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門前払いのクロリネ家!

「どうしてゴールディの手の者を通すと思ったか! 帰れ帰れ!」


 第五階層に到着してすぐ。

 大図書館や、資料館に行きたかった俺たちは、観光もせずに一直線にクロリネ家へと向かったのだ。

 だけど、バブイルの文化物を管理するクロリネ家は、俺たちを門前払いしたのだった。


「なんてやつだ!」


 俺がぷりぷりと怒る。


「クリス君、君はクロリネ家の誘いを断ったのでしょう? ならば、彼らが意固地になるのも分かるというものです。僕だってそうする」


「レオンはどっちの味方だよー」


「フャンフャン!」


 俺と、いつの間にか頭の上に登っていたオストリカが抗議する。

 レオンは落ち着いた風に、どうどう、と俺たちを落ち着かせる仕草をした。


「あくまで気持ちが分かるというだけです。それに僕は、今はメルクリー家の食客ですからして。あっ、その猫を僕にけしかけるつもりか」


 門の前でわあわあと騒いでいると、門番が顔を真赤にしてこっちに走ってくる。


「こらあ! いつまで騒いでるつもりかーっ! いやがらせかお前ら! 万年王選最下位のクロリネ家にいやがらせかーっ!!」


「うわ、本気で怒ってるぞ!」


「ちょっと泣いてますよ!」


「はーい、みんな撤収、撤収ー」


 メリッサの号令に合わせて、その場から撤退する俺たちだった。

 少しして、クロリネ家の領土が見渡せる魔導エレベーター乗り場までやってくる。


「いやあ、やっぱり駄目だったねえ……。意固地になっちゃってるのか、それとも邪神と組んでる証拠を見つけられたくないのか……両方かな」


 メリッサが腕組みして唸った。

 目論見が外れてしまった感じだ。

 いつものノリで、独立裁量証を見せて、するっと通過……と思ってたんだろうが、よく考えれば相手も選王侯家。

 彼らにも独立裁量権はあり、クロリネ家の領土は、バブイルの中にある別の国みたいなものなのだ。


「これ、正攻法だとダメなんじゃないか?」


「正攻法では……ですって? クリス君。もしや、何か良からぬことを考えていますか?」


「もちろんだ」


 レオンに、にんまりと笑いかける俺だ。

 メリッサも察したようで、悪い笑みを浮かべた。


「こっそり、図書館に入ってやればいいんだよ」



△▲△



 クロリネ家の領土は、どこまでも続く城壁に囲まれている。

 ここを巡りながら、入りやすそうなところを探そう、というわけだ。

 図書館や資料館の位置なら、大まかにメリッサが覚えている。


「よーし、トリー、お前の出番だぞ」


『ピヨヨ』


 ハーピーが頷いた。

 今は、魔銃の力でトリーを小型化させている。

 目立ちにくくするためだ。

 そして、俺と視覚を共有させて、入り込みやすい城壁を探す。

 これだけ広いなら、どこか管理がおろそかなところがあってもおかしくない。


「僕も眷属を出して探索をさせましょう。ただ、僕の場合、戦闘に特化しているのでこういう偵察は効率が悪いのですが」


 レオンが、眷属とかいう霊体を呼び出した。

 あれは一体、どういう原理の技なんだろう。

 召喚じゃないしなあ。

 ちなみに、知覚は同機していないのだそうで、眷属が何かを見つけると、報告のためにダッシュで戻ってくるらしい。しかもそれで、行動できる時間が終わってしまうとか。


「案外扱いづらいんだねえ、それ。あと、この間シュテルンとか言ってなかった?」


「はい。シュテルンは僕の師です。僕には死霊術師の才能があるとかで……」


「えええーっ!?」


 何だか盛り上がっているな。

 俺は仕事に励まねば。

 ペスを召喚し、彼の背中にまたがって、ゆっくりとトリーを追う。

 俺の視界は、空からクロリネ家領を見下ろしている。


「よく手入れされている……ってわけじゃないみたいだな。警備とか、軍備的なものは弱いみたいだ」


 歩き回っている兵士の姿は少ないし、あちこち、壁にはひび割れや蔦が走っている。

 つまり……どこからでも入り込めそうに見えた。


「うーん……。クロリネ家、本当にあれだなあ。あら事関連はパッとしない感じ?」


 だけど、せっかく侵入するなら、位置を選択せねば。

 ええと……壁際には茂みがあって、通路があって……。

 その中で、幾つか大きな建物を発見する。

 壁の周囲は手入れされてないが、通路まわりは茂みが刈り込まれていて、整っている。

 通路をそのまま歩いたんじゃ見つかるか。

 それなら、兵士をふん縛って服を借りてしまうか?


