ユービキスが出てきて!
「ありがとう、ペガサス! おかげで助かった!」
『フォーンッ』
ペガサスが、俺に鼻面を押し付けてくる。
両手で彼をナデナデしていると、アリナが不満そうな声を上げた。
「あのお、わたくしも、ペガサスにお願いして下に飛び込んでもらったんですけどぉ」
「えっ、そうなのか!? アリナはペガサスに言うことを聞かせられた……?」
「そうではありませんけれど! 誠心誠意お願いすれば、モンスターだって話を聞いてくれるものです! ……あれっ、これは本に書いてなかった知見です。わたくし、新しい知識を得てしまいました! メモしなくちゃ……」
アリナがポケットから、小さなメモ帳を取り出して何事か書き込んでいる。
「フャンフャン!」
『ガオーン』
「うん! オストリカも、ペスも、頑張ったな!」
俺が一匹と一頭をわしゃわしゃ撫でると、共に目を細めて喉を鳴らしてくる。
ちなみに、周囲の群衆は、俺が女盗賊を倒したことにびっくりし、動きを止めていた。
サンダラーは使う時に大きな音が出る。
これが、彼らの注目を集めることになり、結果的に女盗賊の最期を見せる決め手になったみたいだった。
「誰もかかってこないな」
「それはそうでしょう。皆さん、一時の熱狂に操られて、こうして暴力を振るっていたのです。それが醒めてしまって、しかもクリスさんがモンスターを使い、彼らに脅威を見せつけたのですから……。騎士や兵士ならぬ彼らが、こちらに掛かってこようなどと思うはずはありません」
アリナの分析が的確だ。
俺はちょっと、メガネの彼女を見直した。
どうやら、一切戦ったりすることはできないけれど、彼女にとっての武器は、その知識と分析力らしい。
「ということで、もう一度脅かしてやれば……ペガサスさん!」
『フォンッ。ブルルルルッ!! フォ────ンッ!!』
ペガサスが高らかにいななき、前足を振り上げた。
翼が大きく広がり、周囲に風が巻き起こる。
これを受けて、群衆が悲鳴を上げた。
さっきまで彼らを包んでいたのが熱狂だとするなら、今度は彼らを包んだのは恐慌だ。
みんな、てんでばらばらに、他人をかき分け、他人を踏みつけ、押しのけて逃げ出そうとする。
パニック状態だ。
「うわっ、これは凄いことになったなあ」
「クリスさんが召喚するモンスターは、ちょうど人間が認識しやすくて、直接的な恐怖を覚えるサイズだから良かったんですね。これで、神殿は守られました!」
「なるほどなあ……っと! こうしちゃいられない! メリッサとレオンを助けに行かなきゃ!」
『ガオン!』
「ペスがレオンのところに!?」
『ガオーン!』
『フォーンッ!』
キメラのペスと、ペガサスが呼応する。
すると、目の前でペガサスの複合召喚が解けてしまった。
トリーとポヨンに戻る。
今度は、ペスとポヨンが輝き出した。
「そうか、お前たちの新しい複合召喚で……! 行くぞ!」
俺が掛け声を送ると、二頭が弾丸となった。
トリニティが唸りだす。
キメラとヒッポカンポスを合わせて生まれる、新たなモンスターは……。
「複合召喚! いでよ、汝の名は……スレイプニル!!」
出現したのは、八本の足を持つ巨大な馬。
なんだか、ポヨン中心になると馬のモンスターになりやすいみたいだ。
だが、その大きさはペガサス以上。
頭の高さが二階建ての建物くらいある。
『ブオオオオッ!!』
スレイプニルはいななくと、空に鼻先を向けてくんくんと嗅いだ。
そして、ある方向に顔をやると、疾走を始めた。
レオンのにおいを嗅ぎ取ったんだろう。
頼むぞ、スレイプニル!
