司書なお姫様と大図書館!
「わたくし、アリナ・ビーツ・クロリネと申します。クロリネ選王侯家の娘でございます。ようこそ、お客様がた」
司書の女の子と思いきや、なんと選王侯家直径のお姫様だ。
彼女はメガネをクイクイやると、俺たちをじいっと見つめた。
その視線が、メリッサの胸元にくっついているオストリカに注がれる。
「お客様、動物は図書館にお連れできません」
「ええっ!?」
メリッサが目を見開く。
俺たち四人は連れ立って、クロリネ家が所有する大図書館へ向かっていた。
基本的に、訪れるものもいない施設で、誰よりも本を愛するアリナが、趣味で司書をやっているということだった。
司書というのは、図書館や、蔵書を管理する仕事だ。
古代の文献からクロリネ家が発掘し、再生させた職業らしい。
だけど、それが役立つ場所は今のところ、クロリネの大図書館だけ。
つまりは、このアリナが世界でたった一人の司書というわけだ。
俺はメリッサから聞いて、その存在を知ってはいたのだが。
「そこを、そこをなんとか!」
「いけません! なんとかなりません!」
まだやってた。
メリッサが必死に、オストリカの同行を頼み込むのだが、アリナは毅然とそれを断る。
線が細く見えるのに、腹が据わっているらしい。
「でも、もし外にオストリカを置いてて、どこかに遊びに行って迷子になったりしたら……」
「メリッサが外で待つという選択肢はないんだなあ……」
「図書館なんて面白そうでしょ? 絶対入る! ……だからオストリカがー」
困った。
メリッサも折れないぞ。
ちなみに、さっきからレオンが何か言い出そうとしては言い出せないでいる。
彼は女子が苦手らしく、メリッサに加えてアリナが増えたことで、すっかり影が薄くなってしまった。
「あ、あの、ぼ、僕がその猫、猫を」
「ああー! 誰か、オストリカを見ていてくれないかなあ……!」
「あ、ぼ、僕が、その」
「ううう、やっぱり私が外で見てるしかないかなあ」
「ぼ、ぼ」
「メリッサストップ! レオンが何か言ってる!」
俺が彼女の肩をポンッと叩くと、メリッサは目を丸くして静かになった。
レオンは俺に向かって、ホッとした顔で会釈する。
「あの、僕が、その猫を預かりましょうか」
「本当!? 助かる!!」
現金なメリッサ、オストリカをポンとレオンに預けてしまった。
「悪いなレオン」
「いいんですよ。僕は外でゆっくりしていますから」
「一応、トリーを付けとくよ」
トリーを召喚し、小型化させる。
これをみて、アリナは固まってしまった。
「そ、そんなまさか……。それって……召喚魔法……?」
「そうそう。知ってるのかアリナ?」
「ええ。本で読みました! 遠い時代に失われた魔法、召喚魔法! 個人の才能に左右される分野のため、通常の継承手段が通用しないため、使い手の死と共に失われてしまう……。あ、つきました」
急に素に戻るアリナ。
大図書館の入り口に到着したのだ。
そこには、護衛の兵士らしき男が、だるそうに椅子に座っている。
「アリナ様、おかえりなさい。……なんか増えてますね」
「はい。こちらはわたくしのお客様です。わざわざ、クロリネ領の外からいらっしゃったのよ」
「はて……。来客があるという話は聞いてませんけどね」
「極秘でいらっしゃったのでしょう? おどきなさい。彼らはこの図書館の利用者なのですよ?」
「へいへい。あ、お客さん、動物はちょっと」
ここでも、オストリカは入館禁止か。
メリッサはちょっと膨れながら、レオンにオストリカを手渡した。
この赤猫は賢いので、自分をレオンに預け、図書館に入っていく主人に向かって「フャンフャン」と手を振っている。
駄々をこねたりしないのだ。
「大人しいなオストリカ」
「あの子、屋内よりも外が好きなの。それに、たぶん今はレオンと遊びたいんだと思うな」
あ、オストリカがレオンに猫パンチをしている。
護衛の兵士も立ち上がり、二人がかりで子猫と遊ぶ構えだ。
あちらは彼らに任せておけばいいだろう。
