これが闇の女神教団?
「お待たせー!」
「お待ちしてましたー。もう、オストリカちゃんが可愛くて可愛くて……。こっちの大陸にも、アーマーレオパルドがいるのねえ」
俺たちが戻ってくると、ドゥリエルはオストリカに頬ずりしているところだった。
彼女の頬は、つやつやすべすべしていて、オストリカとしても気持ちいいようだ。
目を細めて、フャンフャン言っている。
『ガオーン』
「おっ、ペスも留守番ご苦労だったな。何も無かったか?」
『ガオガオ』
「そうかそうか。じゃ、これお土産な。骨付き肉だ!」
『ガオー!』
大型の犬サイズまで縮んだ、キメラのペス。
だが彼の戦闘力は結構なものなのだ。
先日ドラゴンになってから、ペスやトリー、ポヨンはさらに強くなったような気がする。
召喚モンスターたちを全員呼び出して、ご飯タイムとする。
ついでに俺とメリッサ、ドゥリエルもルームサービスを使って室内で飯を食う。
ドゥリエルは角があるし、怪しいローブ姿だし、ビュッフェに行く度に脱ぐのでは大変だろう。
飯を食べながら、これからの計画を話し合う。
「ってことで、俺たちは闇の女神教団の監視みたいなのを言いつけられたんだ。君たちが問題ない集団で、邪神教団とは違うってところを明らかにしないといけない」
「ははあ、大変ですねえ」
この娘、なんで他人事みたいなのだ。
口を小さなげっ歯類みたいに膨らませて、もぐもぐ食べている。
メリッサは豪快に料理を食べるけど、頬に溜め込まないでガンガン胃袋に放り込んでいくからな。
二人の女子の食事風景は、全然タイプが違って面白い。
一口一口がとにかく大きいメリッサは、さっさと食事を終えてしまった。
「それでね、しばらくの間、私とクリス君でドゥリエルちゃんのとこにご厄介になるわけね。どこに行けばいいのかなって聞こうと思って」
「あ、それはですねー。私と幹部の人たちでこの階層まで上がってきてるんで、合流してから」
第一階層に向かう、と。
どうやら闇の女神教団の連中、既にバブイル中に広がり、布教活動に励んでいるらしい。
しばらくして、ドゥリエルもモンスターたちも、食事を終えた。
「では、出発しましょー!」
ドゥリエルは元気に外に飛び出していった。
危ない危ない!
誰が闇の女神教団を見張っているかわからないんだ。
何も考えずに往来に出るのはいけない。
「トリー!」
『ピヨー!』
小型化したハーピーのトリーが、ドゥリエルの肩に飛びついた。
ポヨンは地上では動きづらいから、弾丸に戻す。
ペスは……ちょっと変わった犬ってことで通るかな……?
俺たちは、ドゥリエルの後を追って走り出した。
往来をどたどた行くと、それを見つけたらしき黒いローブの連中が次々に合流してくる。
「ドゥリエル様! 楽しそうですなあ!」
「楽しいですよ! みんな、聞きなさい。私と一緒に走っているこちらの女性が、あの英雄メリッサ様です! じゃじゃーん!」
「おおー!」
「おおおー!」
「おおおおー!」
増えてる増えてる!
