モンスター契約大作戦!
今頃は、パーティの仲間たちが上の階層で買い物をしている頃だろう。
準備金をゴールディから与えられて、第四階層のあの凄い装備を手に入れることになっているのだ。
しかし、俺とメリッサには必要のない買い物。
……ということで……。
「よーし、探すぞー!」
「おー!」
俺が宣言すると、メリッサが拳を突き上げて応じた。
オストリカも「フャーン」と真似をする。
今日は、ちょっと大きなボートを借りた。
ゴールディのボートほどじゃないが、拠点になる程度の広さがある。
「今回は俺たちだけじゃない。うちの召喚モンスターにも手伝ってもらう! 出てこい、ペス! トリー!」
俺が空に向けて、トリニティを構える。
引き金と共に、射撃音が響き渡った。
青い輝きが空に向かって放たれ、一つは真っ白なハーピーに。
もう一つはキメラの姿に代わり、ボートの上に降り立つ。
そして……。
『ガ、ガオーン』
「あれっ、ペス、もしかして……泳げない?」
『ガオ』
意外!!
いや、よく考えたらずーっと迷宮で暮らしていたキメラなんだから、仕方ないか。
しかし、これはボートの上に余計な重しを乗せてしまっただけでは……?
ああ、いやいや。
ペスは悪くない。
今日はのんびり、第三階層の湖を観光していてもらおう。
『ピヨヨ』
『ガオガウ』
『ピーヨー』
「フャンフャン」
おっ、動物会議みたいなのが行われている。
ペスが反省したようで、伏せの姿勢になった。そこを、トリーとオストリカがナデナデしている。
「仲良しだねー」
メリッサがほっこりした様子で呟いた。
どうやら、彼らの間で、メインはトリー。オストリカがサポート、ペスはその辺りで魚をとってみんなを待つということに決まったようだ。
分業体制……!
「それじゃ、私たちも頑張らないとねっ!」
「おうっ!」
メリッサは先日と同じ、赤のワンピースの水着。
俺は黒いパンツタイプだ。
二人で船べりに並び、準備運動。
その間、反対側にペスが控えて、ボートの重心を保ってくれている。
「ここからの作戦、不本意だけど、クリス君の考えどおりに行こう。多分、それが一番いい方法だよ」
「わ、わかった! ゴメンなメリッサ」
「いいのいいの。でもそのうち、ちゃんと痩せて潜りやすい体型になって見せる……!」
何かを誓って、グッと拳を握りしめるメリッサ。
お先に、とばかりに彼女は水に飛び込んだ。
そして、案の定ぷかーっと浮く。
しみじみ、彼女が浮くのはどういう原理なんだろうなあと考えてしまう。
「行くぜメリッサ!」
「どんと来い!」
俺は水に飛び込むと、浮かんだメリッサに掴まった。
うわっ、柔らか……。
「うふ、あは、あはははは、くすぐったい! クリス君、そこつままれるとくすぐったいー!」
「あ、ごめん! えっと、ここなら?」
彼女の脇腹から、肩の辺りに掴まるようにする。
そして、俺はトリニティを放つ。
「トリー! 感覚共有!」
『ピヨー!』
放たれた魔力の弾丸がトリーに命中し、ハーピーの魔力を強化する。
トリーはふわり、と空高く舞い上がると、その目で湖を見渡し始めた。
こうして、上空からあのモンスターを探すのだ。
俺の視界が、ぐんと広がった。
湖全体が視野に入って、一瞬混乱する。
トリーの視界はとても広いのだ。
「さて、どこかにいるんだ……? 馬と魚のモンスター……」
「あれね、ヒッポカンポスっていう魔物だと思うな」
「ヒッポカンポスかあ。そう言えば、名前を決めないといけないよなあ」
トリーと視界を共有しているが、聴覚や触覚は俺のまま。
とりあえず、俺の肉体は何も見えていないような状態なので、メリッサに掴まらせてもらっているのだ。
なので、ちょっと体制を立て直すために体を動かすと……。
「ひゃっ! クリス君、そこ、そこはちょっと……!」
「あ、え、へ? ほわあ!?」
手のひらの中に、触ったことがない柔らかさを感じてしまった。なんか、ポヨンっといった。
メリッサの声もあって、俺はとても動揺する。
