第三階層での勉強会!?
どこまでも広がる、綺麗な湖。
時々、湖面で魚が跳ねる。
鳥たちは魚を狙って跳び回っていて、水辺には動物が集まって水を飲んだり、水浴びをしたり。
ここは、第三階層。
まるごと、大きな湖……ズィンク湖に包まれた階層だ。
現王家であるカドミウス家は、このズィンク湖から得られる漁獲量を拡大した功績で、王選を勝ち抜いたと言われている。
「うおー」
そんな中で、俺は……勉強していた……!
慣れないペンで、ごわごわした紙に向かって文字を書く。
横にある教本を見ながら、書き取りの練習だ。
「く、苦しい……! 冒険よりもずっと苦しい……!!」
「がんばろう、クリス君! 話を聞いたら、学が無いから歴史とかそういうのは興味ない、みたいに言ったんだって? ダメだよー。勉強はちゃんとできないと、後々の人生に響くからね!」
対面には、腕組みをしてメリッサが腰掛けている。
どうしてこうなってしまったのか。
メリッサは薄着で、明らかにその下には水着を着ている。
きっと、湖で泳ぐつもりなのだ。
第三階層は、淡水魚がとれたり、各階層で汲み上げられる水が湧き出す場所だ。
周囲には、たくさんのコテージが立っていて、身なりの良い家族連れの姿がある。
レジャーで楽しむための階層でもあるのだ。
なのに、俺は頭を抱えながら、勉強をしている。
「うううっ……! 文字なんて、自分の名前と簡易表記だけ書ければいいだろ……」
「だーめ。クラリオンさんが来るまで、クリス君は勉強タイム! 色々勉強してなかったら、今度クロリネ家が君を罠にはめたりしようとやって来た時、気づかないかもしれないでしょ! それに、第四階層行った時に、上位表記読めなかったから私頼みだったでしょ」
「うっ!」
そこを突かれると弱い。
「今日は、そのページを全部書き写したらおしまい。ほら、クリス君が終わらないと、私だって泳ぎに行けないんだから! 一緒に泳ごう?」
「ぬ、ぬぬうー!!」
俺の中で、炎が燃え上がった。
スケベ根性と言っていいかもしれない。
あの薄物の下にある水着……見たい……!
今夜もメリッサと一緒のコテージだし、それを思うとちょっとニヤニヤしてくる俺だ。
「フャン!」
「あいて! なんだオストリカ。どうして俺のすねをペチるんだ」
「フャンフャン!」
赤猫のオストリカが、俺のすねを連続でペチペチする。
「オストリカは猫科なのに、水が大好きなんだよね。だから、クリス君にはやくしろーって急かしてるんだよ」
「ぬうっ、オストリカ、俺もお前と同じ気持ちだ! だけど、書き取りは辛く苦しいんだ……うぐぐ……!」
また一文字書き写す。
文字なんて全部簡易表記にすればいいのに、なんで上位表記なんてものがあるんだ……!
そんなものを考えついた昔の人を、俺は呪うぞ……!
俺は苦しみ悶ながら、その後一時間半ほど掛けて書き取りを終えたのだった。
△▲△
「ということで、本当はゴールディの人に、クリス君がスカウトされそうになった話を報告するんだけど、到着までまだかかりそうなので、泳いで遊んじゃおうというのが今日の予定です!」
「うおー!」
「フャーン!」
メリッサが宣言したので、俺とオストリカが大いに盛り上がった。
俺はもう、上半身裸。
特殊な布で作られているという、水着を腰に穿いている。メリッサチョイスなんだけど、これがもう、赤いんだよな。
面白いのはオストリカで、ペット用の水着だという、体にピッタリとした服を着ているのだ。これが、赤と白の縞々で、とても目立つ。
しかし、毛を水着に収めると、オストリカ細いなあ。
「フャンフャン!」
オストリカが、メリッサのすねをペチペチした。
これは、あれだな。
そろそろ上に着た薄物を脱いでしまえという……!
いいぞ、オストリカ!
「もう、仕方ないなあ。それっ!」
メリッサが上着を脱ぎ捨てる。
その下には、真っ赤なワンピースタイプの水着があった。
メリッサって、付くべき所にはしっかりお肉がついてるタイプなので、こうして水着で体を包まれると、しっかりメリハリのある体型が分かってとても……すごい。
案外、胸はあるのじゃないだろうか……!
