農業に汗水流す女神教団?
第二階層まで降りてきた。
ここまで来ると、邪神教団の反乱で起きた被害がよく分かる。
あちこちの農地が掘り返され、家々は破壊され……。
見るも無残な有様だ。
だけれど、それが故に復興をしようと頑張っている人たちの姿も目立つようになっていた。
「黒ローブはいないようだけど」
「野良仕事をしてるときにあの格好だと、暑くてかなわないですからね。そう言うときは脱ぎます」
「結構自由なんだなあ……」
ドゥリエルの説明を受けながら、視察をして回る俺たちだ。
誰が現地の人で、誰が教団の人なのか、一見しても見分けはつかない。
メリッサは俺よりも先を行きながら、働く人々に気さくに話しかけている。
それも、邪魔にならないような会話だ。
何か足りないものはないかとか、怪我をしてるものはないか。
ゴールディからもらった独立裁量証を見せながら、情報収集して回っている。
「立派だ」
こう、きちんとした彼女の姿に、我ながら惚れ直すというかなんというか。
……あれ? 惚れ直す?
……どうやら俺は、メリッサのことが好きなのかも知れない。
ムズムズしてきた。
猛烈に体を動かしたいぞ!
「クリス君、気持ちは分かるけど一緒に働いたらダメよ」
「えっ、なんで!?」
気づいたら真横にメリッサがいて、機先を制された。
彼女は唇の前に指を立てながら、
「働いたら、その場所を直すことはできるけど、他の所に目が届かなくなっちゃう。キータスちゃんの信者さんが手伝ってくれて、人手は割と足りてるの。だから私たちは、私たちしか出来ないことをしなくちゃ」
「へえー……」
俺は目を丸くするばかりだ。
メリッサ、ちゃんと大人っぽいことも言えるんだ。
っていうか、最近の彼女がポンコツ過ぎただけかもしれない。
どっちが本当にメリッサなのだろう。
「ええ! 我が教団に労働はお任せください! それなりに世界魔法による回復を行える者もいますから、怪我をしても安心です!」
「世界魔法を使えるって、それ凄いことなんじゃ……!?」
闇の女神教団、恐るべしだ。
バブイル国教のユービキス信仰は、徳の高い司祭や説教が上手い神官はいるけれど、世界魔法まで使える人間は少ない。
ダリアのパーティにいたリュシーは、そんな数少ない神官の一人。
それでも、世界魔法の中の二つか三つしか使えないと言っていた。
その魔法の使い手が、それなりにいる?
海を渡ってきた闇の女神教団の人数は、多いと言ってもたかが知れている。
その中に何人も世界魔法を使える人間がいるなら、それって凄いことなんじゃないか。
「疲れたか? よし、体力回復の魔法を使うぞ。集まれー」
向こうでは、ねじり鉢巻に腕むき出しの作業着姿をした大男が、作業をしていた人たちを集めている。
そして、むにゃむにゃ詠唱すると、彼らの周りに光が降り掛かった。
肩で息をしていたり、ぐったりしていた人たちが、急に元気になる。
「おお、疲れが取れた!」
「これならまだ仕事ができそうだ!」
「あくまで体力が回復しただけで、食い物や水は必要だからな。我が教団がそれを用意してあるから摂取していくように……」
大男が宣言すると、人々はわーっと盛り上がり、「闇の祝福を世界に!」とか言っている。
あっ、布教完了してるじゃないか!
「ねっ」
ドゥリエルが得意げな笑顔を見せた。
闇の女神教団に対する判断、保留!