だけど……そんな時に限って見つかるんだ。
『ピヨヨー!!』
トリーが高らかに告げる。
彼女と視界を動機している俺にも分かる。
水底を、優雅に泳ぐ緑色の影。
大きさは、大人の馬と同じくらい。
たてがみは背びれになっていて、下半身は魚。
半馬半魚のモンスター、ヒッポカンポスだ。
彼は、トリーの声に気づいたようで、一瞬上空を見上げる仕草をした。
その後、猛烈な勢いで水中に潜っていく。
『ピッ! ピィーッ!』
「分かった! トリー、すぐそこまで行く! ええと……思ったより距離がありそうだな。ボートで行ったほうがいいか!」
「……ねえクリス君。なんで私たち、水に飛び込んだんだろうね……」
「……お互い水着になってたから、ついノリで」
そう言うこともある。
たぶん。
△▲△
「ここだ!」
『ピヨ!』
深さはかなりのものだが、透明度が高い湖だ。
トリーの目は、ヒッポカンポスの動きをなんとか捉えることができていた。
水底を自在に動き回る、半馬半魚。
トリーに再び同機し、ヒッポカンポスの位置をおおむね把握してから……。
「よし、行くぞ!!」
俺は勢いよく水の中に飛び込んだ。
「今度こそ!」
メリッサも、ぴょーんと水に飛び込み……ぷかっと浮いた。
「くうー」
悲しそうな顔をするメリッサ。
これ、もう水に沈まない呪いでもかかってるんじゃないか?
「メリッサは上の方で見張っててくれないか? 何かあったら、助けて欲しい!」
「うん、仕方ない! 潜るんじゃなくて水底まで行く方法はあるけど、ちょっと荒っぽくなるからね。クリス君のための、緊急用にしておこう……」
その手段というのは、なんだか怖いなあ。
「フャンフャン!」
「オストリカ、一緒に来るか?」
「フャン!」
赤猫は、俺の肩にしがみつく。
さあ、水中のヒッポカンポスに接触だ。
俺は裸の上に、直接ガンベルトを巻いている。
ホルスターに収まったトリニティは、すでに青白く光り始めていた。
俺は潜ると、ゆっくりと水底に近づいていく。
そこには、巨大な二枚貝が口を開けている。すでに二枚貝の主は死んでいるようで、開きっぱなしのそこにヒッポカンポスが収まっていた。
(あれだ……)
ヒッポカンポスは、全身に青い光を帯び始めている。
ペスやトリーと同じだ。
彼らは、基本的に友好的なモンスター。
中でも、彼らと契約する力を持った俺に対しては特別だ。
彼は攻撃するでもなく、じっと俺を見上げている。
待っているんだ。
(トリーを見て逃げたのは、驚いたのかな? 確かに、全然馴染みがないモンスターだものな)
オストリカは、ヒッポカンポスに興味を抱いたのか、身を乗り出す。
俺は彼が落っこちないように支えながら、水底に着地した。
すぐ、目と鼻の先に、モンスターはいる。
優しい目をしていた。
(息が苦しくなってきたぞ。早く、契約を……)
手を伸ばす。
すると、ヒッポカンポスの鼻先が、俺の指に触れた。
そこに、みょーんとジャンプしたオストリカが着地する。
(お前の名前は……)
そこで思い出すのは、俺がメリッサに掴まっていた時に感じた手触り。
あれは、ポヨンっとした感触で……。
(ポヨンと名付ける!)
『ヒヒィーンッ!』
ヒッポカンポスが纏う光が、大きくなった。
それに包まれた瞬間、俺もオストリカも、不思議な感覚に包まれる。
「……あれ?」
「フャン?」
「息ができる。ってか、声が出せる」
「フャーン!」
『ブルル』
ヒッポカンポスのポヨンが、俺に鼻先を押し付けてきた。
「お前の力か、ポヨン!」
『ブルルー』
ポヨン……また凄い名前をつけてしまった。
彼は俺とオストリカを背に乗せると、猛烈な勢いで泳ぎ始めた。
湖を縦横に巡ると、急速に浮上。
一気に水面まで上がってきたというのに、俺もオストリカも、なんともない。
俺たちは、遠目に見えるボートに向かい、手を振った。
「やったー!」
メリッサも、手を振り返してくる。
彼女にだけは、ポヨンの名前の元となったイメージは伝えるまい。
俺はそう決意するのだった。