しかしまあ、中に入ってしまうと、クロリネ家は平和ボケして見えるな。
護衛の兵士だと言うのに、全くやる気がないし、お姫様に向かってぞんざいな口を利いているしな。
俺が第一階層で襲われた、あの刺客は一体何だったんだろう。
結構な使い手ばかりだったと思ったが。
「さて、お客様がた。本日お探しの本は、どのような種類のものでしょうか?」
図書館の扉をくぐると、振り返ったアリナが問う。
入ってすぐに、大きなホールがある。
壁は円の形をしていて扉が八つ。ホール中央部には二階へ上る階段がある。
「クロリネ大図書館には、我が選王侯家が存在する歴史の中で収集し続けてきた、重層大陸バブイルのあらゆる知識と情報が集まっています。あなたがたが望む知識は、必ずや得られることでしょう」
「じゃあ、邪神バラドンナについて」
俺はいきなり本題を切り出した。
アリナがメガネの奥で、目を見開く。
「バラドンナ……。重層大陸の地下三階層から一階層を犠牲にすることで、迷宮の奥深くへと封印した邪神の名前ですね。こちらは、みだりには公開できぬ類の本になります。失礼がなければ、それを調べる理由をお伺いしても?」
「ああ。俺もメリッサも、ユービキス神からその辺を任されたっぽくてさ。どうせ暇になったってんで、ついでに調べに来たんだ」
「ユービキス神って……光の神様ですか!? それがあなたがたの作り話でないならば、わたくしが知らない所でバブイルの歴史は大きく動こうとしているのですね……!!」
今度はアリナが目をキラキラと輝かせだした。
忙しい子だなあ。
「そういうことで、一応私たちには、邪神を調べる理由があるの。通してもらっていい? ええと、ほら、私はこういう者だから」
メリッサがゴールディ家の独立裁量証を見せる。
「それは……。つまりこれは、ゴールディ家からの正式な要請であると言うことになりますが、よろしいのですか?」
「ええ、もちろん。責任はクラリオンさんが取るよ!」
言い切った!
もちろん、メリッサは事後承諾という形でクラリオンへと報告することだろう。
だが、そんな事は知らないアリナ。
深く何度も頷くと、口を開いた。
「分かりました。ゴールディ家がそれほど本気であるならば、わたくしも責任を以て禁書の部屋の利用を承諾しましょう」
アリナは歩き出した。
階段を登り、二階へ向かう。
踊り場にも扉が幾つもあり、その上にも扉、扉、扉。
そして、二階の最奥にひとつだけ、異様なほど厳重に封印が施された部屋がある。
金属で作られた扉と枠。そこに、鎖が何重にも巻き付けられており、さらに鎖に錠が取り付けられている。
「こちらです」
「凄く厳重なのね……!!」
メリッサでさえ息を呑む異様さだ。
これは、確かに開けるには大変苦労することだろう。
それだけ危険な本が封印されているということだ。
「あ、これは見た目だけらしくしているのです。つい先ごろ、オラムの叔父様が利用されたので」
アリナは鎖や錠前を無視して、普通にドアノブを回す。
スルッと扉が開いた。
俺とメリッサは、ちょっとずっこけた。
「ホントだ……。これ、鎖に見えるけどそれっぽく見えるように扉に彫ってあるんだ」
「禁書じゃなかったのか……?」
「禁書ですけど、この千年、何も無かったですからねえ。封印しておくべし、という伝承は時と共に薄れるものです。その結果がこの見た目だけそれっぽい禁書の部屋です。どうぞ」
入室と同時に、アリナが壁際を操作した。
すると、魔法のものらしい灯りが点く。
照らし出された部屋は、本棚が壁一面を覆う、それなりの広さの所だ。
棚に差されている本は、なかなか個性的な背表紙ばかり。
ぎざぎざしていたり、明らかに何かの鱗で作られていたり、淡く輝いていたり……。
「まあ」
バラドンナに関する書籍を探していたアリナが、声を上げた。
「どうしましょう。邪神バラドンナに関する文献が、ごっそり持ち出されています! 誰が一体こんなことを……!」
そのオラム叔父様じゃないのかなあ。




