ポヨン本領発揮!
『ヒヒーン!』
ポヨンが、俺に任せろ、とばかりにいなないた。
下半身が魚の彼は、逆立ちするみたいな姿勢になって、パカポコと俺の前まで歩いてくる。
眼の前では、仲間たちがマザースライムに攻撃を仕掛けているところだ。
さすが、第四階層の武器は、マザースライムを攻撃しても溶かされるという心配がないらしい。
「だけど、こいつ、核までが遠い!」
「でかすぎるんだ!」
直径で五メートルはある巨体のマザースライム。
弱点である核も大きいのだが、そこまでの距離がありすぎて、ダリアの槍ですらなかなか届かない。
「むむむ、べたべたするー」
相変わらず、武器らしい武器を持たないメリッサは、太い棒でマザースライムをつついている。
彼女の棒は、スライムのボディをかき分けながら、ずんずんその中に入っていっているので、どうやら対処方法は知っているようだ。
それにしたって、ありあわせの道具じゃいかにも相性が悪い。
「ポヨンに秘策があるのか?」
『ブルル』
ヒッポカンポスは、コクコクとうなずく。
自信がありそうだ。
何をしようというのか見当もつかないが、これはいつものアレをやれってことだろう。
俺は敵の牽制に使っていたサンダラーを、ホルスターに収めた。
抜いたのはトリニティ。
シリンダーには、三匹のモンスターの弾丸が残っている。
これを、ポヨンの位置にセット。
「行くぞ、ポヨン! パワーアップだ!」
彼に向かって、俺は魔銃を放つ。
緑色の輝きが生まれ、それがヒッポカンポスを包み込んでいった。
そうするとどうだろう。
ポヨンの周りに、うっすらと青い流れのようなものが生まれる。
『ヒヒーン!』
高らかにいななくと、ポヨンがその流れに乗った。
空に跳び上がったように見える。
だけど、これは違う。
ポヨンが、地上に海を呼び出したのだ。
尾びれが強く、水を叩く。
ヒッポカンポスが、ぐんっと加速した。
マザースライムは、周囲の異常に気付いたようだ。
巨体から触手のようなものを生み出し、空に向けて伸ばしてくる。
『ブルーッ』
ポヨンがこれを、巧みな動きで掻い潜る。
そして、全身を使って水をコントロールし、それをスライム目掛けて叩きつけたのだ。
『──────!!』
スライムが、声にならない悲鳴をあげた。
巨体を包む粘液が、水によって薄められ、流されていく。
こいつ、水が弱点だったのか……!
水気の多い見た目をしてるくせに!
「そっか! これって、陸の上にいるスライムだから、たくさんの水が必要ないんだ! ポヨンちゃん、もっとどんどん水をかけてあげて!」
メリッサの声を受けて、ポヨンは勇ましくたてがみのヒレを立て、鼻息を吹き出す。
ヒッポカンポスのこれは、魔法みたいな力なんだろうか。
地上に、偽りの水を呼び出し、自由に操る。
ポヨンのヒレが動く度に、水はさざめき、マザースライムに向けて寄せては返す。
たちまちのうちに、スライムは纏っていた粘液をあらかた洗い流されてしまう。
「今よ!」
ダリアが号令を発した。
ヒッポカンポスの戦い方を見て学んだようで、ハンスが水の魔法を立て続けに放ってくる。
水の塊が次々にスライムを直撃し、生まれようとする粘液を消し飛ばした。
そこに飛び込むダリア。
スライムの核目掛けて、鋭く槍を突き立てた。
ぶるぶると、マザースライムの巨体が震える。
「援護する! 行くぞ、サンダラー!」
俺は魔銃を抜き放ち、連射する。
狙いの正確さは、サンダラーが誘導してくれる。
立て続けに放たれた弾丸が、マザースライムの核を撃ち貫いた。
巨大なスライムが、ぶるり、と大きく揺れた。
そして、核を満たしていたオレンジ色が、その巨体の中に流れ出し始めた。
スライムはもう動かない。
ゆっくりと、形を失って平たくなっていく。
『ガオウ!』
ペスも元気に声を上げた。
彼は、戦いのさなかで次々に生まれるスライムを、トリーとオストリカの三匹で、退治して回っていたのだ。
グリフォンから分離したばかりだというのに、うちのモンスターたちは働き者だ。
「フャンフャン」
オストリカはあれ、遊んでるんだろうなあ。
前足で、平たくなったスライムをぺちぺちしてる。
とにかく、これで一通りのスライムは倒したらしい。
俺たちは少しの間待機してみたが、尖塔山からは何も湧いてこない。
「よし、やった……! 仕事は成功よ!」
ダリアが宣言する。
一拍遅れて、みんなが歓声を上げた。
第四階層での初仕事は成功だ!
