邪神登場!
一難去ってまた一難っていうのはこの事だ。
アンドロスコルピオを、メリッサとのコンビネーションで倒した俺だったが、一休みする暇なんかなかった。
自分たちのリーダーを倒されて、恐慌状態になった群衆。
それが、一瞬でピタリと落ち着いたのだ。
不気味なくらい、静かになる。
遠くの方では、青の戦士団が戦っているんだろう。
怒号と、金属が打ち合わされる音が聞こえてくる。
「これ、まずいかもっ」
メリッサが珍しく、焦った様子で言った。
「なんか、今までと全然感じが違う。近くにいるんだよ、邪神が!」
根拠はなさそうだけれど、メリッサの勘は当てになる……気がする。
「分かった。じゃあ、スレイプニルを戻す!」
俺はトリニティを空に向けて撃った。
輝きが、第四階層の天に伸びていく。
「戻ってこい、スレイプニル!」
遠くで、激しいいななきが聞こえた。
石畳を蹴り、走破してくる轟音。
反応は劇的だった。
八本の足を持つ、巨大な馬がこちらに向けて疾走してくる。
その上には、レオンが乗っているではないか。
「皆さん、ご無事ですか!」
レオンが声を張り上げる。
そうでもしないと、スレイプニルが走る音にかき消されてしまうのだ。
邪神の信者たちは、落ち着いていたのだが、それもスレイプニルを見て再び恐慌状態になる。
何しろ、落ち着き払って動かないでいたら、踏み潰されるような大きさなのだ。
みんな、わあわあと悲鳴を上げながら逃げ始めた。
「ちょっと君、踏み潰しちゃう! 止まって、止まって!」
『ブルルルルッ!!』
レオンが必死にスレイプニルの首を叩くが、この巨大な馬は聞いちゃいない。
当たるを幸いとばかりに、信者たちを片っ端から蹴飛ばし、蹴散らし、こっちに向かってガンガン進んでくる。
「おおい、クリス君! なんとかしてください!! 全然言うことを聞かないんです!」
「そりゃあ、俺の召喚モンスターだからなあ……。スレイプニル! 分離だ!」
トリニティの空砲を鳴らすと、巨大馬はピタリと止まった。
そして、その体が光りに包まれると、キメラのペスとヒッポカンポスのポヨンに分かれる。
『ガオーン』
『ヒヒーン』
分かれちゃうと、おだやかなもんだなあ。
この二頭に、トリーが『ピヨヨー』と合流して、我が三匹の召喚モンスターが勢揃いだ。
それぞれ、『ガオ』『ヒヒン』『ピヨ』と情報交換をしあっている。
「言うことを聞かないと思ったら、今度はとても知的なことをしています……」
唖然としながらレオン。
だが、俺に向き直ると、ペコリと頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで、こちらにやって来た大神官を名乗る男は撃退しました。実は、それに先駆けて邪神を名乗る男がやって来たようで、それに青の戦士団の多くがやられていたのですが……」
レオンが駆けつけ、大神官と戦っているところに、俺が走らせたスレイプニルが来たと。
大神官は、半人半馬のモンスターに変わったそうだが、スレイプニルに乗ったレオンがそれを打ち倒したということだった。
その後、青の戦士団は邪神の信徒たちを掃討していたということだ。
「邪神は、青の戦士団の屋敷を後にし、こちらに来ていたはずなのですが……。まだ来ていませんか?」
「うん、来そうな気配はあるんだけど」
メリッサが周囲を見回す。
信者たちは散り散りに逃げていき、今は遠巻きに、俺たちを伺うばかりだ。
そして、また落ち着きを取り戻しつつあるように見える。
「バラドンナ様……」
「バラドンナ様がいらっしゃる……!」
どこだ?
どこから来るって言うんだ。
『ふ、ふふふふふ。ははははは! 大きな馬が儂を追い抜いていったので、とてもびっくりした……!』
あっ、スレイプニルと同じ方向から来た!