△▲△
第二階層を進んでいくと、つい数ヶ月前に、俺とメリッサとダリアのパーティでハーピーと戦った辺りにやって来た。
この辺りにも復興作業をしている人たちはいて、みんな一生懸命に汗水を流している。
だが、不思議とみんなの顔は明るい。
彼らを先導し、声を出して明るく働いている男がいる。
頭に角が生えているから、ドゥリエルと同じ魔族だろう。
で、魔族ということは闇の女神教団だということだ。
「おひさー」
「おおー! メリッサ様ー!!」
角の生えた人はメリッサの知り合いだったらしい。
本当に顔が広いなメリッサ。
「最近、あっちの大陸はどう? ドゥリエルさんにも聞いたけど、あなたは管轄が違ったはずじゃない。ユービキスの方だったと思うけど」
「そうですそうです。いやあ、あちらにも邪神の軍勢がまた出ましてね。聖幼女リディア様が目から魔法を放って焼き払ったんですが、ウェスカー大神官が我ら皆で止めたにも関らず、また尻から……」
「またお尻から出したかー」
「はあ。でも、そのお陰で邪神バラドンナの分体は滅ぼされまして。どうやら、世界のあちこちに分散して封印されてるようですな」
「ほうほう。ここだけじゃないってことね……」
メリッサが何か考え込んでいる。
俺はと言うと、なんとなく蚊帳の外で、ぼーっと彼らが会話する様子を眺めている。
「クリスさん、気を使ってるんですか? メリッサ様はそんなこと気にしないと思いますけど」
おっと、ドゥリエルに気を使われてしまった。
向こうでは、レヴィアとか言う人が山を割ったとか、冗談なのか本当なのか分からない話をしている。
確かなのは、メリッサがとても楽しそうだってこと。
あんな顔、俺は見たこと……あるな。
割とよく、ああいう楽しそうな顔してる。
おっ、スーッと肩が軽くなったぞ。
「メリッサはいいよな。世界中を見てまわってるんだろ?」
気がついたら、ごく自然な感じで彼女たちの会話に入っていた。
「俺はずーっとバブイルだからさ。それに、メリッサと出会うまでは、何も知らないガキのままだった」
すると、メリッサはにっこり笑った。
「クリス君、めきめきと成長してるもんねえ。背丈以外」
「背だって伸びてるよ!? まあ、メリッサが楽しそうに外の世界の話をしてると、ちょっと羨ましくなる」
最後の一言は、するりと口に出してしまっていた。
そして俺は理解する。
俺はどうやら、嫉妬しているらしい。
外の世界を知るメリッサにではない。
俺以外に、メリッサにこんな楽しげな顔をさせる外の世界にだ。
「だから、俺もいつか外に行きたい」
「いこっか」
なんでもない事のように、メリッサが言った。
「え?」
「外の世界、一緒に行こうかって言ったの」
「ええ……。だって、メリッサは仕事があるだろ? ゴールディ家に仕えてるわけで……」
「違う違う。私とゴールディさんちは、対等なの。バブイルに長く滞在するから、その間お世話になってただけ。期間はもうすぐ終わるの。クラリオンさんが国王になったら、契約期間満了ってわけ。あの人が王様になるの、ほぼ規定事項だから」
「そ……そうだったのかあ……」
「そうだったのよ。だから、私はもうすぐフリー。ただ、まかり間違ってクラリオンさんが王位につけないような事にならないようにしなくちゃいけないの。だから、今が正念場とも言えるね」
なんという自由な人だろう。
選王侯家というだけで、バブイルでは雲の上の存在だ。
そんな相手に雇われているだけじゃなく、立場としても対等とか。
そういう立ち位置があっても良かったのだ。
これは大きなショックだった。
俺がしがみついていたこの世界が、本当に小さな、真に世界と呼ぶものの一部でしかないんだと、この時初めて理解したのだ。
「で、どうするの?」
気がついたら、凄く近い距離にメリッサの顔があった。
濃い緑色をした瞳が、俺をじいっと見つめている。
「一緒に……一緒に行く。俺も、メリッサと一緒に、外の世界に行く!」
「よろしい」
その時に彼女が見せた笑顔は、何ていうんだろう。
俺の中に残っていた迷いとか、不安なんてものを、一気に消し飛ばしてしまう、そんな笑顔だった。
「青春ですねえ」
「青春ですなあ」
後ろでドゥリエルと角のある男の人が、うんうん頷いていた。




