地上への帰還!
魔導エレベーターまでは、すぐに辿り着くことができた。
倒したゴーレムの素材の山分けを終えた後、助けたパーティの人たちと自己紹介をしあう事にした。
「俺はクリス。魔銃使いなんだけど……」
「幻の職業、召喚士だったということね。パーティを代表して、リーダーの私が礼を言うわ。助けてくれてありがとう。私は戦士のダリア」
「わたしは僧侶のリュシーよ。光の神、ユービキス様にお仕えしているの。あなたに、光の神の加護があらんことを」
「魔法使いのハンスだ」
「盗賊のヨハンだ。坊主、危ないところを助けてくれたってな! 目が覚めたらキメラがいるんだから、死ぬかと思ったぜ! だが、あれを従えてるってんだ。大したやつだぜ、お前は!」
ヨハンはかなり気軽に、俺の肩をポンポン叩いてくる。
でも、悪い気はしない。
こうしてみんなから感謝されるなんて、初めてだったからだ。
嬉しいやら、恥ずかしいやら不思議な気分で、背中がむずむずする。
なぜか、ちょっと離れたところから、メリッサが得意げな笑みを浮かべて俺を見守っている。
「見てるだけじゃなくて、なんとか言ってくれよ、メリッサ!」
「むふふ。みんなから感謝されて照れてるクリス君も可愛いと思ってさ。はい、みんな。私はメリッサ。このバブイルの国の外から来た……いわゆる外国人よ」
「外国人!」
聞いたことはある。
つい最近になって、俺たちが住む世界、重層大陸バブイルの外から旅人が訪れるようになったということだ。
千年くらいの歴史の間、ほんの何人かしか語られていない外国人。
それが頻繁に訪れるようになったということで、大陸と同じ名前を持つこの国は結構な混乱ぶりなのだ。
メリッサが外国人。
そう言えば、彼女の綺麗な緑色の瞳は、この大陸にはいないものだ。
まじまじ見ていたら、メリッサがにっこり笑った。
「むうっ」
しまった。
なんだろう。メリッサといると調子が狂っちゃうな。
いや、でも、この感じはジョージになにか言われているのとは全然違って、いやじゃないぞ。
「君なら、鍛えればこの大陸の外でも通用するかも……? ああ、こっちの話だけど。それで、クリス君。これからどうするの?」
「これから……。考えてもなかった」
「えっ、クリスってフリーなの? それじゃあ、私のパーティにこない?」
「クリスさんが来てくださるなら、わたしたちも頼もしいです!」
ダリアとリュシーは大歓迎。
そんな扱いされるなんて思ってもいなかったから、俺は戸惑うばかりだ。
ジョージのやつ、俺が外で通用しないなんて、嘘だったんだな……!
だけど、今日はあまりにも一日の出来事が劇的すぎて、俺の頭が混乱していた。
「ちょっと考えさせてもらっていい? 急なことで……」
俺の申し出を、彼らは快く受け入れてくれた。
なんていい人たちなんだ……。
ジョージのパーティとは大違いだ。
俺が今まで働いていた環境って、一体何だったんだ……?
△▲△
エレベーターが地上に戻ると、地下のカビ臭いものとは違う、潮風が吹き込んでくる。
重層大陸バブイル。
それは、海に浮かぶ巨大な塔の形をした島だ。
ここは海の上に、延々と連なって築かれた、重層の大陸にして王国。大陸と同じ名を冠した、バブイル選王国。
ここは海に近い高さにある、いわゆる第一階層。
俺が生まれた下層民のスラム街や、冒険者の店の第一階層支部がある。
「でもクリス、今日は奢らせてちょうだい。命を助けられて、召喚士の技まで見せてもらったのに、ゴーレムの素材だけじゃ申し訳ないわ」
パーティリーダーのダリアに押し切られ、俺は彼らに食事を奢ってもらうことになってしまった。
なぜか、メリッサもちょこんと後についてきている。
ダリアたちからすると、メリッサは俺の仲間という見方になるみたいだ。
「ご飯楽しみだねえ。冒険者の店って、部外者は入りづらい雰囲気でしょ? 私一人だと、ほら。色々と大変でね?」
俺より年上とは言え、まだ少女と言える年齢のメリッサだ。
それに、けっこう可愛い。
荒くれ者が多い冒険者なら、メリッサを放っておかないだろう。
「そういうのは、俺が守るから大丈夫。たぶん」
メリッサが目を細めた。
あっ、なんだか猫っぽい笑顔だ。
「男の子だねっ! うんうん。頼りにしてる!」
メリッサが背伸びして、俺の頭をわしゃわしゃ撫でた。
「こ、子供扱いは……お、おぉう」
背中に当たっているこの感触……。柔らかい……。
俺は大人しくなった。
そうしたら、耳元でメリッサが囁く。
「ちなみに……背中に感じてる感触の半分はオストリカだからね」
「あっ、そうですか……」
このふんわりは半分子猫かあ。半分……。
半分……!?
