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邪神様、布教す

『ちょっといいかなー』


「うう……。み、水……。食い物……」


 その男は、今にも死んでしまいそうな有様だった。

 第一階層の裏路地で、すえた臭いに包まれながら、人知れず朽ち果てようとする、そんな状態だった。

 そこへ、声を掛ける者がいる。

 男はかろうじて動く目玉で、そいつを追った。

 背の高い男が立っている。

 手には、おかしな筒を握りしめていた。

 あれは、確か魔銃とか言うんだったか。


『水をやろう。食い物もやろう。その代り、儂の頼みを聞いてはくれんかな?』


「く、くれるなら……なんでも……聞く」


『良かろう! ほれ、ここにポチッと血印をな』


 背の高い男は、倒れている男の指を刃物で切ると、ネットリとした血を彼の指先にまぶした。

 そして、取り出した薄茶色の髪に、血のついた指を押し付けさせる。


『良かろう! これで、口頭、血印、ともに揃い、貴様はこの儂、邪神バラドンナの信徒となった! おいお前たち! 我が信者に何か消化に良い食べ物と水を与えてやれ』


「へーい」


 邪神だとか、信者だとか、男にはどうでも良かった。

 眼の前には、水と、水でふやかして柔らかくなったパン。硬い黒パンではない。白いパンだ。


「お……おおお……!」


 ふやけたパンを口に運び、咀嚼する。

 幾日ぶりの食事だろう。

 病に臥せり、働くことができなくなった男は、すぐに暮らしていけなくなり、こうして路上に落ちた。そして死ぬときを待つばかりだったのだ。

 長い長い時間をかけて、水と食事を胃に収めると、男はほうっ、と溜息をついた。


「済まねえ。助かった……。本当に、もう駄目かと思ったんだ。あんたは、何だい? 俺みたいな小汚い男にこんなに親切にして。まるで、神様か何かだ」


『いかにも。儂は神である』


 長身の男……バラドンナは笑った。


「なるほど。光の神なんざ、信じても餓死しそうな俺を助けてもくれねえ。だが、あんたは俺にパンと水をくれた。同じ神なら、あんたを信じるのも悪く無かろうよ」


『良い心がけだ。儂は今、信者募集期間中でな。千年ぶりに地上に戻ったものだから、こうして自らの足で歩いて、貴様のような者を救って歩いている』


「へえ……。俺みたいな、明日をも知れないやつならいくらでもいるぜ」


『それは重畳。まとめて救済してやろう。儂を案内せい』


「足腰が立たないんだ。ちょっと肩を貸してくれるかい」


 男の両肩を、バラドンナに従う信者が支えた。


「悪いな」


「言うなよ! 同じ神を信じる仲間じゃないか!」


「そうか、仲間か……!」


 男の頬にも、笑みが浮かんでくる。

 仲間。

 悪くない響きだ。


『うむ。我が信者は、皆我が庇護の対象よ。まとめて守ってやるから、貴様は安心して新たなる信者候補のもとへ案内せい』


「もちろんだ。こっちだよ……」


 男は、第一階層の奥深く……いわゆるスラム街へと、邪神を案内していく。





「バラドンナ様! 信者たくさん増えてきましたね!」


『うむ! だが、まだまだ増やすぞう。ある程度の数を超えるとな。儂の権能が開放されて来て、いい感じに強くなるのじゃ』


「へえー! そりゃ楽しみです!」


『さぼってはいられんぞ。一日一歩、二日で二歩、(たゆ)まず励んでおれば、いつか儂の権能も全て取り戻せるじゃろう!』


「バラドンナ様偉いなあ。努力家だなあ。ジョージの野郎に爪の垢を飲ませてやりたいや」


 ジョージのパーティメンバーは、今や邪神バラドンナの第一の信者であり、大神官である。

 三人の神官とフレンドリーに会話しながら、邪神は今日も、信者獲得に励むのだった。

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