初めての第二階層!
晴れて、俺はダリアのパーティに参加することになった。
一応、国賓であるメリッサと共に、一時の参加扱いということになる。
これが冒険者の店の長であるガッドが出した、上に報告しない条件だった。
あくまで、メリッサの気まぐれで、冒険者に参加しているという体を取りたいらしく、俺もメリッサが監視対象として同行させている、という扱いになっているのだそうだ。
「はあ~。大人の世界ってめんどくさいなあ……。しかも俺、ジョージのメンツとかのために殺されかけたわけだし」
「大体世の中そんなもんじゃない? そういうしがらみとかめんどくささで、世界は回ってるんだと思うよ。そういうのを全部ぶっ飛ばそうと思ったら、すっごい力とか必要だし、あとは頭がおかしくないとね」
俺の独り言を聞いていたようで、メリッサが物凄い事を言ってきた。
「力は分かるけどさ、頭がおかしいって……!?」
「だってそうでしょ? 人のことなんか考えてたら好きにできないもの。あらゆる犠牲を払って……というか、そんなもの眼中にないくらい、一つの目的に向かって邁進する! それくらいやらないと、世界のめんどくささを無視したりはできないよ」
にこにこ笑いながら言う彼女。
俺より少し歳上なくらいだろうに、どんな経験をして来たんだろう。
何を見てきたら、こんな事を言えるんだろう。
だが、俺の目には、メリッサはこういう、世の中のめんどくささをそれなりに無視して生きているように見えた。
彼女は変人だと思うけれど、俺はそういうところがちょっと好ましく思ってるのかもしれない。
「さあ、今日の仕事だけれど、第二階層の田園地帯に向かうことになったわ」
「第二階層!?」
重曹大陸の第二階層。
それは、塔の形をしたこの世界で言う、自然環境のようなものが広がっている場所だ。
森と川に丘、そしてバブイル選王国の食糧事情を支える田園がある。
第一階層で生まれると、なかなかここまで上がってくることは難しいんだが……。
やった……!
第二階層なんて初めてだぞ。
ジョージは迷宮踏破専門で、とにかく金になる素材を集めることにこだわっていた。
だから、上の階層に登る依頼は受けなかったのだ。
重層大陸の上下移動は、昔は世界の中央を貫く槍のような山、尖塔山の周囲を伝う山道を伝って行ったらしい。
だが、今は魔導エレベーターがその役割を果たしている。
階層移動に何日もかかっていたのだが、今ではほんの一時間ほどで済む。
俺は魔導エレベーターの縁に張り付いた。
手すりに掴まって身を乗り出す。
「おお……おおお……!!」
魔導エレベーターが上がっていく。
第一階層が、どんどんと小さくなっていった。
なんて速度だ。
迷宮の中の魔導エレベーターと同じもののはずだが、外で風を受けて乗ると、これほど印象が違うのか。
「もしかして、高いところ初めて?」
メリッサが隣に並んだ。
落っこちないように、オストリカが紐でぐるぐるに縛られている。
「フャンフャン」鳴いてもがいているが、落っこちたら危ないんだから仕方ない。
「初めてだ! ってか、第一階層より上に登るのが初めてで……めちゃくちゃ興奮してる!!」
「そっか! 自由になると、いいことあるでしょ。世界は広いのよー。これから、クリス君の世界はどんどん広がっていくよ。楽しみにしてて」
「なんか、まるで体験したみたいな話しぶりだな……?」
「さあね?」
明確には何も答えず、メリッサは吹き付けてくる風を気持ちよさそうに浴びている。
癖のある長い髪が、ふわりと広がった。
ちょっと見とれてしまう。
彼女は、なんていうか、凄く可愛い気がする。
「青春だね?」
僧侶のリュシーの声がして、慌ててメリッサから目を離した。
エレベーターはどんどんと昇っていく。
△▲△
階層の地面を抜けていくというのはおかしな感覚だった。
遥か頭上からは光が降り注いでくるのに、周りは真っ暗。
「身を乗り出すなよ。周りは地面だ。体を削り取られるぞ」
盗賊のヨハンが、笑いながらアドバイスしてくる。
物珍しさから身を乗り出して、大怪我をする者は多いらしい。
俺は慌てて、手すりから離れた。
しばらくそうして闇の中を昇っていただろうか。
ある時突然、闇が晴れた。
「到着だ!」
ヨハンが声を上げる。
第二階層だ!
