣き別れだ。ソンブレロ、うちのモンスターたちの自制心に感謝しろよ」


「ふぐぐーっ」


 胴と首が泣き別れと聞いて、真っ青になるソンブレロ。

 縛られていると、てんで気弱になるんだな。


『ピヨ』


「トリーは行かないのか?」


『ピヨ、ピーヨー』


「弱い者いじめはしない、と。優しいなトリーは」


『ピヨピヨ』


「ペスちゃんも大概優しいと思うけどね」


 そんなやり取りをしつつ、第四階層へ上がっていく。

 ふと、妙な音がした。

 飛んでくる者がいる。

 魔導エレベーターが階層の天井に達する寸前、それは乗り込んできた。


「無事に視察を終えたようですね」


「グリューネ!」


 乗り込んできたのは、小型のドラゴンだった。

 それが俺たちの前で、人の形に変化していく。

 クラリオン・ゴールディの側近、竜人のグリューネだ。

 彼女の姿を見たソンブレロが、ばたばたと暴れ始める。


「怖がってる?」


「怖がってるなあ」


「フャン」


 オストリカがちょろっと出てきて、ソンブレロの口を塞いでいた猿ぐつわをペチッと跳ね除けた。

 

「あっ、喋れるようになった」


「はっ、はっ、はあっ!! て、てめえはゴールディのところの竜人! お前、主人を放っておいて俺なんかの所に出てくるのかよ……!?」


 なんだ?

 ソンブレロがやたらと怯えている。


「なんで怖がってるの?」


 俺が聞くと、ソンブレロが目を剥いた。


「ば、馬鹿野郎!! この女はなあ、一人でうちの団員を何人も相手できる化物なんだよ! こいつとそこの小娘がいたから、クラリオンには手を出せなかったんだ!」


 小娘って、メリッサのことかな?

 うちのメリッサは、ニコニコしている。

 それにしてもソンブレロは、そこまでペラペラ喋っちゃっていいんだろうか。

 グリューネはフンッと笑うと、彼を指さした。


「ね? よく喋るでしょう? だから、ゴールディの屋敷に直接連れて行きましょう。尋問、拷問、場合によっては頭の中をかき回して情報を引き出す手段なんて幾らでもありますから」


「ひ、ひぃーっ!」


「第六階層まで一気に行きましょう。ご案内します」


 おっと!

 いきなり、俺たちの行き先が変わってしまった。

 第四階層、五階層を飛ばして、一気に未知の第六階層へ。

 そこは、ゴールディ家とメルクリー家、カドミウス家が領地を構えている階層だったはずだ。


「途中で協力者を拾っていきます」


「協力者?」


 当たり前みたいな顔をしてグリューネは言うのだけれど、協力者って誰だろう。

 メリッサも分からないみたいだった。

 俺たちは首を傾げながら、第四階層に到着。

 ここから、第五階層以上に向かう別の魔導エレベーターに乗り換えた。

 このエレベーターは、一般市民では乗ることが出来ないのだ。


「一般に解放されたエレベーターもあったのですが、邪神教団の反乱以来、そちらは封鎖されています。今は特別な許可が必要な専用エレベーターしかありません」


 ぐんぐんと登っていくと、次は第五階層。

 ここで、協力者とやらが乗り込んできたようだ。


「こんにちは、クリスさん! メリッサさん!」


 それは、見覚えがある眼鏡の女の子だった。


「アリナ!」


「はい。わたくしです。アリナ・ビーツ・クロリネ。お陰様で、クロリネ家の家督を継ぐ資格を得ました」


 彼女以外のクロリネ家重鎮が、邪神教団と関わっていたらしい。

 彼らは今回の騒動で失脚という名で投獄なり、処分なりされ、残ったアリナがクロリネ家次期当主に収まったのだと。


「彼女が、ゴールディの協力者です。クロリネ家の全面的な協力を得られるなら、大変心強い」


「はい。我がクロリネ家が持つ知識の力、ゴールディ家がこの王選を勝ち抜くための助けとさせていただきます」


 グリューネとアリナが、妙に仲良くなってる。


「メリッサ。あの二人、知り合いだったんだなあ」


「うん、なんていうかね。政治的な関係なわけ。クリス君にはまだちょっと早いかも?」


「……?」


 なんだか今、子供扱いされた気がする。

 俺とメリッサやアリナじゃ、まだ二つくらいしか年が違わないはずなのに。

 ……あっ。

 気付いたらこのエレベーター、俺以外は年上の女子ばっかりじゃないか!

 むむむむ、い、居づらい。


『ガオン』


「ペス、何を同情するみたいに俺の肩叩いてるの……」


『ピヨピヨ』


「あっ、なんかトリーが羽でポフポフやる感触が優しい」


 俺を分かってくれるのはモンスターだけだなあ。


「なぁに一人で黄昏れてるの、クリス君。別に政治のことなんて分かんなくていいの」


 専門的な話をし始めた、グリューネとアリナ。

 メリッサは俺の隣に来てペスのヤギ頭をもふもふし始める。


「いやあ、でもさ。なんか、全然事情とか話の中身とか分かんないから悔しくてさあ」


「いいのよ。だって、私が昔旅した時、勇者の人も大魔導の人も、政治全く分からなかったもの。そんなの分からなくても、飛び抜けた力があればそれだけで世の中って動くものよ」


「そんなものかなあ……。っていうか全然参考にならない話だ」


 なんだ、飛び抜けた力って。

 そりゃあ、魔王を倒した勇者っていうのは、普通じゃないんだろうけど。

 全く想像がつかない。


「なら、会ってみればいいんじゃない? 本人に会えば参考になるかもよ?」


「へ? 会うって」


「まだせいぜい、六年前の話だもの。勇者も大魔導も普通に暮らしてるよ? かなり遠く遠く、海を超えていかないといけないけど。私はそこから来たの」


 振り返ったメリッサが指差すのは、彼方に見える海の、さらに向こう。


「だから、政治とか分からなくても、今のクリス君のままでもなんとかなる!」


 凄く力強い励ましだ!

 明確な話を何もしてないような気がするけど、俺は元気が出てきた。

 そして、眼下にクロリネの大図書館と、プロメトス家が所有する、光の神の大神殿が見える。

 それはどんどん小さくなっていき……。

 やがて俺たちは第五階層の天井に飲み込まれた。

 暗闇の中を昇っていく。

 周囲を包む大地は、もうすぐ第六階層地面になるのだ。


「光だ」


 照りつける輝きが見えてくる。

 第六階層。

 重層大陸バブイルの、上から二番目にある階層。

 俺みたいな最下層の生まれの人間が、本来なら絶対に拝むことが出来ない場所だ。

 三つの音が聞こえてきた。

 一つは、風が草木を撫でる音。

 一つは、石畳を行き交う人々の足音。

 一つは、鋼と鋼が打ち合わされる音。

 選王侯家最大の三つが存在するこの階層。

 とんでもないカオスが俺に降りかかる予感がした。

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