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ゴールディの湖上会議!

 俺とメリッサとオストリカで、ボートに乗って水遊びなのだ。

 二人乗りの丸いボートは、俺とメリッサが入るとぎゅうぎゅうだ。

 オストリカを間に詰め込んで、湖に漕ぎ出した。

 彼女と密着してると、とてもドキドキする。


「ほら、漕いでくよ。タイミング合わせて!」


「お、おう!」


 一本ずつオールを持って、並んで漕いでいく。

 ボートの特殊な形状から、ちょっと気を抜くとくるくる回ってしまう。

 息を合わせて漕がないとだ。

 ちなみに、帰還の魔法がかかっているので、戻るだけなら確実に岸まで到着できる。


「フャン、フャンフャーン」


 俺たちの間で、オストリカが後足で立ち上がり、音頭をとっている。

 前足をぶんぶん振り回して、元気に鳴くのがなんとも可愛い。


「せーのっ」


「ふんっ!」


 タイミングを合わせて漕ぐ。

 ぐん、とボートが進み、少しずつ岸が遠くなっていった。

 眼の前には、見渡す限りの水、水、水。

 第三階層の大部分を覆うズィンク湖は、どこまで続いているのか分からないくらい広いのだ。

 遠くで、何か大きなものが跳ねた。

 冒険者の店よりもずっと大きいぞ!