いつの間にか、俺たちの後ろには十人くらいの黒いローブが続いていた。
「はい、私がメリッサです! 皆さんを見張りますのでよろしくおねがいしまーす」
「よろしくお願いしまーす!」
「バブイル選王国の信頼をー、勝ち取ろーう!」
「勝ち取ろーう!」
「流石ですメリッサ様!!」
「なんだこのノリ」
俺以外はよく分からない理屈で分かり合っているような気がする。
ちなみに、俺たちが率いるこの黒ローブ集団。
おっそろしく目立つ。
『ガオガオ』
「えっ、追跡してきてる奴がいる? そりゃあ、いるだろうなあ……。俺が警備する人間だったら、絶対呼び止めるもん」
『ガオー』
「これはもう、そういうものだと思って諦めよう」
『ガオン』
ペスに同情されつつ、俺たちは一気に魔導エレベーターまでたどり着いた。
何者かが俺たちを追跡していたようなのだが、余りにも目立つ俺たちの挙動に、手を出しかねたようだ。
そりゃあ、街の人々に注目されていたからな。
「うわあ、戻ってきたあ」
「またみんなで乗るのかよう」
魔導エレベーターの前の兵士たちが、うんざりした顔を見せる。
闇の女神教団の面々がエレベーターを使用した時のことが、よほど印象的だったらしい。
「またよろしくお願いしますね!」
「いやあ、お疲れ様です兵士さん! ハハハ、第四階層は素晴らしいですな!」
「布教は上手く行きませんでしたがね!」
「諦めませんよ、我々は!」
ドゥリエルを始め、黒ローブたちが朗らかに兵士に声を掛けていく。
「確かにこれは……対処に困るよなあ」
俺はちょっと兵士たちに同情した。
見るからに怪しい連中が、無駄なコミュ力を発揮して懐に潜り込む……どころか突撃してくる。
俺は愛想笑いを浮かべながら、ペスと一緒にエレベーターに乗り込んだ。
だが兵士はハッと我に返り、
「待って。今変なの通ったよね」
流石にキメラはそのままじゃまずかったか!
「大丈夫です、大人しいですから」
『ガオンガオン』
俺の手に、ペスがお手をする。
「上手ー!」
メリッサが嬉しそうに拍手をした。
「フャンフャン!」
「ねえ。ペスちゃん、すっかりクリス君に慣れちゃったね。これはもう、危なくないモンスターね!」
おお、強引なメリッサのフォロー。
兵士は一瞬、呆気に取られた顔をしていた。
そして、辺りを見回す。
魔導エレベータには、びっしりと黒ローブの集団が詰め込まれている。
彼らはドゥリエルを先頭に、みんな満面の笑みを浮かべて手を振っている。
「うん、うん。見逃すから、早くあいつらを下に連れて行ってくれ……。あの連中、どうやったのか正規の手段で第四階層まで上がって来やがったんだ。バブイルの法規上、正しい手段で階層を超えてきた者たちには何も言えんのだ」
職務に忠実な兵士たちは、とても疲れた顔をしていた。
先日は邪神教団の暴徒とやり合ったのだろうし、その後は闇の女神教団がやたらフレンドリーに接してくると。
いや、兵士の人たちは大変だなあ……。
俺たちは魔導エレベーターに乗り込むと、第三階層に向けて降下を開始した。
△▲△
第三階層は、巨大な湖に包まれた階層。
ここで獲れる魚介類は、バブイルの食卓に無くてはならないものだ。
そして、大陸の水瓶とも呼ばれている。
邪神教団の事件で、ここは大打撃を受けたという話だったが……。
「なんとも無いように見えるな」
俺はどんどんと近づいてくる、大きな湖を見渡す。
真っ青な湖面は以前の通り。
時折、巨大な魚影が見えたりする。
そこは邪神教団による被害など、何も受けていないように見えた。
「私たちが布教に訪れた時は、第三階層は大変な有様でした。邪神が傷つけたのは、この大自然ではなく、人々だったのですよ」
「ああ、そうか……!」
ドゥリエルの言葉に、思わず手を打つ心地だ。
言われてみれば、エレベーターが下降していく先には人影が殆どない。
近づいていくと、並び立つ建造物は、どれも多かれ少なかれ破壊の痕がある。
第三階層が受けた傷は、けっして浅くは無いのだ。
暗い気持ちになりかける俺。
その肩を、ドゥリエルが叩いた。
「クリスさん、これから、私たち闇の女神教団が、けっして邪悪な集団ではないという証拠をお見せしましょう。そう、私たちは今、この階層の復興に尽力しているのです……!!」
なんだなんだ、このドゥリエルの凄い自信は……!




