雪辱のソンブレロ?
悶々としていたら、そろそろ夕方だ。
「今日中に第一階層まで見ちゃおう! それで、泊まりは久々に冒険者の店周りでさ」
「そうだなあ……」
メリッサの提案に異はない。
ということで、俺たちは再び魔導エレベーターに乗り込んだ。
「第一階層はですね。もう私達教団が、しっかりと布教をしているところでですね。ただ、見回りの兵士の方が物分りが悪くて困ってるんです」
「そうだろうねえ。兵士は別の選王侯家の息が掛かってるだろうし、その一つのプロメトス家としては、他の宗教に入ってこられたら迷惑だもんねえ」
「メリッサ様の力でなんとかなりませんか!」
「私はあくまでゴールディさんところのお客さんだからー」
メリッサが困っている。
ドゥリエルのために何かやってあげたいとは思っても、現実問題難しいんだろうなあ。
力づくで……というわけにはいかないだろうし。
結論は出ないままに魔導エレベーターは降りて行き、気がつくとそこは第一階層。
俺としては数カ月ぶりということもあり、懐かしさを覚えていた。
ここにいたころは、あんなにも閉塞感を覚えていたというのに。
「なんだろうな……複雑な気分……」
「はいはい、お二人とも! 教団はこっちのスラムにちょうどいい教会があったので、そっちを拠点にですね!」
「その教会って、邪神教団が使ってた建物?」
「多分そうですねえ。最初にあったバラドンナの彫像は薪にしちゃいました!」
わお、アクティブ。
別の神様とは言え、神様の彫像を燃やすとか。
「薪が足りないので、その辺の空き家を壊してどんどん燃やしてます!」
「攻めてるなあ」
ドゥリエルに案内され、スラムの方に行く。
ここからは、たくさんの人々が邪神に踊らされて駆り出された。
その結果、俺が知っているスラムと比べると、ガランとしてしまっている。
だが、静寂に包まれているわけじゃなかった。
バラックが連なる先で、妙に空間が空いている。
闇の女神教団がみんな薪にしてしまったんだろうが、なんだかそこから、バタバタ、わあわあと騒ぐ音が聞こえてくる。
「これは何かが起きているね!」
メリッサが真面目な顔になった。
彼女はドゥリエルの手を引くと、猛烈な勢いで走り出した。
「クリス君も! 魔物たちを召喚しておいて!」
「分かった! あいつらが必要になる事が起きてるんだな!」
俺もメリッサに続いて走りつつ、トリニティを使った。
連続して、ペス、トリー、ポヨンを召喚する。
ただ、ポヨンは地上で早く動けないので、小さくなった彼を俺が抱っこしていくことになった。
『ブルルー』
『ピヨ!』
『ガーオ!』
こら、トリー、ペス! 自分たちも抱っこして欲しいとかワガママ言ってはいけない。
モンスターたちを従えて走る俺に、スラムに残った住人たちが驚いて道を開けてくれる。
「はわわわわ! メリッサ様、速すぎますー!」
手を引っ張られているドゥリエルが悲鳴を上げた。
魔族である彼女もついていけないくらい、メリッサは凄い勢いなのだ。
「あっ、ゴメン! じゃあおんぶするね!」
メリッサは一言謝ると、、ドゥリエルを事も無げに背負ってしまった。
そしてまた、凄い勢いで走っていく。
「みんな、メリッサに遅れるなよ! 行くぞ!」
三匹の召喚モンスターに号令を出しながら、俺も急いだ。
ちなみに背負われているドゥリエルだが、いつの間にか、彼女のフードに赤猫ことオストリカが納まっている。
フードのサイズが丁度いいらしく、ご機嫌で「フャンフャン」言っている。
ペスが羨ましそうな顔をした。
「ペスはちょっと、フードに収まるには大きいもんなあ。だけど、お前キメラなのに性格は猫なんだな」
『ガオ』
複雑な思いを込めて、ペスが答えた。
さあ、そんなやり取りをしているうちに到着だ。
家並みを飛び出すと、そこは開けた空間。
元々あったはずの家は全部壊され、薪になって束ねられている。
そして、空間の中央にある教会に、闇の女神教団信者たちが集まっていた。
「うわあー、教会を守れー!」
「オーエス、オーエス!」
教団員がスクラムを組んで、何かから教会をかばっている。
その何かと言うのは……。
覆面を被った、戦士らしき男だった。
一人だけじゃない。
同じように覆面を被ったのが十人くらいいる。
彼らは覆面ばかりではなく、姿かたち、背格好まで同じ。
手にしているのは一様にナイフで、これを次々に教団員へと投げつけていた。
「はっはっはっはっは! 教会をこの俺の手から守るだと? 笑わせてくれる! どうせそこには、衆目に晒せぬようなおぞましい神像が飾られているのだろう! お前たちを殺して、神像を主の元に持っていく! そうすれば貴様ら教団と関わったゴールディは終わりだ!」
「分かりやすい。あいつ、ゴールディと敵対する奴か! トリー!」
『ピヨー!』