「なんだ、あれ……。ばかでかいのが、湖にいる……?」


「タンスイクジラだよー。この第三階層にしかいない生き物なんだって」


「クジラ……。あれが……」


 ポカーンと口を開けて見ていると、ボートがぐるぐると回り出した。


「クリス君、オール、オール!」


「あ、ご、ごめん!」


 慌てて作業に戻る俺。

 どれくらい、湖面を進んだことだろう。


「おっ? 湖の上を人が歩いてる……」


 そう。

 そこは湖のど真ん中だというのに、水着の男女が楽しそうに歩き回っているのだ。


「あの辺りはね、浅くなってるの。水遊びにはいいのよー……って、私も初めてなんだけどね」


 浅瀬、というやつらしい。

 そこには、ボートを付けられる小島があって、幾つかの小舟が停泊していた。

 俺たちも、レンタルボートを停めて降りることになった。


「フャーン」


 ぱちゃぱちゃと、犬かきで泳ぐオストリカ。

 浅瀬とは言っても、小さい赤猫には泳げちゃうか。


「ねこがおよいでるー!」


「フャンフャン」


「あらら、オストリカは子供に人気ね?」


 小さい子どもが駆け寄ってきて、ぱちゃぱちゃする赤猫を眺めている。

 俺たちは、オストリカの泳ぎに合わせてのんびり。

 浅瀬のあちこちには、小さな店みたいなものが出ていて、飲み食いができるようだ。

 ここで、果汁を使った飲み物と、串焼きを買った。なんだ、この串、先が丸まってるな。


「お店の食器は、このまま捨ててしまってもいいものを使ってるの。だけど、万に一つも魚に怪我をさせないために、尖ってるものを使わないように決められているんだって」


「へえー。そんな工夫が……」


 見るもの聞くもの触れるもの、何もかもが知らなかった世界だ。

 第一階層で暮らしていると、毎日の食事を確保するだけで精一杯で、遊ぶなんて考えられなかった。


「上の階層は余裕あんなあ……。なんか、すごく不公平だ」


「世の中ってそういうもんだからねえ。私だって、キッカケが無かったらずーっと、故郷の村にいたと思うし」


「なんかメリッサ、俺とあんま年が違わないのに、大人っぽいこと言うなあ」


「むふふ、お姉さんは色々経験してんのよ」


 もぐもぐっと、一気に串焼きを食べるメリッサ。

 毎度ながら、豪快に食べるなあ。

 俺も真似して、串焼きを頬張る。

 二人ならんで浅瀬から突き出した岩に腰掛け、もぐもぐやっている間は無言になる。

 吹き抜ける風が心地良い。

 第三階層は、特に高い建物も少ないし、奥まったところにある漁村とリゾート地帯以外に建物が無いから、風通しがいいのだ。


「フャンフャーン」


「きゃー、猫さんジャンプしたー」


「すごーい」


 向こうでは、オストリカが子どもたちと遊んでいる声が聞こえる。

 平和だ……。

 水面に目を凝らすと、浅い水底まで見通せるほど透き通っている。


「なあメリッサ。食べ終わったら、ちょっと潜らない?」


「ん。いいね。私、泳ぎはあんま得意じゃないけど、沈むのは結構いけるんだよ」


 沈むって。

 だがその言葉に反して、メリッサは沈まなかった。

 ぷかーっと浮かんだのだ。


「あっ、沈めないんだけど」


「メリッサ、ほら、いつもご飯たくさん食べて、蓄えてるから……脂肪とか」


 俺は彼女のふっくらした二の腕とか、むちむちした太ももを見ながらつぶやく。

 すると、メリッサが暴れだした。


「太ってまーせーんー!! 普通ですー!!」

 

「うわっ、なんかメリッサの地雷を踏んだ!?」


 結局、彼女の手を引いて、水の中へ潜っていく事になった。

 透き通った湖水は、どこまでも見渡せそうだ。

 魚の群れが泳いでいて、俺たちにびっくりしてわーっと逃げていく。

 淡水だというのに、サンゴみたいなものが生えていて、水草もあちこちに。

 ふと、ちょいちょい、と脇腹を突つかれる。

 振り返ると、メリッサがちょっと離れた場所を指さしていた。

 そこは、明るい水中でも一際、陽の光が差し込んでいる場所だ。


(なんか、いるぞ)


 それは、水の中をふわふわと泳ぐ、大きな魚……。

 いや違う!

 確かに後ろ側は魚なんだけど、前の方、どう見たってあれは、馬じゃないか……!?

 耳の代わりにヒレが生えていて、青緑色の肌をした馬が、水の中を自由に泳ぎ回っている。


(モンスター……!?)


 馬が、ふとこちらに顔を向けた。

 俺には、その姿が青く光って見える。

 つまり……契約できるモンスターだってことだ。


(まずい、息が……!)


 そろそろ息が続かない。

 俺は慌てて水面を目指した。

 とは行っても、湖の深さは、この辺りじゃ大したものではない。

 それにメリッサという浮袋があるので、簡単に浮かび上がっていく。


「ぶはあ!」


 思い切り息をついた。

 すると、なんか胸が痛くなる。

 あっ、これいきなり思いっきり呼吸しちゃダメなんじゃないか?


「いやあー。まさかまさかの召喚モンスターがいたねー」


 隣で平気そうな顔のメリッサ。

 うん、彼女が極めてタフなのは知ってた。

 メリッサのまとめた髪が濡れてしっとりと顔や肌に張り付き、それがとても色っぽく見える。

 ポカンとしながら彼女を見ていたら、メリッサの視線が泳ぎだした。


「そ、そのさ。あんまりじろじろ見られると恥ずかしいというか!」


「あ、ご、ごめん!」


 俺は慌ててそっぽを向いた。

 そして、向いた先でまた、妙なものが見える。

 空から光るものが降りてくる様子だ。

 浅瀬にいる観光客も、ざわざわとしている。


「なんだ、あれ」


「ああ、あれはね。ゴールディさんの専用魔導エレベーター。あそこってキラキラしたものが大好きだからさ、ああして光りながら降りてくるの。クラリオンさんが来たってことね」


