神様と神殿を巡る!(リュシーもオマケ)
『どれ、腹ごなしに神殿を案内してやろう。そうじゃな。わしがお主らを引き連れていくと、外からはお主たちが勝手に歩いているように見えるじゃろう。そこな神官』
ユービキス神の指先から、びびびびび、と光線みたいなものが放たれた。
それに撃たれたリュシーが、ビーンっと棒立ちになって、ぱちぱちと瞬きをした。
「はい。では、わたしが二人を神殿案内にお連れしますネ」
「わー。なんか凄く操られてる風になった……」
「リュシー大丈夫?」
だが、これはリュシーの周りの神官たちも似たり寄ったり。
パスモー大神官はカクカクと操り人形めいた動きをしながら、
「そうだそうだ、それがよろしい。お二人を連れて神殿を回ってきなサイ」
「はい。いってきマス」
『これで自然じゃろう』
「不自然だよ」
俺が突っ込むと、ユービキス神は「ええー」とでも言いたげな顔をした。
お茶目なんだか、天然なんだか。
ユービキス神は立ち上がると、リュシーを従えて歩き出した。
彼は、真っ白な絹のローブみたいな物を纏っていて、歩く度にそれが風に吹かれて揺れる。
つまり、こっちに実体があるみたいだ。
「神殿の案内? 何か面白いものがあるのかな」
たっぷり三人前は食べたメリッサが、平然とした顔でついてくる。
でも、俺は見逃さない。
彼女のお腹が、満腹になって丸く膨らんでいるのを。
彼女、なんで太らないんだろうなあ……。異常に消化力が高いのだけは間違いない。
「メリッサ、食後の休憩しなくていいの?」
「寝てすぐに横になると、全身の隅々まで栄養がいきわたっちゃうでしょ……! たくさん食べたらその分、ちょっとずつ体を動かして栄養を消費するの!」
この返答からすると、どうやら太るらしい。
たくさん食べるなりに、彼女はついてしまう栄養をなんとかすべく努力しているのだ。
ちょっと見直した。
メリッサは超人というわけではないんだな……。
「クリス君、何、私のお腹をジロジロ見てるの……? も、もうすぐ引っ込むんだからね!」
メリッサが自分のお腹を隠す仕草をした。
「あ、ごめん」
慌てて目をそらす。
『お主ら、わしを無視しとったな?』
そらした先には、困った顔をしたユービキス神。
『ふん、いいもんねーだ。お主らは話が通じる、選ばれし者だと思って邪神めの話をしてやろうと思ったけど、いいもんねー。もう、重層大陸バブイルは邪神に滅ぼされちゃうもんねー』
「あっ、神様がいじけた!」
そのへんの小石を蹴るユービキス神。
俺は彼の肩を叩くと、精一杯笑顔を作った。
「そんなことないって。俺、神様の話をすごく聞きたいです! あー、楽しみだなあ、神様がどんな話をしてくれるのか」
『本当? 本当に本当か?』
「神に誓って嘘は言わないです!」
『そうか、そうかそうか。ほほーん』
にんまりと笑顔を浮かべるユービキス神。
ちょろすぎる。
△▲△
まず、俺たちが案内されたのは神殿の中庭だった。
中心に泉があり、今もこんこんと、きれいな水が湧き出している。
『おー。千年ばかり留守にしておったが、きちんとこの泉は残っておったかあ』
ユービキス神が感激しながら、泉に駆け寄る。
「千年……!?」
『うむ。そうじゃ。わしは魔王によって、他の神々ごと封印されておってな。今も、封印されている間に減じた力が戻ってきてはおらぬ。こうしてお主らの付き添いという形でなければ、神殿内を歩き回ることも難しいのじゃ。これは、お主らが持つ魔力を依代にして、わしが行動しているということじゃな』
「へえ……ってことは、つまり千年もの間、この国に神様はいなかったってこと……?」
『そうなるな。邪神めは迷宮の奥底に封じておったが、わしら神々が封印された時に、やつの封印は解けてしまったようじゃ。迷宮からモンスターめが溢れ出して来るようになったのは、そこからじゃろうな。邪神が極度の方向音痴で助かったのう。千年、迷宮から出てこんかったじゃろう』
「ええ、はあ……」
方向音痴ってなんだ。
まあしかし、あれだけ複雑な構造をした迷宮だ。
そんな邪神なら、奥深くから上がってくる事はできないだろう。
なのに、その邪神バラドンナとやらが復活した、というのは一体……?