「追い抜いていたのですか!? 邪神らしき存在感は無かったのですが……!」
愕然とするレオン。
『儂は親しみやすさで売っているからな。オーラを隠して一般人風に振る舞うなど朝飯前よ。さて、我が可愛い大神官を、三人共倒してくれたようだな!』
そんな締まらない言葉と共に、奴は姿を表した。
邪神バラドンナ。
ユービキス神ですら恐れる、世界に災いをもたらすという神のはずだが……。
「ジョージだ」
そう。
そいつは、どこからどう見てもジョージだった。
魔銃をぶら下げたジョージだ。
バラドンナは、俺の言葉に真顔で頷いた。
『うむ、ジョージとやら言う男は、儂の依代にしてやったぞ。故に、この肉体はジョージのものだ。奴の魂は再利用し、使い魔としてクロリネ家に飛ばしてやったぞ』
「やっぱり、あれはジョージだったのか……」
俺は、クロリネ家の禁書の間で戦った、ジョージの姿をした魔力の塊を思い出した。
俺、ファニングショットであれを跡形もなく吹き飛ばしたな。
そっかあ……。あれ、ジョージだったのかあ。
なんだか、スッとした自分がいる。
「なんか調子が狂うなあ。私が昔戦った悪い奴ら、みんな真面目だったもんなあ」
メリッサが難しい顔をしている。
「でも、恐ろしい邪神だってことは変わらないんでしょ? そうじゃなきゃ、ユービキスが怖がるわけないもんね」
『いかにも。全盛期の儂であれば、この第四階層の民をも信者として取り込んでしまっていただろう。我が教えは平等。全ての者が等しく並び、上に立つ者も下に跪く者も無い世界。人間たちが純粋であった時代は良かった。あと一歩で、この世界を儂の教え一色に染め上げる所だったのだが……』
「それは危険だな。あんた、多分、悪いやつじゃないんだろう。だからこそ、一番やばいんだ」
『ククククク。儂は邪神ぞ? 常に、迷い悩み、苦しむ人間たちを救おうを考えておる! そう、全ての答えは儂が提示し、誤り無く、儂の教えという正解だけを掴む生き方こそが、人間にとっての幸福! そのためであれば、国家の一つや二つ消えてなくなっても仕方がない。人間一人の価値は、一つの国よりも重いのだからな! どうだ貴様ら。儂の信者になってみんか? ちょうどいいことに、貴様らも三人おるではないか。今なら大神官の座を確約した上で、儂がちょっといいレストランで教義を分かりやすくレクチャーしてやろう』
俺たちを勧誘してきた!
バラドンナの顔は、笑みをたたえてはいるが、ふざけている様子はない。
こいつは本気だ。
自分が邪神であり、己の教えが世界に災いをもたらすであろう事を知っていながら、それこそが人にとっての幸福だと断言する。
俺には上手く言えないけど、こいつ、本当にやばい。
邪神バラドンナを放置していたら駄目だ……!
「断る!!」
「お断り!」
「断らせてもらいます!」
俺たちは異口同音に返事をしながら、武器を抜いた。
俺の魔銃が、メリッサの持った大剣が、レオンの魔剣が邪神に向けられる。
ペスやトリーやポヨンも、戦闘態勢に入って身構えている。
そんな中にあって、邪神には少しの気負いも無い。
『やれやれ。貴様らも、儂の言葉に耳を貸さんか。だが、儂は知っているぞ? 人間は、追い詰められれば追い詰められるほど、儂の言葉を聞くようになる。ここは一つ、貴様らがお話をできるようにしなければなるまいなあ』
バラドンナの声が、低く、低くなった。
途端に、やつが今まで隠していたであろう、威圧感のようなものが強くなる。
それと同時に、バラドンナの姿が大きく揺らいだ。
ジョージの姿が一瞬でシルエットのように黒くなり、ぐにゃりと歪んで引き伸ばされる。
肉体をモンスター化するのは、邪神の力だったのだ。
『いつでも参ったと言っていいぞ? それで、儂は貴様らを許そう! 拳を交わしあえば、神と人であろうと分かりあえるものだ! さあ、始めよう!』
現れたのは、ジョージの顔を持つ毛むくじゃらの巨人。
背中には大きなコウモリの翼を持ち、額からは牛とも鹿ともとれる角が生えている。
「来るぞ!!」
俺の言葉と共に、変身を終えたバラドンナが高らかに咆哮した。




