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邪神からのトラップ!

 アリナが、なおもゴソゴソと部屋の中を探っている。

 もしかして、邪神に関する記述がどこかに紛れ込んではいまいかと考えているみたいだ。

 メリッサは適当な書籍を手にとっては、そこから触手が飛び出してくるのをキャッキャしながら楽しんでいる。

 ……とんでもない本があるな。


「アリナ、やっぱり無いんじゃないか?」


「ええ。そのようです……。これは由々しき事態ですよ。わたくしたち、クロリネ家に任された、歴史と文化の管理。これには、危険な知識を管理、外部への流出を防ぐという役割も含まれているのです。この千年の間、あれを持ち出す人間などいなかったのですが……」


 アリナが沈んだ面持ちで振り返った。

 彼女の背後では、邪神の文献が抜き取られた空間がぽっかりと。

 その時だ。

 俺は凄く、いやな予感がした。

 なんだろう、これ。

 でも、無視しちゃいけない感覚だという気がする。


「アリナ、こっち!」


 俺は進み出ると、彼女の手を取った。


「えっ!? と、殿方がわたくしの手を!? いいいいいいけませんそれはっみだりに異性に触れることはふしだらで……」


 早口でそんな事を言うのだが、無視して引っ張る。

 その直後、彼女の背後にあった空間が、ピカッと光った。

 そして、視認できるくらい濃厚な何か……たぶん、魔力のようなものが押し寄せてくる。

 俺はこれに向かって、サンダラーを抜いた。

 連射する。

 轟音が、図書館に響き渡る。

 魔力の弾丸は、押し寄せる魔力に炸裂し、次々とそれを削り取っていく。


「うわっ、なんか凄いのが出てきてるね!? それ、触れたらやばいやつ! なんか分かる!」


 やはり、この魔力、メリッサのお墨付きで危険なやつだ。


「ひ、ひいええええ!?」


 ようやく、自分を襲おうとしていた魔力に気付いたらしい。

 アリナが悲鳴を上げながら、俺にしがみつく。

 うわっ、そんなにくっつかれたら動けない!

 そしてこの感触……むむむ、メリッサといい勝負……。


「はい離れてー!」


 すぐ目の前まで、怪しい魔力が迫った所で、メリッサがアリナを引っ剥がした。

 そこで、俺の頭にサンダラーからのイメージが届く。


「銃の後ろに手を当てて、引き金を引きっぱなしに……?」


 俺がそのイメージのまま、魔銃の後ろを触れると、そこが変化した。

 カバーで覆われていたところが展開し、内部機構がむき出しになったのだ。

 それは、鈍色に輝く金属パーツ。

 今も引き金を引き続ける俺の指に合わせて、パーツはシリンダーを撃ち抜くように動き続けている。

 まるで、ハンマーだ。


「分かった。このハンマーを手のひらで……」


 起こす!

 サンダラーが自動で行っていた動作を、俺の手でやるアクションだ。

 ファニングショット。

 その技の名前が、俺の脳裏に焼き付けられる。

 魔銃が放つ連射の速度が上がった。

 単発の銃声ではない。

 あまりにも発射と発射の感覚が短くて、銃声が繋がって聞こえる。

 射撃の輝きに、銃口(マズル)が輝く。

 俺に迫りつつあった謎の魔力は、凄まじい勢いで削られていった。

 最後に断末魔をあげるかのように、それは人の形になって大きく手を広げた。

 俺は、そいつに見覚えがある。


「ジョージ……!!」


 その名を叫んだ。

 ジョージの形をした魔力は、哀れっぽい目つきで俺を見ると、ファニングショットの前に散らされ、消滅していくのだった。


「なんだったの、あれ。っていうかクリス君、なにげにすごい技使ったね……!」


 メリッサが戻ってきた。

 彼女の首にはアリナがしがみついていて、それをぶら下げながら事もなげに歩いてくる。

 相変わらず凄いパワーだな。


「ああ。なんか、サンダラーが新しい技を教えてくれた。ファニングショットって言うらしい」


 魔銃が、元の形に戻っていく。

 あれは、超高速で連射を行うための形態なんだろう。

 とんでもない量の弾丸を使った気がする。

 魔銃の弾は俺の魔力から生成されるわけで、ひどく疲れた。


「それと……多分あれ、目に見えるくらい濃くなった魔力だ。誰の魔力なのかは分からないけど、それがジョージの形になってたよ」


「ジョージって、あのやな奴? なんで?」


 メリッサが首を傾げる。

 そうだなあ。

 確かに、なんでジョージの姿になったのかよく分からない。

 それに、魔力は邪神に関する文献が収まっていた隙間から出てきた。

 つまりこれは、邪神バラドンナの魔力だってことか?