俺の命を受けて、ハーピーのトリーが元のサイズに戻る。
その大きさは、俺やメリッサと同じくらい。
これが目にも留まらぬ速さで覆面の一人に襲い掛かり、その頭を掻き毟った。
「ぬぐわあっ!? 第一階層にモンスターだと!? ま、まさか!」
覆面が千切れて落ちる。
その下にあった顔は、見覚えがあるものだった。
青の戦士団、ソンブレロ。
分身能力を持ち、たった一人で軍隊みたいな真似ができる奴だ。
「こらー! やめなさーい!!」
メリッサはとても怒っている。
その辺から薪の束を拾い上げ、それを次々にソンブレロへと投げつける。
「うおおお!! 誰かと思ったらやはり貴様らか!! 第四階層で掻かされた恥を、今こそ雪ぐ時!!」
今まで教会に向いていたソンブレロの注意が、俺たちに注がれる。
この隙に、ドゥリエルが教会の方へ走った。
「させるか!」
それを見逃さないソンブレロが、ドゥリエル目掛けてナイフを投げる。
だが、俺だってそうなることは予想済みだ。
ドゥリエルが抱っこしているのは、俺の召喚モンスター、ポヨンなのだ。
『ブルルー!!』
ポヨンが何も無い空間から、水を呼び出した。
放たれた水流が、投げナイフを打ち落とす。
「行くぞペス! 全部の頭で総攻撃だ!」
『ガオーン!!』
ペスは大きく吼えると、元のライオンサイズまで巨大化して飛び出した。
ソンブレロたちに突っ込みながら、ヤギの頭が呪文を唱え、黒い魔法の弾丸を周囲に撒き散らす。
ドラゴンの頭は炎のブレスだ。
ペスの左右で、次々と分身のソンブレロが倒されていく。
後ろから攻撃しようとした相手には、蛇頭の尻尾が牙を剥く。
「くうおおっ! モンスターめ!! だが、モンスター相手の戦い方なら心得ているぞ! 周囲で一度に攻撃をすれば……」
「俺を忘れるな! サンダラー!!」
俺は、青い魔銃を抜き打ちで放つ。
超高速の弾丸が、動こうとしたソンブレロの一人を撃ち抜いた。
「召喚士ぃぃぃっ!!」
「前回よりも、俺は強くなっているし、モンスターのみんなだって成長しているんだ。お前の手数にはもう惑わされないぞ!!」
「抜かせえっ! 貴様が来たならば好都合だ! 闇の女神教団ごと、目障りな召喚士を叩き潰してくれる!!」
そう叫ぶなり、ソンブレロの数が増えた。
今度のソンブレロたちは、手にしている武器が違う。
盾だったり槍だったり、弓だったり。
この間の戦法か!
放たれる弓を、俺は転がりながら躱す。
メリッサはメリッサで、薪を武器にソンブレロたちと渡り合っているようだ。
「あーん、もう! 私の魔物がいたら、すぐに終わるのにー!」
「大丈夫だメリッサ! それは俺が代わりにやるから!」
俺はもう一度、トリニティを抜いた。
三つの銃口を持つ、異形の魔銃が輝く。
「トリー! ペス! 複合召喚だ!」
『ガオーン!!』
『ピヨー!』
俺は地面を転がり、ソンブレロたちの攻撃を避ける。
そうしながら、弾丸に戻った二匹のモンスターを回収した。
トリニティの銃身が折れ、シリンダーがあらわになる。
そこへ弾丸を装填だ。
「行くぞ! 複合召喚!! 来い、グリフォーンッ!!」
『ケェーンッ!!』
ペスとトリーが一つになり、複合召喚モンスターグリフォンとなる。
大型の牡牛ほどもあるグリフォンは、翼を広げると小さな家なら包み込めそうな見た目になる。
同じ複合召喚モンスターのペガサスが運搬能力、飛行能力重視なら、グリフォンは……。
「グリフォン、突撃だ!」
『ケンッ! ケェーンッ!!』
グリフォンは高らかに嘶くと、翼を地面に叩き付けるようにして、ふわりと浮かび上がる。
一度の羽ばたきで舞い、次の羽ばたきで、超高速の飛翔に移る。
その姿は、まるで巨大な黄金の弾丸だ。
「な、な、なんだこれはーっ!!」
驚愕の叫びを上げながら、ソンブレロたちが次々に吹き飛ばされていく。
触れたソンブレロは、文字通り粉々になって消えていった。
その場にいた全ての敵を、グリフォンは鎧袖一触で倒していった。
圧倒的な破壊力!
「やほー! 助かったよー!」
メリッサが、ちょっと向こうでピョンピョン跳びはね、無事を伝えてくる。
怪我も無いみたいだ。
ちなみに、倒されたソンブレロは、その全てが幻のように薄れ、消えていった。
一人残らず、全部が分身だったらしい。
だとしたら、本体はどこに……?
俺は注意深く辺りを見回す。
『ケンッ!』
俺の横に降り立ったグリフォンが、その優れた視力で見つけ出したようだ。
いた!
大きく俺たちを迂回して、教会に向かおうとしている!
「グリフォン! ちょっと撫でてやれ!」
『ケェーンッ!』
「う、うわあやめろ! 俺は本体だぞ!? やめろ、やめてくれーっ!?」
ソンブレロの悲鳴が響き渡る。
少し後には、青の戦士団、影使いのソンブレロは、白目を剥いて地面に転がされたのだった。