『不思議に思っとるな。おおよそ、神がこしらえたシステムは不調などなく動き続けるものよ。わしらは封印されたが、それによって解放されたバラドンナも、迷宮から脱することはできなんだ。……自力ではな』
「自力では、ということは……誰か、手助けしたやつがいるってこと?」
『そういうことじゃ。しかも、それは私利私欲のために行ったことじゃな。かーっ、本当に千年前から、人間は変わっておらんのう!』
ユービキス神が額を抑えて嘆いた。
「ちなみにクリス君。神様たちを魔王から解放したのが、私と仲間たちね。あと、オストリカのお父さん」
「フャンフャン!」
メリッサと、勇者一行ということか。
オストリカのお父さんということは、アーマーレオパルドの大きいやつが同行していたらしい。
『そら、次じゃ次じゃ。この泉は、一応微弱ながらわしらの魔力が込められておる。普通の神官たちが浴びたり飲んだりする分には効果があるじゃろうが、お主らの次元になると毒にも薬にもならん』
「次元って。俺はまだ、全然大したことない奴なんだけど」
『成長途上だろうが、お主は特別な側に足を踏み入れとるんじゃ、クリス。普通の人生は送れんが、それも含めて、あの勇者たちはとても楽しそうじゃったぞ?』
「そうそう。世の中から外れた所にも、楽しいことがいーっぱいあってね。美味しいものだってたくさんあるんだから」
メリッサが、にこにこしながら言った。
彼女がいるなら、その、普通じゃない側の世界も悪くないな、と思う俺なのだった。
『こっちじゃよー!』
いつの間にか、ユービキス神は遠く離れて、中庭の対面にいる。
そちら側には大きな扉があって、完全に開いてしまっていた。
ちなみに、ユービキス神はリュシーと同時に行動している。
傍目には、リュシーが俺たちを案内しているようにしか見えないはずだ。
『普段は閉ざされておるのじゃがな。年に一度の祭礼の時に開放される、特別な部屋じゃ』
彼に続いて扉の奥に入ってみると、そこは広大な空間だった。
光の射さない、密閉された暗闇。
だが、ユービキス神が指を鳴らすと、彼の頭上に眩い光が出現した。
なるほど、光の神だ。
『ここはな。壁に歴史を刻んでおる。わしら神が現れた時から始まり、千年前にわしらが消えた、その時までな』
「消えた時まで……。ってことは、もしかして神殿の偉い人たちは、神様がいなくなったことを知ってたってこと?」
『そうじゃ。じゃから、今の神官たちにはわしら神が見えなくても仕方がない。一応、例外のようなものはおってな。わしの対となる闇の女神キータスは、あまりにも強い魔力を持つがゆえに人の目にも見えてしまうのじゃ』
光に照らされて、この空間が一望できるようになった。
壁に刻まれた歴史の数々。
その一部に、確かにユービキス神だと思われる子どもがいて、彼の隣には黒髪の少女が立っている。
これが闇の女神キータスだろうか。
「あー、キータスちゃんだ。よく似てるねえ。あの子可愛いんだよー」
「えっ!? メリッサ、闇の女神と知り合いなの……?」
「うん。彼女を神様にした、闇の女神教団を大きく育てたこともあったよ。それもこれも、魔王を倒すためだったの」
「なんだろう。よく理解できないぞ……」
眼の前にいる、少し年上の魔物使い。
なのに、俺の何百倍もいろいろな経験を積んできている。
メリッサは底知れないな。
『クリス、メリッサ。これじゃ、これ。こいつが邪神バラドンナじゃよ』
ユービキス神が、リュシーに肩車してもらいながら、少し高い所に描かれた壁画を指差す。
それは、黒いマントを纏った、鼻の高い男の姿をしていた。
邪神、という呼び名から受ける禍々しさは持ち合わせていない。
背筋がピンと伸び、自信に満ち溢れた表情。
邪神だと言うのに、どうしてこの壁画で、バラドンナは堂々とした姿に描かれているんだろう。
『こやつは、人の心の隙間に入り込む。社会というシステムの欠陥を利用し、またたく間に己の権勢を拡大する。バラドンナが邪神と呼ばれる前、なんと呼ばれていたか、知らんじゃろう?』
俺は頷いた。
そもそも、邪神なんて存在、全然知らなかったのだ。
ユービキス神は皮肉な笑みを浮かべた。
『平等の神じゃよ。どんな世界をも、奴は等しく平らに均してしまおうとする。全てのあらゆる差異を許さぬのじゃ。そんなもの、生きとし生けるものたちと噛み合おうはずがなかろう』
俺には正直、ユービキス神が言う、邪神の恐ろしさが分からなかった。
だが、壁画に堂々たる姿で描かれた邪神バラドンナに、不気味なものを感じ始めていた。