「大丈夫ですか! メリッサさん! クリス君!」


 扉が蹴破られる音がして、誰かが……いや、言わずと知れたレオンだ。

 彼が走ってくる。

 レオンは階段を一足飛びに駆け上がると、あっという間に俺たちの元まで辿り着いた。

 入り口では、レオンにのされたらしい護衛の兵士が目を回している。


「ああ。なんとか無事だ。しかし、邪神の本は奪われちまったみたいだ」


「そうでしたか。ですが、お二人と、アリナさんがご無事で何よりです。やはりここは、僕も中にいるべきでしたか……」


「フャーン」


 レオンの頭にはオストリカが乗っかっていて、やる気満々でファイティングポーズなんか取っている。


「オストリカー」


「フャーン!」


 赤猫はピョーンと、手を広げたメリッサ目掛けてジャンプした。

 いつもの定位置である胸元にくっつく。


「アリナもそろそろ離れてー。オストリカを抱っこできないでしょ」


 アリナの首根っこを掴むと、いとも容易く引き離すメリッサだ。


「あわ、あわわわ、あわわわわ……! あああ、あれは一体、なんだったのでしょうか! わたくし、十六年生きてきて、あんなものなんて初めて見ました……! 本の中でなら何度でもあのようなものは読んできたのですが」


「ああいうのは幾らでもいるんだよ。私、この世界の外を旅して、たくさん見てきたもの。むしろ、そういう変なものが全然いないこの世界のほうが変わってるの」


 さらっと断言するメリッサ。

 アリナは目を丸くした。


「そんな、まさか……。わたくし、今まで読んできた本は、みんな作り話や誇張されたものだとばかり思っていましたのに……」


「大部分は本当のことだったのかもしれないね。クリス君、レオン君」


「おう」


「は、はい」


「これ、文献を奪った上に、罠みたいなのまで仕掛けられてたってことは、遠からず動くつもりなのかも。戻るよ!」


「動くって、邪神がですか!?」


 レオンが目をぱちくりさせる。

 そうだな。

 動き出すとしたら、邪神バラドンナしかいない。


「よし、行こう!」


 俺は真っ先に動き出す。


「レオン君も!」


「は、はい!」


 メリッサとレオンが俺に続いた。


『ピョイー!!』


 トリーが戻ってくる。

 彼女は俺の肩に止まると、『ピョヨヨ』と鳴いた。


「え? この間みたいな複合召喚を?」


『ピヨ』


「分かった!」


 俺は図書館から駆け出しながら、トリニティを抜き放つ。

 空いた手のひらを空にかざすと、トリーが弾丸に変化しながら収まった。

 そして、バレットポーチから一発の弾丸が飛び上がる。

 これは、ポヨンだ。


「複合召喚!」


 二発の弾丸を、中折式のシリンダーにセットする。

 戻った銃身が唸り、二つの銃口は光り輝く。


「お前の名は……ペガサス!!」


『フォーンッ!』


 放たれた、緑と白が混ざり合う輝きが、翼を持った巨大な白馬に変じる。


『フォンッ!』


「乗ればいいんだな! みんな、こっち!」


 俺はペガサスに飛び乗ると、その背から仲間たちに手を伸ばした。

 メリッサ、レオン、そしてアリナ。

 ……アリナ!?


「わ、わたくし、こんな動物を初めて見ます! すごい……! あなたたちといると、初めてのことばかりです! ドキドキですね!」


「いやいやいや、危ないから! アリナ、降りたほうが……」


『フォーンッ!』


「うわーっ!? ペガサスが舞い上がった!」


「きゃー! 速い速い!」


「うわわわ、メリッサさん寄りかかられると……アーッ! アリナさんしがみつかないでくださいいいいいい!!」


「ひいいいい!? ととと、飛びましたあーっ!?」


 俺たちを乗せ、ペガサスが飛ぶ。

 風を切り、空高く舞い上がり、ついにはバブイルの外に飛び出した。

 そして空中で大きく弧を描くと、第五階層から第四階層まで突き進んでいく……!!


「クリス君、あれ……! 街から煙が上がってる……! なんだかおかしいよ!」


 メリッサが指差す先。

 そこは、第四階層の街並みの、あちこちから上がる不自然な煙だ。

 今、第四階層で何かが起こっている。

 これがまさか、邪神のやったことなのか!?

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