平和な日々?
俺たちが、邪神バラドンナを倒してから半月が過ぎた。
先日の“邪神教徒の反乱”と呼ばれる事件で、バブイルは大きな被害を受けたんだそうだ。
で、それから立ち直るために色々と大変らしい。
ゴールディ家はこの隙に、根回しをやったり裏工作をやったり。
表立って動く要員である俺やメリッサは、暇になったわけだ。
「私たちがこうしてのんびりしてれば、メルクリーだって油断するでしょ」
とはメリッサの言葉。
なるほど。
ハンモックの上で、のんびり読書をしながらお菓子をつまむメリッサには、とてもクラリオン・ゴールディが頼みにする最強の食客という雰囲気はない。
「完全に、ちょっとぷくっとした普通の女の子だ」
俺が呟くと、メリッサがガバっと起き上がって、俺をすごい目で睨む。
「太ってまーせーんー!! 標準体型ですー!!」
「あ、はい」
メリッサの圧に押されて、俺はカクカクうなずいた。
そう、俺たちは、ゴールディ家の動きから敵の目をそらす囮の役割を果たしていた。
つまり、有り体に言えば何もしていなかったんだ。
「今日の夕飯はなんだろうねえ」
「夕飯って……。メリッサ一日中ハンモックでゴロゴロしてただけじゃないか。本当に太るぞ?」
「んもー! クリス君はうるさいなあ。こうして何もしないでいるのに、ご飯が自動的に出てくることこそ、最高の贅沢なんじゃない! あー、そろそろ小腹がすいたなー。お菓子だけじゃ足りないかなー」
ダメだこの人……!
俺が早くなんとかしなきゃ!
メリッサは現実から目をそらしているが、この半月で、彼女の二の腕はぷにぷに度合いが増し始めているし、動きもちょっと、ぽてぽてとし始めてきている。
ぽっちゃりした女子は嫌いじゃないが、メリッサはもっとシュッとしてるほうが似合うと俺は思うのだ。
「メリッサ、ちょっと出てくる」
「あら、いってらっしゃーい」
ハンモックに寝そべったまま、メリッサが手を振った。
あのままではいけない。
俺はトリニティをホルスターに入れたまま、引き金を引いた。
『ガオ?』
小型化したペスが召喚される。
「ペス。俺が何か、事件を見つけて戻ってくるまでの間、メリッサと遊ぶんだ。絶対にゴロゴロさせたらいけないぞ」
『ガオン!』
任せてくれ、とばかりにペスがうなずく。
尻尾の蛇もやる気をみなぎらせ、スーッとハンモックのメリッサ目掛けて伸びていく。
あっ、メリッサの手にしたお菓子を奪い取った!
「あっ!! ペス、いつの間に! こらー!」
メリッサがハンモックから降りてきた。
『ガオーン』
ペスが部屋から駆け出していく。
いいぞ。
このまま宿を追いかけっこするんだ。
健闘を祈るぞ、ペス!
俺は召喚モンスターの頑張りに感謝しつつ、宿を出た。
何かないか、何か、メリッサの興味を惹くようなことが起こってないか……。
俺は目を皿のようにして、街を見回していく。
第四階層は、今正に復興の真っ最中。
他の階層と比べれば被害は小さかったが、多くの建物は打ち壊され、火を放たれた。
商店街も、あちこちの店舗が破壊され、ようやく瓦礫の撤去が終わるかという頃合いだ。
「おっ! 召喚士様のおでましだ!」
俺が通ると、商店街の人達が注目してくる。
彼らを守るために、暴徒化した邪神教徒と戦った俺は、召喚魔法を使った。
そのため、俺が召喚士だということはこの辺りじゃ公然のことになっている。
「今日は一人なのかい、召喚士様」
「まあね。何か困ったこととかないか? 今なら何でも手伝うぜ」
俺の言葉を聞いて、商店街の人達は笑った。
「大丈夫さ。瓦礫を片付けて、あとは店を再建するだけだ。ゴールディ家が仕入れの資金も貸してくださるそうだからな! そのうちすぐに店を再開するさ」
「やっぱり、次の王はクラリオン・ゴールディで決まりだよな。なんて言ったって、俺たち市民が困ってるのをちゃんと分かってて、支援をしてくれる」
「ってことで召喚士様よ。なんなら、ゴールディ家に俺たちが感謝してるって伝えてくれよ!」
「ああ、分かった!」
俺は言伝だけをもらって、その場を離れることになった。
商店街の店主たちは、自立精神が旺盛だ。
金はもらうけれど、大体のことは商店街の中だけで片付ける。
ゴールディ家もその辺りはよく分かっているから、金だけ渡して使いみちは彼らに任せるんだ。
案の定、商店街ではゴールディは分かってる、と評判だ。
「やり手だなあ……。ゴールディの唯一の誤算は、メリッサがゴロゴロしていると太っちゃうことくらいだろうな」
その一点においてだけ、俺はゴールディのやり方を支持できないな。
メリッサには仕事をさせて、食べた分消費するようにしておかないと……!
