これぞ三重複合召喚!
「あれは……伝説のモンスター、ウェンディゴです! 邪神が使役したというモンスターの中でも、高位の存在だったはずです!」
いつの間にか、戦場の端っこにアリナがやって来ていて、そんな事を叫んだ。
知っているのか、アリナ!
「人の精神に働きかけ、その性格を大きく変えてしまうと言います! 気をつけてください!」
それだけを聞くと、そんなに大したことは無いんじゃないかと思えてくる。
もちろん、その俺の想像は間違いだった。
「くっ……なぜだ。僕の足が震えている……!」
レオンが呻いて、動きを止めた。
ウェンディゴは何もしていない。
ニヤニヤ笑いながら、レオンを見ているだけだ。
その姿がスゥーッと薄くなり、消えた。
と、思ったらレオンの背後にいる。
『貴様は本当は優しい心を持った人間だ。儂はよく知っているぞ? そんな貴様が戦うことは無い。なに、貴様の仲間である二人が、ちゃんとやってくれるさ。仲間に頼ることは悪いことではないぞ?』
「や、やめろ!」
レオンが魔剣を振り回した。
猫撫で声を出していたウェンディゴの姿が、笑いながら消える。
「僕に近づくな! モンスターめ! 僕の頭に囁きかけるな!」
だが、レオンは混乱したままだ。
魔剣を振り回しながら、どこにもいないモンスターに攻撃し続ける。
「これはやばいんじゃないか!?」
「任せて! ただ、邪神はクリス君がちょっとおさえてて!!」
「分かった!」
俺は周囲に目を配る。
すると、ウェンディゴとなったバラドンナは、俺の目の前に出現するところだった。
『貴様は充分な力を得た。これで、今まで貴様が周囲から下されていた、不当な評価を覆すことができるではないか。貴様の力があれば、栄光も女も望むだけ得られるだろう。儂が作る世界は、地位も何も関係ない。貴様が持つ力だけで評価してもらえる、平等で優しい世界だぞ……』
「────ッ!」
俺は物も言わず、ウェンディゴに向かってサンダラーをぶっ放した。
弾丸はやつを貫くが、モンスターは幻になって消えた。
対面にはアリナが立っていた。
彼女の頭上の壁に、弾丸が撃ち込まれている。
「ひ、ひええー」
アリナが腰を抜かしてへたり込んだ。
や、やばい!
ウェンディゴは、恐ろしくやばいモンスターだ!!
冷静さを失わせ、自滅させようとしてくる。
『見よ。貴様が振るった力は、危うく仲間を傷つけるところだったではないか。貴様は強い力を持っているが、それは危険なものだ。貴様だけの意思で使うには過ぎた力だ。儂が道を示してやろう。なに、心配するな。必ずや貴様が幸福になるように、儂は力の使い所を示してやるだけ……』
「レオン君落ち着いてー! ほら、剣なんかしまってね? ええい、まだ振り回すかあ! こんなの、レヴィアさんに比べたら止まってるようなもの! とりゃー!」
「はっ!? め、メリッサさん何を! うわーっ、メリッサさんの胸が背中に当たって!?」
「なんだと!!」
ウェンディゴの言葉に、我を失いかけていた俺。
だが、今のレオンの発言で覚醒したぞ!!
「レオン、やめるんだ! メリッサもはしたないことやめなさい!!」
『あれえ』
ウェンディゴが変な声を出した。
いきなり、掛かりかけていた洗脳が解けたのでびっくりしたらしい。
「大丈夫だよクリス君! レオン君の洗脳も解けたし!」
「レオンが正気になったのはおめでとう!! だけど! 俺の心は乱れたよ!! ええいバラドンナめ!! 許さんっ!!」
『えぇ……』
戸惑うウェンディゴの声を目標に、俺は低い位置へサンダラーを放った。
例え外れても、これなら石畳を穿つだけで済む。
すると、最初にバラドンナが立っていた場所に弾丸が突き刺さった。
『おおっ! 儂の幻影が効いているというのに、よくぞ攻撃を当ておったわ!』
そこに、ウェンディゴが姿を現した。
『そして召喚士クリス。貴様に敬意を表しよう。自らの力で神の囁きを打ち破った心強き勇者よ!』
「ああ。俺も、自分のスケベ心がここまで強いとは思ってなかったぜ……。お陰で助かった!」
戦線に戻ったレオンとメリッサが、俺に並ぶ。
バラドンナも小細工はやめるようだ。
大きく手を広げて、俺たちを招く。
『来るがいい。同士討ちをさせるには、貴様らは不確定要素が多すぎる。ならば、儂が手ずから心をへし折ってやろうではないか』
「行くぞ、バラドンナ! よくも僕の心をもてあそんだな!」
レオンが走る。
俺は彼を支援するべく、魔銃を連射した。
バラドンナがサンダラーの射撃を、目に見えない壁のようなものを展開して食い止めた。
その隙に飛び込むレオン。
魔剣が、邪神の体に振り下ろされた。
飛び散る青い血しぶき。
『太刀筋は大したものだ! 貴様も、その若さで相当の研鑽を積んでおるな! それ、お返しだ!』
バラドンナが爪を叩き付けて来る。
レオンはこれを剣で受け止めるが、止めた部分から衝撃波みたいなものが発生したらしい。
真空の刃がレオンの体を傷つけていき、彼の小柄な体が吹っ飛ばされる。
「くっ!! なんという攻撃だ! だが、まだ! いでよ、我が眷属!!」
空中で、レオンが眷属と呼ばれる霊体の戦士を呼び出す。
これがバラドンナに向かい、次々と剣を突き立てていく。