「むむっ、クリス君の視線がいやらしいぞ」
「なっ、な、何を言ってるだァ!? そ、そんなに目立つ水着だったら、目が行っちゃっても仕方ないだろ!」
「ふっふっふー。私もちょっと恥ずかしいんだから、大きな声で目立つとか言わない。クリス君だって、ちゃんと鍛えられてるじゃん」
メリッサの指先が、俺の腹を突っついた。
くすぐったい。
一応、いつも鍛えてはいるので、腹筋はちょっと割れている。二の腕はまだ細いけれど、俺は成長期だからこれからだ。
メリッサの腕は……ふんわりと肉がついてる。
あの腕で、石を握ってマンティコアを張り倒したんだよなあ。どういう筋肉の付き方してるんだろう。
「あ、クリス君、ボート借りてきて! ここ、魔法で浮く小さいやつがレンタルされてるから」
「ああ、分かった!」
メリッサからのオーダーを受けて、俺はボートレンタルへ向かう。
「カップル用かい?」
レンタル屋のおっさんが、メガネをずらしながら奥の目でニヤリと笑った。
「カップル用です」
俺は断言する。
湖と水着の魔力が、今日の俺を狂わせているのだ。
今日はメリッサと、思う存分遊ぶ。
そのためには、カップル用だというボートに乗るしか無いのだ……!!
「上手くやりなよ、坊主。グッドラック」
「ありがとう! 俺、頑張るよ……!!」
俺はおっさんに後押しされながら、二人乗りの小さな丸型ボートを借りた。
ボートの下には小さな車輪が付いていて、地上はこれで引っ張っていけるらしい。
ゴロゴロと引っ張っていくと、メリッサが待っているはずの水辺が何やら騒がしい。
なんだなんだ……?
「お前、かわいいな! どうだ、僕の妾にならないか? 卑しい立場の女でも、僕は寛大だから差別しないぞ!」
「どけよデブ! なあ姉ちゃん、俺さ、特注の大型ボートを持っててよ。宿の代わりにもなるやつなんだ。二人で湖の上で夜明けを見ようぜ……!」
メリッサがナンパされている!!
群がる男たちのすねを、オストリカがペチペチ叩いて抗議しているが……。
あ、蹴っ飛ばされた。
ころんと転がるオストリカ。
それを見て、メリッサの目が三角形に釣り上がる。
「あの、私、もう先約があるんだけど」
「先約? そんなもの、僕が金で黙らせてやるぞう。おいこら若造、お前も金をやるからあっちいけ!」
「うるせえよデブ! 金じゃねえ! これは男のロマンなんだよ! なあ姉ちゃん、なあ」
「こぉ~のぉ~ひとたちはぁ~……!」
メリッサが怒りでプルプル震えている。
俺だって、頭に血が登ってきている。
「フャン!」
仇を討ってくれとばかりに、オストリカが抱き上げた俺の腕をペチペチした。
「分かった! おい、お前ら!」
俺は叫ぶと同時に、走り出した。
「ああん?」
「おおん?」
メリッサをナンパしていた男たちが振り返る。
俺は、奴らの顔めがけてジャンプした。
「俺のメリッサにっ、手を出してるんじゃ」
猛烈な勢いで俺の体はカッ飛び、両足が男たちの顔面に当たる。
「ねえーっ!!」
「「ぷぎゅるっ!?」」
鼻血を盛大に吹き出しながら、ナンパ男二人は吹っ飛んでいった。
俺はと言うと、着地に失敗して背中から地面に落ちる。
「おっふ」
背中を打って、のたうち回る俺。
「フャーン!」
俺の胸板を、オストリカがぽふぽふとする感触があった。
「あ、クリス君、オストリカが褒めてるよ? かっこよかったーって」
柔らかな感触が俺の手を握って、そのまま引き上げた。
俺を助け起こしたのは、メリッサの腕だった。
彼女の顔が、すぐ近くにある。
これから泳ぐためか、長い髪をまとめて、髪留めで止めている。
むき出しになったうなじの白さとか、首から肩の流れの綺麗さとか、もう、俺の視界はメリッサでいっぱいになってしまって、頭が沸騰しそうだった。
「“俺の”って言ったでしょ」
囁かれて、俺の頭がパンクした。
言いました。
「ふふふ。どうしようかな? ねー、オストリカ? どうしようねー?」
はぐらかしながら、俺が引っ張ってきたボートを水に浮かべるメリッサ。
何となく、彼女はとても嬉しそうに見えた。