俺は難しい顔をして、ブラブラと大通りを練り歩く。
その度にあちこちから声を掛けられ、炊き出しのスープやらパン、菓子類をもらってしまったり。
いかんいかん!
これ、商店街に連れ出してもメリッサが太るんじゃないか!?
危険だ。
「おやまあ、召喚士様じゃないかい」
「またか! ……って、この店は無事なんだな」
そこは、俺が携える二丁の魔銃を手に入れた、魔法の武具の店。
「そりゃあそうさ。この店に入ってこれるのは、あんたみたいな特別性の人間か、さもなくばメリッサちゃんみたいな百戦錬磨の勇者だけさね」
店の主人であるお婆さんは、けらけらと笑った。
メリッサが百戦錬磨。
確かに、そう言われてみるとそうかもしれない。
勇者パーティの一員だったそうだしな。
「その後、どうだい? 二丁のオリジナルを腰にぶら下げた召喚士の話は、あたしの耳にもよく届いていいるんだけどね? 活躍してるようじゃないか」
「うん、おかげさまで。トリニティもサンダラーも、凄く調子がいいよ」
「魔銃に魔力を食い尽くされる事無く使える人間なんて、あんたくらいのものさ。あんたの活躍は銃の力だけじゃなく、あんただからこそなし得たことだよ」
「そ、そりゃあどうも」
なんだか、褒められすぎて背中が痒くなってくる。
邪神を倒してから、万事がこうなのだ。
商店街のみんなにしろ、街を守る兵士たちにしろ、俺に対して妙にリスペクトをしてくる。
そりゃあ俺は大きな事をやったかもしれないが、調子が狂うほどちやほやされるってのは苦手だ。
話もそこそこに、俺はお婆さんに魔銃のメンテナンスを頼むことにした。
このお婆さんは魔技師という職業らしく、魔法の道具の管理や調整を行うことができるのだ。
トリニティとサンダラーを預ける代わりに、汎用の魔銃を受け取る。
これが代替品だ。
「片方のホルスターにしか銃が入ってないと、落ち着かないな……」
体のバランスが崩れたような気分になりつつ、俺はまた大通りへ出た。
その時だ。
「どいてどいて!!」
そんな声と共に、誰かが猛スピードで走ってきた。
いきなりの事で、俺は反応しきれない。
相手に殺気でもあれば話は別だが、そんなものは微塵も感じなかった。
ということで、俺は声の主と衝突してしまった。
「きゃっ!」
「おっと!?」
俺にぶつかって、尻もちをつきそうになる声の主。
それは、黒い髪をした女の子だった。
なぜか、全身を真っ黒なローブに包んでいて、大変怪しい。
俺は咄嗟に、彼女の手を握って支えた。
「大丈夫?」
「ありがとうございます! 突っ込んだのは私の方なのに、お気遣いまで……! なんと人間が出来た方なのでしょう。必ずや、闇の女神のご加護があることでしょう。なーむー」
変な子だ。
前髪が長くて、それに目が隠れている。
前髪を掻き分けて突き出しているのは……これ、角か?
「いたぞ!」
「こら、お前ー! 魔導エレベーターに紛れ込みおってー!」
「やばい!!」
後ろから兵士の声が聞こえたと思ったら、女の子はぴょこんと跳び上がった。
「ずらかります!」
「え、え!? えええっ!?」
俺が手を握ったままなのに、彼女は猛烈な勢いで走り出す。
ついつい、彼女についていってしまう俺なのだ。
走る彼女は商店街を抜けて、住宅街の曲がり角に飛び込んだ。
当然、俺も一緒。
目の前で、彼女はほうっと胸をなでおろす。
「いけないいけない。邪神のせいで、みんなナーバスになっているのね。気をつけて布教しなくちゃ……あら」
彼女はようやく、付いてきた俺に気付いたようだ。
「や、やあ」
「あらあら、偶然ですね。これも神の思し召しです……!」
彼女は胸に下げたペンダントを握り、祈り始めた。
いや、ただ付いてきただけなんだけど。
「私は、闇の女神教団の司祭ドゥリエル。ここで会ったのも間違いなくキータスのお導きでしょう」
彼女はずいっと身を乗り出して、下から俺の顔を覗き込んだ。
前髪の間から、紫色のキラキラ光る瞳が見える。
「あなた、闇の女神を信じませんか!」
俺は、なんか変な娘と知り合ってしまったらしい。




