第四階層冒険者の店へ!
「まさか、あっという間に第四階層に移籍とは……。まずはおめでとうございます。これは前代未聞ですよクリス殿。ああしかし、また新しい冒険者を募集しなくては。ジョージたちもいなくなったし、二組は必要だが……」
第一階層の冒険者の店の長、ガッドは祝辞に続いて、頭を抱えた。
冒険者は、冒険者の店に所属する個人経営者のようなもの。
おいそれと募集して集まるものでもなく、まずはその気のある人間を育てなければならないのだ。
独り立ちするまでは、公共機関である冒険者の店が面倒を見る。
今回は、ジョージとダリア、二組のパーティがいなくなる。
どちらも中堅パーティだったから、ガッドは頭が痛いだろう。
一方、引き抜かれるダリアたち一行は……。
「ひゃっほう!! いきなり第四階層かよ! それって、上級国民の仲間入りじゃねえの!?」
「わ、私もこれでレディの仲間入り……!? 玉の輿……ぐふふふ」
「第四階層と言えば、ユービキス様の大神殿があると聞くわ。楽しみ……」
「本……魔道具……」
うん、めちゃくちゃ喜んでるな。
冒険者って、明日をも知れない身の上だから、あまり悲観的だと精神とか胃をやられて長持ちしない。
なので、ベテラン冒険者はそれなりに楽観的なんだ。
さて、俺とメリッサ。
「とりあえず第四階層までみんなを届けるだろ? そしたらもう夕方じゃないか。第三階層行きは明日にする?」
「そうだねー。朝イチで、あの魔物と契約に行く感じだね! 多分、迷宮から中心の尖塔山を伝って来たんだと思うけど……いきなり友好的な魔物がいるとは思わなかったよー」
クラリオン・ゴールディの決定を店とみんなに伝えた後、これからの計画を練っている最中だ。
第三階層で見かけた、あの半馬半魚のモンスター。
あいつと契約したい!
メリッサも親身になって、計画立案に付き合ってくれる。
そこへ、神官のリュシーがちょろっと顔を出してくる。
「あら~? なんだか二人とも、ずいぶん仲良くなったみたいな? これは、ユービキス様にご報告しないとねえ」
「ええー! そ、そんなんじゃないけどー」
「うんっ、うんうん」
俺もメリッサも、ちょっと焦って弁明する。
あれ?
なんで否定してるんだ?
いや、だって照れくさいじゃないか。
△▲△
こうして俺たちは、慣れ親しんだ第一階層に別れを告げた。
目指すは、文字通り天上の世界。
第四階層。
一週間ちょっと滞在しただけでも、人も店も品物も、第一階層とは雲泥の差があることが分かった。
まさかあの世界で冒険者をすることになるとは……!
「おお……! 本当に第二階層を素通りしたぜ」
ヨハンが魔導エレベーターの手すりから身を乗り出しながら、遠ざかっていく第二階層の大地を眺めている。
第一から第二、第三、第四まで、それぞれ一時間ちょっとかかる。
つまり、片道三時間の旅ってことだ。
みんな、第三階層は初めてだったようで、視界を覆い尽くす真っ青な湖に、歓声を上げていた。
このどこかに、あのモンスターがいるんだよな。
「明日はさ、あの浅瀬から攻めてみようか。後は……第四階層で、潜るようの道具を揃えなくちゃ……」
「メリッサ、潜れなかったもんなあ……」
「あ、あれは偶然! 次は潜れるからね!」
メリッサに背中をぺちぺち叩かれた。
俺としては、彼女と一緒に潜るため、手を繋げたし……良かったんだけど。
「フャーン!」
今度は自分も連れて行け、と言う風に、オストリカが前足をぶんぶん振り回した。
この、水遊び大好きな赤い猫は、今日はメリッサに抱えられて胸元に埋まっている。
「はいはい、今度はオストリカも一緒に潜ろうねえ」
「フャン」
メリッサに撫でられて、目を細めるオストリカ。
その位置、羨ましい……いやいや。何を考えてるんだ、俺。
まるでメリッサの胸に埋もれたい、みたいな話じゃないか。
「……なーんか、クリス君の視線を私の一部に感じるなぁ」
「いやいや、違うよ! オストリカを見てたんだってば!」
「えー? オストリカを見てて、私を見てくれなかったの?」
「ああ、いや、それは……」
いじわるな物言いに、俺が慌ててジタバタしていると、メリッサはクスクスと笑いだした。
そして、そんな俺たちを見てほっこりしている、我がパーティの一行。
くうー、恥ずかしいところを見られてしまった……!