「おーい、そこで二人でいちゃいちゃしない! 行くわよ!」
「いちゃいちゃだって。どう?」
「なんで返答に困ること聞くんだよ!?」
俺とメリッサ、並んで冒険者の店に急ぐのだった。
冒険者の店は、冒険者たちのたまり場だ。
国が運営していて、それぞれが独立した職能集団であるパーティに、仕事を提供している。
パーティはリーダーが経営者であり、メンバーはリーダーから給料をもらう、言わば部下。
だから加入するにはリーダーの面接やスカウトが必要だし、抜けるには手続きってものが王国の法で定められてる。
そのかわり、メンバーは仕事をこなしさえすれば、それなりの給料がもらえるわけだ。
俺のリーダーも、ダリアのようだったらなあ。
「おいおい。なんでそいつがここにいやがるんだ」
冒険者の店に入ってすぐ、その声が聞こえた。
俺の背筋が粟立つ。
そいつは、店の奥にいつものメンバーたちと共に座っていて、俺を見かけるなり立ち上がった。
ジョージだ。
「なんで、どうやってここに来た? ……ああ、そうか。途中で他のパーティに拾ってもらったってわけか」
「ジョージ……! 俺を置き去りにしたくせに」
俺が吐き捨てるように言うと、店の中がざわつき始めた。
「置き去り!? 迷宮の中にか!?」
「冗談だろ。ジョージのパーティって言ったら、地下三階層まで行ってただろ……」
「死ぬぞ、そんなもん」
周囲のパーティから、ジョージに向けて非難の視線が集まる。
これには、こいつも参ったらしい。
冷や汗を流しながら半笑いになって、
「違う違う! いいか。こいつは地下三階層で独断専行して、はぐれやがったんだよ! 俺たちは優秀な魔銃使いを失って困ってたところだったんだ。よく戻ってきてくれたなあ、クリス!」
芝居がかった仕草で俺に近づく。
「近づくな!」
「クリス。お前、手続き上はまだ俺のパーティの仲間なんだよ。なにせ、俺はお前からの辞表を受け取ってねえからな。それに、俺はお前をクビにするつもりもねえ。さあ、すぐにまた潜ろうぜ。今度ははぐれないように最後まできちんとやってやるよ」
こいつ、正気か!?
頭がおかしいんじゃないだろうか。
俺は怒りに震える手で、魔銃を抜こうとした。
冒険者の店で、武器を抜くことはご法度だ。
これを行った時点で、そいつは冒険者じゃなく、犯罪者になる。
ジョージの顔が、ニヤリと笑った。
「どうした? ここまで目をかけてやった俺がお前を歓迎してるんだ。また仲良くやって行こうぜ、なあ、クリス!」
「ちょっと……」
さすがに見かねたダリアが割って入ろうとした。
だが、誰よりも早く割り込んできた者がいる。
メリッサだった。
「ちょっと待ったー。あなたがジョージだね?」
ジョージと比べると、頭一つ分以上は小柄なメリッサ。
だが、全く臆することなく、俺とジョージの間に立ちはだかる。
「なんだ、お前? ここはメスガキのいていいところじゃねえぞ? ははーん、冒険者の店にまで出向いてきて、客を取ろうってんだな? よく見りゃ上玉じゃねえか。俺が買ってやっても」
「まずあんたは、冒険者じゃなくて男を廃業しろ!」
メリッサが叫んだ次の瞬間、彼女の足がすごい速度で動いた。
床板を踏み割りながら、彼女の右足が蹴り上げられる。
歴戦の冒険者であるジョージが、全く反応できない。
彼女の足の甲は、彼の股間を高速で駆け上がり……その先にあるものにキーンッと当たった。
当たっただけでは止まらない。
そのままの勢いで、ジョージの大柄な体を蹴り上げて、天井目掛けて吹き飛ばす。
「おぎゃあああああっ!?」
叫びながら、ジョージは天井に頭を突き刺して、ぶらーんとぶら下がった。
シーン……、と冒険者の店が静まり返る。
メリッサが抱いたオストリカが、「フャーン!」とファイティングポーズをした。
「ああ、そうそう。私、外国人だけど、一応この国の選王侯家とコネがあってね? はい、これ独立裁量証」
メリッサがポーチから取り出したのは金色のカード。
あの色は、国の王を選び出す資格を持った貴族、選王侯家の一つ、ゴールディ家のカードだ。
つまり、彼女は国賓級の人物というわけで……。
「クリス君。君と、あの天井からぶら下がってる奇妙な果実な彼との契約は、私が独立裁量によって終了させるね。ということで、君は晴れてフリーです! わー、やったー! ぱちぱちぱちー」
「フャンフャン!」
子猫のオストリカが、ぽふぽふと肉球を合わせて拍手した。
俺はそれどころじゃない。
一体全体、これは、何が起こってるんだ……!?