『ははははは! 死霊術の技か! 未熟だがなかなか筋はいい! 将来が楽しみだな!』
笑いながら、バラドンナは眷属たちを振り払う。
毛むくじゃらの腕に触れられる度に、眷属は打ち消されていく。
「そんな、僕の技が!」
「いや、効いてる効いてる! っていうかあいつ、こっちをリスペクトしてくる……! それで気を許したら終わりって、怖いな!」
今度は俺が前に出る。
メリッサも、武器屋のおじさんから新しい武器を受け取って前進している。
「とうっ!」
猛烈な勢いで、槍が投げつけられてきた。
狙いも何もあったものじゃないが、当たれば威力は大きい。
「行くぜサンダラー!」
俺は銃を放ち、槍の柄を撃って軌道を変えた。
槍が一直線に、バラドンナへと向かっていく。
『なんの、これしき……』
「頼むぞ、みんな!」
『ガオーン!』
ペスがブレスを吐いた。
弾丸のような形になった炎の塊が、槍を受け止めようとするバラドンナに叩き付けられる。
『ピヨー!』
『ヒヒーン!』
トリーは突風を引き起こし、ポヨンはウェンディゴの足元を水に変える。
『な、なんとぉ! 貴様ら、モンスターのくせに儂に逆らうのか!』
動きの鈍ったウェンディゴ。
やつの肩に、メリッサが投げた槍が突き刺さった。
『ぐおおおー!! おのれ! いい加減に儂はそろそろ怒るぞ!!』
バラドンナは吼えると、両手を大きく振りかぶり、交差させた。
巻き起こる衝撃波。
『ガオーッ!?』『ピヨヨー!?』『ヒヒーン!?』
モンスターたちが切り傷を受けながら吹っ飛ばされた。
「みんな!」
「あわー」
メリッサも吹き飛ばされて転がっていく。
俺は慌てて、彼女をがっしりと受け止めた。
「やばいやばい。やっぱ、あれは普通の武器とかじゃダメだよ。ううー、私もこっちに魔物の仲間を連れてきてればなあ」
「フャーン」
悔しそうなメリッサの胸元から、オストリカがピョコッと顔を出して自己主張した。
「うんうん、オストリカがいたねえ。でも、君はもうちょっと大きくならないとね」
「フャーン」
オストリカを撫でるメリッサ。赤猫は、目を細めて喉を鳴らした。
その間にも、俺たち目掛けてバラドンナが、立て続けの衝撃波を放つ。
これを迎え撃つ俺だ。
サンダラーを片手で構えながら、連続して引き金を引く。
もう片方の手はメリッサを抱きとめているから、ファニングショットを使うことはできない。
さあ、これはやばいぞ。
どうしたもんか……!
「クリス君」
「ああ。怪我は大丈夫、メリッサ?」
「うん、平気。それより、気付いた? 私たちには優しい言葉を投げてくる邪神だけど、魔物にはそうじゃないの。さっき、ペスたちに攻撃されたとき、あいつ、凄く嫌そうな顔をした」
「モンスターに攻撃されるのは好きじゃないってことか……? もしかして……!」
「うん! トリニティが光ってるよ!」
メリッサが、俺の後ろに隠れるように動く。
片腕が自由になった。
俺は、トリニティを抜き放つ。
それは……三つの銃口から、白、緑、赤の三色の輝きを放っていた。
これを見たバラドンナの顔色が変わる。
『同時に使えるのか!? いや、それを使いこなせるのか、貴様!?』
「ああ。割と使えるぜ! そして、その慌てぶりを見ると、これがお前の弱点だな!」
サンダラーとトリニティを、並べて構える。
二丁拳銃だ!
トリニティが弾丸を放つことはないが、それが放つ光がサンダラーに流れ込み、魔銃の威力を上げている気がする。
俺の弾丸が、バラドンナの衝撃波を圧倒し始めた。
「来い、ペス! トリー! ポヨン!」
『ガオーン!』
ペスが弾丸に変わる。それは俺の横まで飛んできて、トリニティのシリンダーに収まった。
続いて、トリーとポヨンが弾丸になり、シリンダーへと装填される。
三発の弾丸が収まった瞬間、トリニティはまばゆい光を放ちながら、シリンダーを回転させ始めた。
今までに無い、強烈な魔力みたいなものが伝わってくる。
「三重……複合召喚!」
俺はその名を呼ぶ。
あまりにも、トリニティが放つ力が強すぎて、片手では支えていられない。
だけど、サンダラーを収めるわけには行かない。
こいつでバラドンナを攻撃していないと、たちまちあいつの衝撃波が吹き荒れる。
持ってくれ、俺の腕……!
「!」
そこへ、手が添えられた。
メリッサだ。
彼女の手が、後ろから俺の腕を支える。
さらに。
「一瞬です。僕が眷属と魔剣の力を全開にして、あいつを止めます! クリス君、お任せします!」
レオンが駆け込んできて、眷属とともに衝撃波を受け止め始めた。
サンダラーの輝きが納まる。
俺は、魔銃をホルスターに収めると、輝きを強めていくトリニティを両手でホールドする。
「ありがとう、みんな! ……行くぜ! 三重複合召喚……!! 出でよ、汝の名は“ドラゴン”!!」
三つの銃口が火を吹いた。
撃ち放たれるのは、三色の輝き。
それが空中で絡まり、一つになり……。
やがて、新たなるモンスターを生み出す。
巨大な翼。
天を突く角。
全身を覆う真紅の鱗。
黄金の目が、バラドンナを見下ろした。
それは、伝説のモンスター、ドラゴン。
俺は、御伽噺でしか聞いたことが無い。
『グオオオオ────ンッ!!』
ドラゴンは、全身に戦意を漲らせると、高らかに咆哮したのだった。