やがて、第三階層も遥か下方に遠ざかっていく。
魔導エレベーターは俺たちを乗せてぐんぐん上昇し、ついに住宅街と商店街に溢れた世界、第四階層へ。
「う、うおおおお」
ヨハンがまた叫んだ。
あ、いや、今度はちょっと声のトーンを落としている。
俺たちの他にも、途中の第二、第三階層で乗り込んできた人たちが、この階層に降りていく。
だが、第一階層からずっと乗っていたのは、俺たちだけ。
第四階層は、言わば別世界。
第一階層に生まれた人間のほとんどは、この町並みも、活気に満ちた賑やかさも知らないまま生きていく。
それは多分、第一階層が迷宮と世界を隔てるための壁で、ここからが、王国にとっての世界だからなのだろう。
ちょっと不公平だなとは思う。
生まれた世界で、その後の人生が全部決まっちゃうんだから。
「クリス君、何考えてるの? 難しい顔して」
メリッサが、うつむく俺のほっぺたを突っついてきた。
「や、やめろよー。つんつんするなよー」
「だって、クリス君、深刻な顔して考え込んでるんだもん。悩んでる事があるなら、行動して切り開く! それが私の持論だよ!」
第四階層へは、まるで外国に行くみたいに、入層手続きがある。
ゴールディ家から発行されたそれを、ダリアが緊張した面持ちで、エレベーター入り口の入層管理官へと手渡した。
しばらく、書類を精査する時間になる。
第一階層から、正式に第四階層の住人になることなんて、めったに無いからだ。
だから、俺は待ち時間に、メリッサとお喋りすることにした。
「あのさ、メリッサ」
「うん?」
「もし、生まれた瞬間に、生まれた場所で全部の人生が決まっちゃうことがあるとしたら……どう思う?」
「うーん」
彼女はちょっと考えた。
でも、俺が話したことを、別に深刻だとは捉えていないようだった。
「あのね。それは割と仕方ないかなあって思う。世の中、大体全部、運だもの。生まれたところがいいところだった人は、そういう運の良さがあったんだね。逆に、生まれた場所がパッとしなかった人は、そう言う運」
「不公平じゃない? なんかさ、俺、第四階層の街を見てるとモヤモヤして。第一階層はあんなに貧しくて、みんな必死にその日その日を生き抜こうとしてるのに」
「世の中は不公平なもんだよ。私だって、運が悪かったら死んでたもの」
メリッサが俺の頬を、両手で挟んだ。
いつの間にか、目の前に彼女の顔がある。
大きな目が、緑色の綺麗な瞳が、俺をじっと見つめている。
彼女は小さな声で、クリス君、まつげ長いね、と呟いて笑った。
「あのね。私、たとえ話じゃなく、死んでたかも知れないの。私は、結構危険な場所にある村で生まれて、外の世界に出るのは自殺行為みたいなものだった。でも、どうしても手に入れたいものがあって、友達と一緒に外に出たの。三人で出ていって、それで生きて村に戻ってこれたのは私だけ。それも、友達も私も魔物に食べられちゃってて、私が一番最後に食べられたから、生き残ったっていうだけ。助けに来た人たちがちょっと遅かったら……私が最初に食べられてたら……私はここにいなかったよ」
「お……おお……」
メリッサの顔に見とれていた俺だったが、途中からは彼女の話に引き込まれていた。
とんでもない話だ。
今では、凄く強いメリッサに、そんな時代があったなんて。
そんな経験をしてるから、メリッサは時々、大人みたいなことを言うんだろうか。
「ただ、こういう世界の理みたいなのを全然無視しちゃう人たちっていうのがいて、その人たちが私を助けてくれたし、私を色々な世界に連れて行ってくれたんだけど……。うん。あれはオススメしない」
「え? なんで? 凄い人たちじゃん! 世の中の不公平とか、そういうの関係ない人たちなんだろ?」
「うーん。つまり、その人たちが勇者パーティって呼ばれてて、だけど、現役の時は世界中に迷惑を振りまいて歩いてた気もするからなあ……。ま、まあ、立場とかそういうのって、なんか凄い武器があればなんとでもなるよ!」
「武器? それってつまり、俺なら」
俺は、腰に佩いた二丁の魔銃に触れる。
トリニティとサンダラー。
そして、俺が契約したモンスターたち。
「そう。君は、世界が決めたそういう枠組みを、飛び越えられる武器を持ってるの。だから、そう遠くないうちに、このバブイルだって狭くなってきちゃうよ? そうなったら任せて。私、世界の外側に飛び出すのはベテランだから!」
そんな事を言うメリッサが、俺にはとても頼もしく見えた。