第一階層の装備では、とてもここまで戦って行けなかっただろう。
「いやあ……第四階層って、街中にもこんな奴が出てくるのかよ……! 洒落になんねえな。ってか、こっちの武器も半端ねえぜ。スライムをガンガンに突き刺したのに、この短剣、全然腐ってもいねえぜ」
「……それは、ミスリルコートという技法で強化された武器だ……。現物を見るのは初めてだが……」
ハンスが詳しい。
ミスリルコートとは、かつて存在したミスリル銀という素材を真似て、金属製の武器に耐熱性、耐腐食性を施す魔法的な強化なのだとか。
この階層の武器や防具は、全てその処理が施されている。
つまり、ここの装備を身に着けたら、地下第一から第三階層に出てくるモンスターなんか、相手じゃないってことだ。
あのボスモンスター、マンティコアだけは怪しいけどな。
っていうか、マンティコアだけ、ちょっと次元が違いすぎるだろう。
「さあ、これで仕事は終わり! 報告して、報酬をもらって、パーッと飲むよ!」
ダリアが拳を空に突き上げた。
そこで、リュシーが止めに入る。
「ちょっと待って、ダリア。第四階層は、お給料も安定してるでしょ? それに、仕事の報酬も得られるから、そろそろ私たち、貯金すべきだと思うの。いつまでも仕事は続けていけないし、お金はゴールディ家が預かってくれるって言うし」
「将来のためね……! なるほど……!」
みんなが将来計画を話し始めた。
ダリアとヨハンは浮かれてるが、第四階層の大きな神殿に挨拶に行ってきたリュシーは、比較的冷静なようだ。
「貯金ねえ」
生暖かく微笑むメリッサ。
「メリッサは貯金とかしてなさそうだね」
「もちろんしてないよ。だって、私、世界中を旅して回ってるんだもの。お金は手に入っただけ使い切る! 旅先で美味しそうなものは全部食べる!」
「男らしい……」
リュシーやダリアのように、貯金して将来に備える生き方もある。
メリッサみたいに、旅して回る生き方もある。
道は一つじゃないのだ。
俺だったら、どうするだろう……?
『ピヨ~』
トリーがあくびする声が聞こえた。
おっと、うちのモンスターたちは、疲れておねむらしい。
「よし、みんな弾丸に戻れ!」
俺が指示を出すと、三匹は色とりどりの弾丸になり、俺の方に転がってきた。
回収して、バレットポーチに収める。
ポーチには、弾丸を固定するスリットが用意されている。
三匹も召喚モンスターを従えているのだが、弾丸にしてしまえば、まだ三発。
ポーチには、まだまだ余剰スペースがあるのだ。
「これからのこと、他の召喚モンスター……なんか、色々考えることがあるなあ。俺、頭がパンクしそうだよ」
思わずつぶやくと、背中にメリッサの重みを感じた。
頭が撫でられる感触。
また背伸びして、俺を撫でているのだ。
「少しずつやってこ? ここに、ちゃんと先輩がいるんだから。わからない時は頼りなさい」
むふーっと、得意げに鼻息を吐く音がする。
この、いまいち決まらない辺りがメリッサだなあ。
だけど、今は彼女の言葉がとても嬉しかった。
そして結局……我がパーティは、厳正なる話し合いの末、報酬で大々的に飲むことに決めたのだった。