 正に、メリッサの見立て通りだった。

 魔導エレベーターが湖上につくと同時に、何か大きな物がこちら目掛けてやって来た。

 それは、ゴールディ家が所有する、金ピカの魔導ボート。

 一つの屋敷ほどもある大きさで、舳先にはこれまた、ド派手な人物が立っていた。

 次期国王の呼び声も名高い、ゴールディ家当主、クラリオン・ゴールディその人だ。

 金色の布に銀糸で装飾をつけた水泳パンツを身に着け、鍛え抜かれた肉体をあらわに、あっはっは、と笑いながらやって来る。


「すげえ……。やっぱり、金持ちってあれなんだな……。変わり者なんだな……」


「クラリオンさんは特に変わってるのは確かだねえ。ほら、私たちを呼んでるよ」


 招かれた魔導ボートの上は、冗談みたいに広かった。

 操縦台みたいなものがあって、その前の甲板に広くスペースが取られている。

 豪華なテーブルが固定され、先に腰掛けていたクラリオンが鮮やかな色の飲み物を口にしていた。


「やあ、メリッサ。クリス君。第三階層は楽しんでいるかね? 私も久々の休暇だよ」


「その休暇のついでの報告でごめんね」


「いや、それくらいの刺激があったほうが、勘が鈍らなくて済むというものだよ」


 俺とメリッサの前にも、飲み物が差し出される。

 それと、体を拭くタオルも。

 メリッサは髪にさっさとタオルを巻きつけると、飲み物に飛びついた。

 本当に食べるものに対する執念が凄い。


「クリス君、クロリネ家からの勧誘を受けたとの事だが、詳しく聞かせてもらえるかい?」


「ああ、はい。えっと、あいつら、俺がバイト帰りでペスとトリーに餌をやってる所に来たんですよ。で、なんかよく分からない事で、自分たちがすげーって言ってました。その、俺は言われてること半分も分からなかったんですけど」


「そうなんだよクラリオンさん! クリス君は、私が教育(キョーイク)しなくちゃって固く決心したの」


「ははは。それは色々と災難だねクリス君。だが、教養は持っておくといい。様々な場面でそれが役に立つだろう。特に、君のような人よりも抜きん出た力を得た者は、力だけではなく、知識もまた道を切り開いていくための武器になる」


 クラリオンが、真面目なことを言った。

 俺にはやっぱりピンと来ないのだが、それでも、迷宮の中でメリッサが俺に話してくれる、色々な知識は大事なものだということは分かる。

 俺も彼女みたいに、色々な事を知らなくちゃいけないってことだ。


「うん、なんか分かる気がする」


「君にはまだ時間があるだろう。学びたまえ。そして、クロリネ家が司るバブイル選王国の歴史や儀礼。それもまた馬鹿にできたものではない。これらが無ければ、国は立ち行かないのさ。全ての選王侯家は欠けてはならないものなんだ。それぞれが大事な役割を持っているからこそ、選王国はこれまで長い時を生き抜いて来られた」


「だけど、俺はクロリネの護衛に襲われましたよ。あいつら、俺を殺す気だった」


「それは使者である男の暴走かもしれないね。選王侯家と言えど、家の中は一枚岩ではない。彼は急進派に所属しているのだろう。君をスカウトしようとした以外にも、裏で色々動いている可能性がある」


 クラリオンは考え込む素振りを見せた。

 そして、指を鳴らして誰かを呼ぶ。

 すると、クラリオンの横に軽装の女性がやって来た。

 彼女を見て、俺はギョッとする。

 こめかみから後頭部に向かって角が伸び、あちこちに鱗が見える。

 それに、お尻からは大きな尻尾が。


「クロリネ家の動向をまとめ、報告するように。恐らく彼らが動き出そうとしているぞ」


「御意」


 角と尻尾のある女は頷くと、そのまま退出していく。


「竜人の女の人だね。クラリオンさんは顔が広いねえ」


 動揺した風もなく、メリッサがお代わりした飲み物を口にする。

 もう三杯目だ。


「グリューネのことだね。彼女は私の祖父の代から仕えてくれていてね。ゴールディを影から支えてくれる、欠かせぬ存在だよ」


「竜人のひとって、義理堅いもんねー」


 メリッサ、明らかに知ってる風に言ってるけど、竜人の知り合いがいるのかな……?


「さて、ではこれで状況が変わったと見たほうがいい」


 クラリオンが話を変えてきた。 

 というか、本題だ。


「クリス君。君が第一階層で、浅い階層を探索する下位冒険者に混じるのは、むしろ危険だ。クロリネの急進派が、迷宮内で仕掛けてくる可能性がある。私が、君と君の仲間たちを直接雇おう」


「直接……!?」


「名目上は、君たちのパーティは第四階層の冒険者の店に所属することになる。リゾートが終わった後、彼らを連れてやって来たまえ」


 突然の大出世。

 ゴールディの主に会ったというのは、今でも現実味が無くて、どうしたらいいのかよく分かっていない。

 だが、今回の一言は、そんな俺に、これが現実なのだと分からせてくれた。

 第四階層の冒険者……!?

 俺の頭が、一瞬真っ白になったのだった。

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