「それだな!」


『ガオ?』


「いい案が思いついたんだ! 戻るぞ、ペス! トリー! 戻ろう!」


『ピヨヨー』


 モンスターたちと共に、メリッサが待つ場所へと帰還する。

 メリッサは、周囲を探索する手段などを持っていないから、こうしてお留守番なのだ。


「どう?」


「いけそう。結構警備もゆるいし、どこからでも入れるよ、これ。後は、兵士の格好したらわからないんじゃないか?」


「いけるね! あとは私たち、みんな背が低いから、それだけどうにかしないと……」


「じゃあ、靴を上げ底にするとか?」


「上げ底作ってる時間なくない? そうだ! 背伸びして歩こうか!」


 メリッサから変な提案が出てきたぞ。

 俺たちが、ああでもない、こうでもないと言っていると、収穫なしのレオンが帰ってきた。


「面目ありません……! 何も……見つかりませんでした!!」


 がっくりと膝をつくレオン。

 そこまで申し訳なさそうにしなくてもいいのに。

 そんな彼の肩を、メリッサが叩いた。


「大丈夫だよレオン君。私なんて、何もしないでここでみんなを待ちながら、隠し持ってきたおやつを食べてただけだもん……!」


「メリッサ、おやつを隠し持っていたのか!! 一人で食べるとはなんということを!」


「あわわわ、メ、メリッサさんが僕の肩を……!!」


「フャンフャン!」


 大混乱になった。

 メリッサは、隠し持ってきたおやつについての弁明を始め、レオンは赤くなってガクガク震え、オストリカはレオンの眷属を猫パンチで叩いている。


『ガオン?』


「あっ、そうだった! ペスの言う通り、こんな事してる場合じゃねえ!」


 俺は我に返った。

 ペスが、仕方ないご主人様だなあ、とばかりに四つの頭で溜息をつく。


「レオン、とりあえず、潜入できそうなところは見つけたんだ。というか、どこからでも入れるけれど、目的地に一番近そうな場所の目星がついた」


「なんですって! それはどこです?」


 ということで、みんなを案内する俺なのだった。

 到着した壁面には蔦が這っており、これを足がかりにして容易に登ることができる。

 侵入者なんか、入り放題だろう。

 だけれど、ここに到達するための魔導エレベーターは厳重に警備されているため、クロリネ家の中に忍び込もうという輩はいないのだ。

 俺たちを除いて。


「なんか、凄く簡単に入れちゃったね……」


 ひょいひょい、と蔦を這い上がり、俺とレオンを引っ張り上げたメリッサである。

 壁の上に立ち、辺りを見回す。


「危ないよ、メリッサ!」


「ううん、大丈夫みたい? 全然人の姿なんてないし。ていうか、茂みが凄くて壁際なんか見えてないんじゃないかな? これ、手入れできてない?」


 確かに、メリッサの言う通り。

 壁の向こうには、見渡す限りの木々と茂み。

 とても剪定(せんてい)されているようには見えず、荒れ放題、という印象だ。

 上から見た時は、こんなに高さがあるとは思わなかったなあ。

 よっと! と掛け声をあげて、メリッサが壁の内側に飛び降りた。

 俺とレオンも続く。

 モンスターたちは、念のために弾丸に戻しておく。


「クリス君、この奥が図書館?」


「ああ。空から見た時はそうだったと思うけど」


 俺たちは、茂みをかき分けて前進することにした。

 兵士の装備を奪う予定だったが、それどころじゃない。

 バキバキと枝が音を立て、ガサガサと茂みが揺れる。

 俺たちはみんな、隠密行動なんかできないので、音を立て放題なのだ。


「むしろ、これだけ音を立てているのに誰もやって来る気配がないようですね。本当に人手不足なんでしょうか」


 レオンがいぶかしそうに呟く。

 そして俺たちは、茂みを抜けた。

 その時だ。


「きゃっ」


「わっ!?」


 俺の目と鼻の先に、女の子が立っていて、あやうく衝突するところだ。

 女の子はびっくりして尻餅をつき、俺も転びかけた。


「クリス君、どうしたの?」


「兵士に見つかりましたか!?」


「いや、そんなんじゃないと思うけど……」


 俺の前でへたりこんでいる女の子は、仕立てのいい上着にスカートを身に着けて、メガネという珍しい道具を顔にかけていた。

 首からは、名札みたいなものを下げている。


「なになに? 司書……のアリナさん? クリス君、レオン君、ついてるよ! この人、司書だって!」


 名札から、即座に彼女の素性を読み取ったメリッサ。

 当のアリナは、目をパチクリさせて、まだ状況が理解できない様子だった。


「はあ、司書です。えっと……皆さんもしかして、図書館の利用者の方? 珍しい……」


 ちょっと変わった子なのかもしれなかった。

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