「ここが……第二階層!」
俺はエレベーターの扉が開くのを待ちきれず、柵を越えて飛び出した。
「おお……! 石じゃない地面だ……! 土が、こんなにある……!」
「そっかー。第一階層って、石畳みたいな地面だもんね。多分、迷宮と地続きだからだろうけど……正直、人が暮らすには厳しいところだよね」
「フャン!」
メリッサが後から来て、オストリカを地面に降ろした。
彼を縛る紐はなくなっている。
赤い子猫は、草の生えた土の上を、ぴょんぴょんと跳ね回っている。
「二人ともー! こっちこっち!」
ダリアの呼ぶ声がする。
俺たちがいるのとは逆方向が目的地らしい。
草原を歩いていく。
人や馬が通る道は踏み固められていて、どこを辿ればいいのかがよく分かる。
三十分ほど進むと、家が見えてきた。
周囲の草原も、様子が変わっている。
様々な草が生えているのではなく、均一な草が辺りを覆っている。
「これが畑かあ……」
生い茂るものが、何の作物なのかはさっぱり分からない。
だが、とにかく見るもの聞くもの、何もかもが珍しい。
俺は畑の脇にしゃがみこんでは、葉をちぎってみたり、においを嗅いでみたり。
そんな俺を、メリッサが横から楽しそうに眺めている。
その間に、ダリアたちは今回の仕事の依頼主に会ったようだ。
俺が畑の作物を観察している内に、戻ってきた。
「好奇心旺盛ね。いいことだわ。冒険者は何にでも興味を持つのが大事。そうすれば長生きできる。さあ、仕事の話を始めましょう」
ダリアが、依頼内容の説明を始めた。
棒を取り出して、それで地面に絵を描いて説明してくれる。
「尖塔の山が中央にあるでしょう? あそこは、人間だけじゃない。モンスターもあれを伝って、迷宮から昇ってくる。今回の仕事は、そのモンスターが畑を狙っているの。それを退治すること」
「魔物……モンスターの種類は?」
メリッサが言い直した。
彼女の世界だと、モンスターを魔物と呼ぶらしい。
「空を飛ぶわ。化け物じみた大きさの鳥の群れ。根こそぎ畑を食い尽くすって」
「おお、怖い怖い」
ヨハンが冗談めかして言った。
「主に、攻撃は私とヨハン。それから」
「僕が魔法を使おう」
ハンス、いたのか。
影が薄い魔法使いのハンス。
彼の実力は見たことがないな。
「期待しているね、召喚士さん。きっとユービキス様のご加護があるから」
リュシーは聖印を手にしながら、俺に向かって祈る。
そうだな。
ここは最初から、ペスを飛ばせて対処するしかないな。
「時間はいつ?」
「あちらさん、鳥目らしいわ。だから来るのは、朝。朝イチで尖塔山から飛んでくるって。多分、そこに巣があるんじゃないかって睨んでる」
ダリアは調べがついているみたいだった。
「よし、じゃあ今夜はたっぷり寝ないとだ。ペスは出しておいたほうがいいかな」
「ご飯もたっぷり食べないとね。この辺り、農園なんでしょ? きっとご飯が美味しいよ」
メリッサが今から夕食のことを考えて、にやにやしている。
この人、本当に食べることが大好きなんだな。
冒険者の店でも、俺以上にお菓子をがっついていたからなあ。
だが、食いしん坊のメリッサの言葉に、今回はみんな賛成だったらしい。
今回の報酬には、美味しい採れたての食材も含まれている。
俺たちはひとまず、腹ごしらえ。
明日の朝を勝負の日と定めたのである。