『ほうほう、すっかり召喚を使いこなしておるのう』
横合いから、妙に老人めいた甲高い声がした。
俺の胸辺りの背丈の少年が立っている。
金色の髪に、金色の瞳。
全身に淡い光を纏った彼は、光の神ユービキスだ。
「ユービキス。これ、結構まずい状況になってるよな」
『うむ。バラドンナめ、第一階層でひたすら勢力を広げておった。この世界の人間たちは、第一階層を無いものとして扱っておったからな。何も対策を打てなんだ。その結果がこれよ』
「あんたが何か教えることはできなかったのか?」
『既に、わしの声が聞こえる者も教団にはおらんよ。長い歴史が“本物”を退け、教団の中を渡り歩く政治が上手いものだけを残らせた。わしの天啓も聞けんような奴らばかりよ』
ユービキスは肩をすくめた。
自分の教えを国教に定めた国が、危機的な状況にあると言うのに、ずいぶん余裕だ。
『バラドンナめの教えは、必ず破滅を呼ぶ。人は平等だけでは生きられぬものじゃ。そうなれば、必ずわしの教えが蘇る。あやつが闇の女神キータスのような教えであったら、あるいはまずかったかもしれんがな。わしは今は、世界に干渉するほどの力が戻ってきておらぬ。どちらにせよ、見ていることしか出来ぬよ』
「クリスさん、そちらの美少年は一体……? か、可愛い……」
「あっ! アリナに見えてるぞユービキス!!」
『なにぃ』
目を見開くユービキス神。
彼が見えるかどうかは、才能によるとユービキスは言っていた。
この才能は、魔法が使えるとか、腕が立つとかそう言うことじゃないみたいだ。
少なくとも、アリナは頭が良くて知識がある以外は、ごく普通の女の子なのだ。
「ユービキス!? ということは、国教である光の神御本人ですか!? なるほど、確かに輪郭が曖昧で、周囲に淡く光を纏っていらっしゃいます。クリスさんは光の神ともお知り合いだったのですね……。あ、わたくし、アリナ・ビーツ・クロリネと申します。クロリネ家の継承権第二位を持つ娘です」
『ほう! 次代のクロリネ家がお主ならば、ひょっとすると数百年ぶりの王位を得られるかもしれんな! わしは応援しとるぞ!』
おっ、ここで神様と選王侯家が直接コネを作ったぞ。
二人が親しげに握手をしている。
『ピヨ、ピヨピィ』
トリーが俺の肩を、翼でぺちぺち叩いてきた。
「あ、そうか、メリッサのところに行かなきゃだな!」
俺やレオンと違って、メリッサはこれという武器を持っていない。
何かを召喚できるわけでもないし、剣や銃を持ってもいない。
よくわからない強さで、今まで活躍してきたのだが、彼女のわかりにくい強さが群衆に通じるのかが疑問だ。
俺たちはメリッサの所へと向かったのだった。
神殿から、商店街へ。
そこも群衆が溢れている。
俺は彼らの背後でサンダラーを鳴らし、道を開けようとした。
ところがだ。
「ぎえーっ」
何人かの男がふっ飛ばされてきた。
群衆がどよめく。
彼らが囲んでいるのは、商店街の中心地。
広場になっている所だ。
そこで、何者かが暴れているようだ。
「とりゃとりゃー! 近づいたらさっきみたいにぶっ飛ばすよー!」
「この声は……。トリー、見てきてくれるか?」
『ピヨ』
トリーが高く舞い上がった。
俺と視覚を同機する。
見えてきたものは……。
大きな木の板を振り回して、群衆を吹っ飛ばすメリッサだった。
近寄る端から、四方八方に吹き飛ばされていく。
うん、心配はいらなかったな。
「ええい! そんな小娘相手に何をやっている!! そいつはバラドンナ様が宿る前のジョージの体に金的を食らわせた悪女だぞ!! 必ずや罰を与えねばならん!!」
この声は……。
群衆の中に、見覚えのあるやつがいる。
そいつは、ジョージのパーティにいた魔法使いだ。
時折、メリッサに向かって魔法を飛ばしているが、それも木の板で打ち返されている。
打ち返された魔法が群衆に着弾して、大惨事だ。
ちなみにメリッサの後ろには、商店街の人たちが武装して身構えているではないか。
彼らも、上等な武器を振り回し、群衆と戦っていた。
「よーし、俺も行くぞ、メリッサ!!」
俺は叫びながら、視覚を元に戻す。
空にサンダラーを向け、引き金を引いた。
響き渡る雷鳴。
群衆がビクッとして立ち止まる。
「道を開けろ! 神殿は解放したぞ! 次はお前たちだ!!」
俺は叫ぶと、群衆の中に飛び込んだのだった。




